鬼灯の冷徹 | ナノ


4


──── 一方その頃、名前達は。



桃太郎「……わざわざすみません」

名前「ううん、全然!気にしないで!」



鬼灯の喝が相当効いたのか、角が取れたようにだいぶ丸くなった桃太郎。

元々は素直な人で、鬼灯によって以前の自分を思い出したのだろう。



桃太郎「そういえば、貴方のことは何と呼べば……?」

名前「あっ、私は名前だよ!名前でいいよ、よろしくね」

桃太郎「だけど、鬼灯様と同じく偉い方なんですよね?」

名前「あはは、私なんか全然だよ!敬語とかもいらないし」

桃太郎「……でも、」

名前「私、貴方と友達になりたいんだ。ダメかな?」



桃太郎は驚いて、隣を歩く少女を見た。

一度刀を向けてしまったというのに、自分に対して「友達になりたい」と望む名前。

不思議な獄卒もいるものだと思うのと同時に、なんだかポカポカと温かいものが込み上げてくる。



桃太郎「……わかった。じゃあ、名前……?」

名前「うん!その方がいいよ!」



ニッと白い歯を見せて笑う名前。

可愛らしい見た目だが、笑顔は豪快だ。



桃太郎「……名前も、鬼なのか?鬼灯様みたいに角とかないけど……」

名前「あ、私は鬼じゃなくて狼だよ!」



そう言って、フサフサとした耳をピクピクと動かして見せる名前。



桃太郎「へえ。鬼じゃない獄卒もいるのか」

名前「うん!動物の獄卒は結構いてね、大体がシロたちが配属になった不喜処地獄で働いてるよ。だから私はちょっとイレギュラーかも」

桃太郎「そうなのか」

名前「うん。そもそも人の姿になれる動物なんてあんまりいないからね……あ、着いた着いた!此処だよ」



話をしているうちに目的地に着いたらしい。

『うさぎ漢方 極楽満月』という、紹介状に書かれた店名と同じ文字が看板に書かれていた。
周りは兎と桃の木だらけの場所である。

名前や鬼灯の話だと薬局とのことだったが、一体どんな仕事なのだろう……?
と、薬の知識などない桃太郎は内心不安である。

「知識が無くても大丈夫!あの人は基本的には優しいから」と名前は言っていたが、果たしてどうなのだろうか。


名前はのんびりとした足取りで、その家の戸を叩き、ガラガラと引いた。



名前「こんにちはー!……って、あれ?真っ暗だ」



桃太郎も名前の後ろからその建物の中を覗いてみる。
覗いた瞬間、様々な薬の匂いが押し寄せた。

しかし彼女の言う通り部屋は真っ暗で、人の気配はない。



名前「もしかして畑かな?……あ!いい所に、兎ちゃん!」



名前はキョロキョロと辺りを見回して、近くでモソモソと草を食べている兎に声をかけた。

兎の目線に合わせているのか、かがみ込んで話しかけている。



名前「やっほー、久しぶり!元気にしてた?……うん、私は元気だよ、ありがとう!ところで、お師匠様どこにいるかわかる?……ああ、やっぱりか!ありがとう、じゃあまたね!」



どうやら名前は動物の言葉がわかるらしい。
桃太郎から見れば、名前が独り言を言っているような光景である。

不思議な少女だ、と桃太郎は改めて思った。



名前「ごめんごめん、畑の方にいるみたい!あっちだよ」

桃太郎「あ、ああ……」



戻ってきた名前はヒラヒラと手招きをしながら、走って行ってしまった。

桃太郎も後を追って走れば、見えてきたのは広大な畑。

前には名前の姿と、その少し先には白衣を着た人が。



名前「あの人がこのお店をやっている白澤様だよ。……お師匠様ーーーっ!!



