2
やがて掃除を終えた二人は、鬼灯と共に閻魔殿へと戻った。
中に入ってみれば、裁判の真っ最中。
閻魔が判決を下し、名前は補佐官として横に立っている。
閻魔「ワシが貴殿に下す判決は、衆合地獄! 下着ドロなど低俗の極み! よって、99年穿き古された鬼のパンツまみれの刑に処す! 次の審査へ回せ!」
「「はい!」」
二人の鬼が、亡者を抱えて連れていく。
「ひぃぃっ、慈悲をぉぉぉっ!!」
閻魔「慈悲は無い!」
閻魔はふうっと溜息をついて、亡者の記録をもう一度眺めた。
閻魔「まったく、どいつもコイツも下着ドロだの何だの、嘆かわしいっつーか中身に興味持てよ」
名前「いやあの、そっちの方が危ない気がするんですけど……」
閻魔「まぁそりゃ、行き過ぎてストーカーとかになっちゃえば重罪だけど……」
鬼灯「閻魔大王、名前さん」
呼ばれて、二人は戻ってきた鬼灯たちに気づいたようだ。
閻魔「あぁ、鬼灯君」
名前「お疲れ様です!三途の川の視察でしたっけ?」
鬼灯「えぇ、特に問題はありませんでした」
バインダーに挟まれた資料を見ながら、鬼灯は手短に報告を済ませた。
閻魔「そういえば鬼灯君!君に貰ったオーストラリア土産、ちゃんと飾ったよ」
閻魔の視線の先は、なんだかエスニックで独特な紫色の仮面である。
様々な色の石が散りばめられたデザインだが不気味だ。
鬼灯「ああ、魔除けだそうです。綺麗でしょう?」
名前「閻魔大王に魔除けって……」
閻魔「うん……ワシ、魔除ける必要ないよね」
そこで、唐瓜が思い出したように言った。
唐瓜「そういえば、奪衣婆が賃金上げろってキレてました」
唐瓜の報告に閻魔は頬杖をつき、盛大なため息をついた。
閻魔「あのオババ、けっこう我が儘なんだよな〜……」
名前「あー、奪衣婆が……大変だったでしょ」
苦笑いしている名前に対して、鬼灯はすまし顔である。
鬼灯「その件なら、賃金据え置きで了解して頂きました」
その言葉に、唐瓜がクワっと目を剥いて振り返った。
唐瓜「ええっ!? 鬼灯様すげぇ……。奪衣婆って相手の男によって態度違うよな、俺なんか銭よこせって脅されたのに……」
慰めるように、閻魔が苦笑する。
閻魔「賃上げというよりカツアゲだね。ちゃんと拒否さえしていれば、無理に奪い取ってくることは無いから、気をしっかりね?」
唐瓜「はい……」
鬼灯「ところで…」
急に、鬼灯が冷めた眼差しで広場の向こうを指さす。
そこには、慈悲、慈悲と喚いている先程閻魔が裁いた亡者がいた。
柱によじ登って泣きついている。
鬼灯「あの亡者は何をしたのですか? 先ほどから随分と喚いていますが」
その鬼灯の問いに、名前は蔑みの目で亡者を見ながら答える。
名前「下着泥棒です。女性の下着を盗みまくって誇らしくかざした馬鹿です」
鬼灯「そうですか。……まぁ、その性癖はともかく窃盗ですね。何が彼をそうさせたのか……」
と言いながら顔色ひとつ変えずに鬼灯は金棒を投げ、もちろんそれは亡者に見事命中。
亡者は呆気なく落ちてきて、獄卒たちに連れて行かれた。
鬼灯の問いに、閻魔が髭を弄りながら答えた。
閻魔「う〜ん、ストレス社会の歪みなのかなぁ」
鬼灯「……それにしても、今日はパンツの話題ばかりです」
急に放たれた鬼灯の言葉に、名前は目を瞬かせる。
名前「え?まさか鬼灯様も盗みたい衝動に……?」
鬼灯「そんなわけないでしょう」
名前「ですよね、びっくりした!」
茄子「鬼〜のパ〜ンツはい〜いパ〜ンツ、つよ〜いぞ〜、つよ〜いぞ〜」
名前が胸を撫で下ろす一方で、突如茄子が歌い出した。
