鬼灯の冷徹 | ナノ


2

──── 等活地獄、不喜処前。


鬼灯「 ─── 針山は特に問題なし…。不喜処地獄はどうですか?」

「従業員不足ですねぇ」


獄卒の言葉を聞きながら辺りを見渡しているのは、閻魔大王の第一補佐官である鬼灯だ。
あちこち引っ張りだこの彼は、等活所属の獄卒を一人連れ、隅々まで見て回っていた。

すると、「鬼灯様〜!」と聞き慣れた声が聞こえてくる。
振り返れば、名前と唐瓜が走ってくる所だった。


名前「いたいた、不喜処にいたんですね!…あ、ごめんなさい!お取り込み中でしたか」

鬼灯「いえ、構いませんよ。どうしました?」

名前「天国から人材貸し出しの要請があったみたいで、私1人じゃ判断できなくて。唐瓜、鬼灯様にさっきの書類を」

唐瓜「は、はい!」


唐瓜から文書を受け取った鬼灯は内容を一読して溜息を吐いた。
その速さには目を見張るものがある。


鬼灯「…桃農家への人材貸し出しですか。天国の世話までしてられませんよ」

名前「ですよねