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──── 一方その頃、名前達は。
桃太郎「……わざわざすみません」
名前「ううん、全然!気にしないで!」
鬼灯の喝が相当効いたのか、角が取れたようにだいぶ丸くなった桃太郎。
元々は素直な人で、鬼灯によって以前の自分を思い出したのだろう。
桃太郎「そういえば、貴方のことは何と呼べば……?」
名前「あっ、私は名前だよ!名前でいいよ、よろしくね」
桃太郎「だけど、鬼灯様と同じく偉い方なんですよね?」
名前「あはは、私なんか全然だよ!敬語とかもいらないし」
桃太郎「……でも、」
名前「私、貴方と友達になりたいんだ。ダメかな?」
桃太郎は驚いて、隣を歩く少女を見た。
一度刀を向けてしまったというのに、自分に対して「友達になりたい」と望む名前。
不思議な獄卒もいるものだと思うのと同時に、なんだかポカポカと温かいものが込み上げてくる。
桃太郎「……わかった。じゃあ、名前……?」
名前「うん!その方がいいよ!」
ニッと白い歯を見せて笑う名前。
可愛らしい見た目だが、笑顔は豪快だ。
桃太郎「……名前も、鬼なのか?鬼灯様みたいに角とかないけど……」
名前「あ、私は鬼じゃなくて狼だよ!」
そう言って、フサフサとした耳をピクピクと動かして見せる名前。
桃太郎「へえ。鬼じゃない獄卒もいるのか」
名前「うん!動物の獄卒は結構いてね、大体がシロたちが配属になった不喜処地獄で働いてるよ。だから私はちょっとイレギュラーかも」
桃太郎「そうなのか」
名前「うん。そもそも人の姿になれる動物なんてあんまりいないからね……あ、着いた着いた!此処だよ」
話をしているうちに目的地に着いたらしい。
『うさぎ漢方 極楽満月』という、紹介状に書かれた店名と同じ文字が看板に書かれていた。
周りは兎と桃の木だらけの場所である。
名前や鬼灯の話だと薬局とのことだったが、一体どんな仕事なのだろう……?
と、薬の知識などない桃太郎は内心不安である。
「知識が無くても大丈夫!あの人は基本的には優しいから」と名前は言っていたが、果たしてどうなのだろうか。
名前はのんびりとした足取りで、その家の戸を叩き、ガラガラと引いた。
名前「こんにちはー!……って、あれ?真っ暗だ」
桃太郎も名前の後ろからその建物の中を覗いてみる。
覗いた瞬間、様々な薬の匂いが押し寄せた。
しかし彼女の言う通り部屋は真っ暗で、人の気配はない。
名前「もしかして畑かな?……あ!いい所に、兎ちゃん!」
名前はキョロキョロと辺りを見回して、近くでモソモソと草を食べている兎に声をかけた。
兎の目線に合わせているのか、かがみ込んで話しかけている。
名前「やっほー、久しぶり!元気にしてた?……うん、私は元気だよ、ありがとう!ところで、お師匠様どこにいるかわかる?……ああ、やっぱりか!ありがとう、じゃあまたね!」
どうやら名前は動物の言葉がわかるらしい。
桃太郎から見れば、名前が独り言を言っているような光景である。
不思議な少女だ、と桃太郎は改めて思った。
名前「ごめんごめん、畑の方にいるみたい!あっちだよ」
桃太郎「あ、ああ……」
戻ってきた名前はヒラヒラと手招きをしながら、走って行ってしまった。
桃太郎も後を追って走れば、見えてきたのは広大な畑。
前には名前の姿と、その少し先には白衣を着た人が。
名前「あの人がこのお店をやっている白澤様だよ。……お師匠様ーーーっ!!」
名前は大きく息を吸い込むと、よく響く声で叫んだ。
まるで狼の遠吠えのようだ。
作業をしていた人影が立ち上がり、此方に顔を向けたのが桃太郎にもわかった。
白澤「……あれっ、名前ちゃん!?名前ちゃんじゃない!」
白衣をヒラヒラと揺らしながら、一目散にこちらへ駆けてくるその男。