唐瓜「コイツはまた……ホント自由なヤツ」
閻魔「あ! それって鬼のパンツ製作会社の販促ソング?」
鬼灯「……お前もか」
鬼灯は軽蔑するような目を閻魔に向けている。
閻魔「そういえば現世には、"鬼は虎皮パンツ一丁"って固定観念ある人いるよね」
鬼灯「パンツが昔虎皮だっただけで、格好自体はそれぞれなんですがね」
名前「ああ、ちゃんと虎皮だったんですね……」
茄子「……うーん……でも俺、虎パン一丁っていいと思うんだよなぁ」
腕を組みながら考え込む茄子に、眉を顰めたのは唐瓜である。
唐瓜「えー何で? ダッセぇじゃんアレ」
茄子「だってさ、男子がパン一ということは女子は……」
鬼灯・閻魔・唐瓜・名前「「「「!」」」」
その場にいた全員がが思い浮かべたのは、虎柄のビキニを纏った鬼女。
閻魔「おぉ、そりゃ華やかだね!」
名前「あれ、でも何かこれ、ちょっと既視感が……」
鬼灯「ええ、その姿は完全に……」
『ダーリン、浮気は許さないっちゃ!』
脳内で稲妻が光る。
鬼灯「アウトです。彼女、鬼じゃないですし……それに、そういう格好は直ぐに見飽きてしまうものですよ」
茄子「そうだよなぁ、奪衣婆なんてかえってげっそりするもん」
鬼灯「それはまた別の問題でしょう」
鬼灯の冷静なツッコミが炸裂した。
茄子「そもそも、あれってパンツなのかなぁ」
唐瓜「……腹巻き、だよな」
茄子「じゃあパレオ?」
唐瓜「なんか急にムーディだな……!」
すると、「鬼灯様ー!名前ちゃーん!」という声が聞こえてくる。
そちらを見れば、衆合地獄の獄卒であるお香が小走りで向かってくるところであった。
名前「あ、お香さん!こんにちは」
鬼灯「どうかしましたか?」
お香「武器庫の用具数が、記録と違うんですけども……」
鬼灯は記録を受け取る。
名前もそれを横から覗き込んだ。
鬼灯「……変ですね」
名前「……武器庫の用具数って確か、鬼灯様が新卒君たちに回してたものじゃないですか?」
鬼灯「えぇ、新卒たちにまとめて渡した書類の一つです。結局コレが誰に任されたのかは分かりませんけど」
お香「記録したの誰かしら……」
用具数……新卒たちに任された記録……。
唐瓜は、なんだか聞き覚えのある言葉だと考え込む。
そして、
唐瓜「あっ!」
脳内で全てが繋がった唐瓜は茄子の首根っこを掴み、お香の前に出る。
唐瓜「すみません、それコイツです! オイ、お前だよお前っ!」
茄子「えっ、俺また何かしちゃった?」
お香「あら、貴方たち新卒ちゃんよね?」
唐瓜「はいっ、申し訳ございません! 今から直しますんで!」
唐瓜は茄子の頭を無理矢理下げさせ、自分も一緒に頭を下げた。
茄子「……ゴメン、唐瓜」
頭を下げながら、隣の唐瓜にも謝る茄子。
そんな二人を見て、お香は優しく微笑んだ。
お香「大変だけど直し、頑張って?」
唐瓜・茄子「「え……」」
お香「次からは気をつけてね〜」
そう言って手を振りながら、物腰柔らかに去っていくお香。
唐瓜「は、はいっ!」
唐瓜は頬を赤らめ、その背を見送っていた。
そして茄子に向き直る。
唐瓜「にしてもお前、ホントうっかりしすぎだぞ!」
茄子「うぅ……ゴメン」
唐瓜「はぁ……俺も手伝うから」
茄子「ありがとう! 心の友よ!」
なんだか温かい光景である。
閻魔がにっこり笑って言った。
閻魔「まぁ、何にしても、お咎めが小さくて良かったねぇ」
鬼灯「案外、こういう方の方が意外な発見をすることもありますがね。……まずは直しは夕食を摂ってからになさい」
茄子・唐瓜「「はーい!」」
<< >>
目次