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名前「 ──── わわっ、すごい増えましたね!いつの間に!」
いつものように金魚草に水をやっていた鬼灯。
肥料を変えるかエサを変えるか膝に頬杖をついて悩んでいると、後ろから声を掛けられる。
振り返れば、部下の名前が目をまん丸にして金魚草を眺めていた。
鬼灯「ああ、名前さん」
名前「お疲れ様ですー!夕飯まだですよね?水やり終わったら一緒に行きませんか?」
鬼灯「ええ、構いませんよ」
名前「やった!」
名前はぴょんっと嬉しそうに一跳ねすると、鬼灯の元へと駆け寄ってきた。
名前にとってはもう見慣れた光景なため、何故この方向性で品種改良を……という疑問は出てこない。
慣れとは怖いものである。
そして暫く鬼灯の隣で金魚草を眺めた後、水やりを終えた鬼灯と共に名前は食堂へと向かったのだった……。
閻魔「今日の夕食はァ〜、シ〜ラカンス丼!」
テレビの近くの席で名前と鬼灯が夕飯を食べていると、聞こえてきたのはご機嫌な歌声。
名前が顔を上げれば、閻魔がやってくるところだった。
巨体なだけあり、ご飯も物凄い量である。
名前「あ、大王様!お疲れ様です」
閻魔「お疲れ様、名前ちゃん、鬼灯君。此処座ってもいいかい?」
名前「ええ、どうぞ!」
閻魔にニコリと笑いかける名前とは対照的に、鬼灯は完全にスルー。
というのも、ちょうど入ったテレビ番組に釘付けになっていたからである。
《♪テレテテー
今夜の不思議の舞台は魅惑の大地・オーストラリア!さ、今夜は不思議な動物の楽園に迫ってみよう!いざ、世界で不思議発見!》
閻魔「あ、これ現世の番組? 」
鬼灯「そうです。CSにすると見られますよ」
名前「私もよく見てますよー!私はピラミッドとか、歴史の謎に迫る系が好きだなぁ」
鬼灯「私は司会者の存在感が好きなんです」
名前「あ、わかります!のほほんって感じなのに、濃すぎず薄すぎずで良いですよねぇ」
名前と鬼灯がのんびりと不思議発見トークを繰り広げる間にも、テレビから快活なナレーションの声が響いている。
そして、次々と紹介されていくオーストラリアを見るうち、閻魔はあることを思い出した。
閻魔「あれ? そういえば鬼灯君の仕事部屋にあった謎の人形……まさかっ、クリスタルなヒトシ君か!?」
鬼灯「えぇ、まぁ。一緒にモンゴルの民族衣装が当たりました」
閻魔「凄いなぁ地味に」
名前「凄いですよね!私は当たったことなくて」
テレビではエアーズロックが紹介されている。
画面の向こうを見て、閻魔は溜息を吐いた。
閻魔「しかしいいなぁ、海外かぁ……。ワシ、ここ千年くらい仕事以外で海外なんて行ってないしなぁ。エアーズロックに旗を立てて、チキンライスって叫びたい」
名前「独特な夢ですね……」
鬼灯「よしなさい! エアーズロックは地球のへそです! つついてお腹が痛くなっても知りませんよ!」
名前「鬼灯様、お母さんみたい……」
鬼灯「お腹を労るように地球に優しくなさい!」
閻魔「君がワシに優しくない!」
鬼灯の金棒がグリグリと閻魔の頬に刺さっていた。
見慣れた光景なので名前も大して突っ込まないし、閻魔もこれくらいでは怒らない。
鬼灯はテレビを眺め、小さくため息をついた。
鬼灯「オーストラリア……一度行ってみたいものです」
閻魔「綺麗だし、独特の自然がいっぱいだしね」
鬼灯「えぇ。それに……」
《あ、見てくださいあの木の上!コアラが木の上でお昼寝してますね!お腹いっぱいなんでしょうか?》
鬼灯「コアラ、めっちゃ抱っこしたい……」
閻魔「なんでコアラ!?」
テレビに映ったコアラを見て、ボソリと呟いた鬼灯。
それを聞いた閻魔は仰天したような顔になった。
名前「鬼灯様、もふもふした動物好きですもんね!」
閻魔「そうだったの!?」
名前「はい!私もよく狼の姿に戻って、鬼灯様のもふもふタイムを設けています!」
閻魔「800年間ずっと知らなかった部下の秘密!ていうか鬼灯君はどっちかっていうと、タスマニアデビル手懐ける側でしょ!」
鬼灯「失敬な! タスマニアデビルも捨て難いですが、どちらかといえばワラビーとお話したい側ですよ!」
閻魔「君の頭ん中、割とシル〇ニアファミリーチックだな……」
鬼灯「ワラビーは可愛いのに、カンガルーはよく見ると妙にアンニュイ……カモノハシのオスは後ろ足に毒爪を持っている……」
やたらとオセアニアの動物に詳しい鬼灯に、閻魔は不思議そうな顔をしている。