名前は大きく息を吸い込むと、よく響く声で叫んだ。
まるで狼の遠吠えのようだ。

作業をしていた人影が立ち上がり、此方に顔を向けたのが桃太郎にもわかった。



白澤「……あれっ、名前ちゃん!?名前ちゃんじゃない!」



白衣をヒラヒラと揺らしながら、一目散にこちらへ駆けてくるその男。

漢方の権威、中国の神獣白澤と聞いていたのだが、想像よりもユルい雰囲気に桃太郎は目をパチクリとさせた。

仙人のような老人を想像していたのである。



白澤「久しぶりだねえ!最近全然こっち来てくれないんだもん、僕寂しかったんだよ〜?」

名前「あはは、すみませーん」



さも当然のように白澤は両手を広げ、名前に抱きつこうとした。
しかし名前はひょいと身軽にその抱擁を交わしている。

……なんだろう、このスキンシップが異常に激しい男は。
と、既に若干引き気味の桃太郎。



白澤「えええ、いいじゃない!久しぶりの再会なんだからさ」

名前「セクハラ禁止ですよー」

白澤「酷いなぁ、セクハラだなんて。僕と君の仲じゃない」

名前「誤解を招く発言しないでください、そんでどさくさに紛れて腰触んな」



パンッと容赦なく白澤の手を叩く名前。
いてて、と言いながら大した反省もしていない様子の白澤。

2人はどういう関係なのだろう、と桃太郎は首を傾げた。



名前「あ、人材貸し出しの要請の件で来ました。彼が桃太郎です」

桃太郎「は、初めまして……桃太郎です」

白澤「へえ、君が?初次見面。僕は極楽満月店主の白澤だよ。一応神獣だけど、女の子と遊びたいから基本的にこの姿なんだ」

桃太郎「(いきなりインパクトの強すぎる自己紹介……!)」

名前「すみません、桃太郎が引いてるんで程々にお願いします」

白澤「ごめんごめん。でも意外だな、てっきり獄卒の誰かが来ると思ってた」

名前「こっちも人手不足なんですよ」



桃太郎は、名前と話している白澤という男を改めて見る。

白衣に白い三角巾を頭に付けていて、細目が印象的なひょろっとした男だ。
とても神獣には見えないが……。



白澤「ウチでは基本的に、芝刈りや畑の手入れ、仙桃の収穫なんかをお願いしたいんだ。 まぁ、つまりは雑用だね。あ、薬に関わる仕事も手伝ってくれたらありがたいかも。でもそのためには少し勉強が必要だけど……。どうかな?」

桃太郎「あ、はい! 喜んでやらせてもらいます!」

白澤「そっか、よかった。これからよろしくね」

桃太郎「よろしくお願いします!」



元々桃太郎の家業は芝刈りなので、そういうのは得意分野である。

自分にとってはそれほど難しいものではないのと、白澤の穏やかな雰囲気に桃太郎はホッと胸を撫で下ろした。


すると白澤は、「さてと、」と言って名前に向き直った。
先程までのへらへらとした雰囲気はどこかへ消え去り、真剣な表情でじっと名前を見つめている。

何事か、と桃太郎は目を瞬かせた。



白澤「……うん、大丈夫そうだね」



数秒間名前を見つめていた白澤だが、すぐにまたへらりと笑みを浮かべる。

そんな彼の白い手は、名前の青い首飾りを触っていた。



名前「あはは、いつの話をしてるんですか。もうだいぶ前のことなのに」

白澤「いや、それでも君にとっては難しい事だったはずだよ。よく頑張ってるね」

名前「……えへへ。ありがとうございます」



よしよしと名前の頭を撫でる白澤。

名前は今度はそれを避けず、照れたようにはにかみながら受け入れていた。
彼女のフサフサの尻尾は、嬉しそうに左右に揺れている。

一体何の話なのか桃太郎にはわからなかった。
しかし先程とは打って変わり、なんだか明らかにいい雰囲気である。



白澤「待って今の笑顔可愛すぎる、やっぱり抱きしめてもいい?」

名前「断固拒否します」

白澤「問答無用です」

名前「だが断る!」



……前言撤回、やはりこの2人の関係はよくわからない。

白澤が名前に抱きつこうとして、名前がそれを避けてを繰り返しており、まるでジャッ〇ー・チェンのカンフー映画のような光景が繰り広げられていた。

……何をやってるんだ、この2人は。
呆れた桃太郎が止めに入ろうとした時であった。

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