漢方の権威、中国の神獣白澤と聞いていたのだが、想像よりもユルい雰囲気に桃太郎は目をパチクリとさせた。
仙人のような老人を想像していたのである。
白澤「久しぶりだねえ!最近全然こっち来てくれないんだもん、僕寂しかったんだよ〜?」
名前「あはは、すみませーん」
さも当然のように白澤は両手を広げ、名前に抱きつこうとした。
しかし名前はひょいと身軽にその抱擁を交わしている。
……なんだろう、このスキンシップが異常に激しい男は。
と、既に若干引き気味の桃太郎。
白澤「えええ、いいじゃない!久しぶりの再会なんだからさ」
名前「セクハラ禁止ですよー」
白澤「酷いなぁ、セクハラだなんて。僕と君の仲じゃない」
名前「誤解を招く発言しないでください、そんでどさくさに紛れて腰触んな」
パンッと容赦なく白澤の手を叩く名前。
いてて、と言いながら大した反省もしていない様子の白澤。
2人はどういう関係なのだろう、と桃太郎は首を傾げた。
名前「あ、人材貸し出しの要請の件で来ました。彼が桃太郎です」
桃太郎「は、初めまして……桃太郎です」
白澤「へえ、君が?初次見面。僕は極楽満月店主の白澤だよ。一応神獣だけど、女の子と遊びたいから基本的にこの姿なんだ」
桃太郎「(いきなりインパクトの強すぎる自己紹介……!)」
名前「すみません、桃太郎が引いてるんで程々にお願いします」
白澤「ごめんごめん。でも意外だな、てっきり獄卒の誰かが来ると思ってた」
名前「こっちも人手不足なんですよ」
桃太郎は、名前と話している白澤という男を改めて見る。
白衣に白い三角巾を頭に付けていて、細目が印象的なひょろっとした男だ。
とても神獣には見えないが……。
白澤「ウチでは基本的に、芝刈りや畑の手入れ、仙桃の収穫なんかをお願いしたいんだ。 まぁ、つまりは雑用だね。あ、薬に関わる仕事も手伝ってくれたらありがたいかも。でもそのためには少し勉強が必要だけど……。どうかな?」
桃太郎「あ、はい! 喜んでやらせてもらいます!」
白澤「そっか、よかった。これからよろしくね」
桃太郎「よろしくお願いします!」
元々桃太郎の家業は芝刈りなので、そういうのは得意分野である。
自分にとってはそれほど難しいものではないのと、白澤の穏やかな雰囲気に桃太郎はホッと胸を撫で下ろした。
すると白澤は、「さてと、」と言って名前に向き直った。
先程までのへらへらとした雰囲気はどこかへ消え去り、真剣な表情でじっと名前を見つめている。
何事か、と桃太郎は目を瞬かせた。
白澤「……うん、大丈夫そうだね」
数秒間名前を見つめていた白澤だが、すぐにまたへらりと笑みを浮かべる。
そんな彼の白い手は、名前の青い首飾りを触っていた。
名前「あはは、いつの話をしてるんですか。もうだいぶ前のことなのに」
白澤「いや、それでも君にとっては難しい事だったはずだよ。よく頑張ってるね」
名前「……えへへ。ありがとうございます」
よしよしと名前の頭を撫でる白澤。
名前は今度はそれを避けず、照れたようにはにかみながら受け入れていた。
彼女のフサフサの尻尾は、嬉しそうに左右に揺れている。
一体何の話なのか桃太郎にはわからなかった。
しかし先程とは打って変わり、なんだか明らかにいい雰囲気である。
白澤「待って今の笑顔可愛すぎる、やっぱり抱きしめてもいい?」
名前「断固拒否します」
白澤「問答無用です」
名前「だが断る!」
……前言撤回、やはりこの2人の関係はよくわからない。
白澤が名前に抱きつこうとして、名前がそれを避けてを繰り返しており、まるでジャッ〇ー・チェンのカンフー映画のような光景が繰り広げられていた。
……何をやってるんだ、この2人は。
呆れた桃太郎が止めに入ろうとした時であった。
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