閻魔「君、なんでそんなに詳しいんだ?」
鬼灯「動物を扱った書籍やテレビが好きなもので……。鳥獣戯画もリアルタイムで楽しく読んでましたよ?」
名前「ああ、高山寺のお坊さんが描いてたアレですよね?私も当時読みましたよ!」
閻魔「え、やっぱり高山寺の御坊による連載だったの? あの国宝」
すると、閻魔は何かを思い出したように「そういえば、」とシーラカンス丼を食べながら話題を変えた。
閻魔「鬼灯君って現世に出張したとき、よく動物園に行ってるよね?」
鬼灯「実地調査です」
閻魔「アレ経費で落とすのやめてくんない?」
鬼灯「必要経費です。いいですよ、上野公園。死ぬほど鳩がいますよ」
閻魔「それ、いいの……?」
名前「囲まれてパズーの気分を味わいたい」
閻魔「上野公園の鳩は白鳩じゃないと思うよ……」
鬼灯「そして上野動物園のハシビロコウたち……動かなくて有名な彼らの、あの距離感が大好き……」
閻魔「あぁ、あの鳥、なんか君に似てるよね……」
名前「前からハシビロコウに謎の既視感あったんですけど、鬼灯様か!めちゃくちゃしっくりきました」
その後は暫くテレビとご飯に夢中になっていた鬼灯と名前。
そんな2人を見て、閻魔は少しほんわかと和んでいた。
閻魔「(名前ちゃんはわかるけど、鬼灯君も意外と可愛いところがあるんだなぁ。案外、動物たちに囲まれたかったりして……ん?ほ、鬼灯君と愉快な仲間たち!!?)」
閻魔の頭に浮かんだのは、ライオンや熊、大蛇や龍などの猛獣たちを手懐けて引き連れる鬼灯の姿……。
閻魔「いかんいかん!鬼灯君、ペットは小型にしてよね!!」
鬼灯「は?私は今のところ、金魚しか飼っておりませんが……」
急に酷く焦り始めた閻魔を、鬼灯と名前は不思議そうな顔で見ている。
しかし金魚の話題が出たせいか、そこからの話題は金魚草へと移った。
閻魔「あ、ああ!あの金魚ね!あれさ、動物なの?植物なの?」
鬼灯「どっちでしょうね。動植物ですかね?そういえば、一番長寿の金魚が3mを越しまして」
名前「でかっ!」
鬼灯「愉快ですよ、見ます?」
閻魔「(愉快な仲間たち、既にいた!)」
3mの金魚草を想像したのか、名前は目をまん丸にしている。
閻魔「3mか。じゃあ今年の金魚草コンテストは、また君の優勝だろうね」
鬼灯「ああ、いえ。私は一昨年、殿堂入りさせていただきましたので、今は審査員です」
閻魔「君、色々やってるなぁ。あれの審査ってどこを見て決めるの?」
鬼灯「詳しくは大会の規定書にありますが、大きさの他に色と模様、それと目の澄み具合と活きの良さ、そして鳴き声……」
閻魔「な、鳴き声!?」
名前「あれ、大王様は聞いた事ないですか?オギャーッて鳴き声ですよ」
閻魔「鳴き声ってそっち!?」
鬼灯「飼い主が仕込む芸の1つとして、大会の見どころでもあります」
閻魔「そんな事もやってるんだ……」
次々と明かされる鬼灯の新たな情報に、閻魔は眉を下げた。
閻魔「長い付き合いだけど、君のミステリーは尽きないよ。鬼灯君のことなら、ワシより名前ちゃんの方が詳しいかもね」
名前「えっ、そんな事ないですよ。私も未だに色々驚かされてばかりですもん」
鬼灯「そうですか?私は至って単純な男ですよ」
閻魔「えぇ?でも、女の子の好みとか全然想像できないし……」
閻魔の言葉に鬼灯は顎に手をやり、首を傾げて、考える素振りを見せた。
そして目を向けたのは、テレビに映るミステリーハンターだ。
鬼灯「そうですね……このコは割と可愛いと思います。早めにこっちに来てほしいくらいです」
閻魔「(ミステリーハンター・ハンター!)」
名前「そんな理由でこっちに呼ばれるのはさすがに可哀想ですよ……」
閻魔「あー……君、こういう感じが好きなんだ」
鬼灯「いえ、別に顔の好みはあまりないのですが……虫や動物に臆さない人がいいですね」
閻魔「あぁ、成程……」
動物などの可愛いものを好む鬼灯の性格上、妙に納得する閻魔。
鬼灯「そもそも動物を無闇に捨てたり虐めたりした人は不喜処地獄行きですからね」
閻魔「まあ、それはダメだよね、人として」
鬼灯「やはり、アナコンダに締め上げられても笑っていられる人じゃないと」
名前「多分世の中に一人しかいないですよ、そんな人……」
閻魔「アナコンダだけあって、締めつけもヘビー級だろうねぇ!」
三人の脳裏に浮かんでいる人物は、恐らく共通しているだろう。
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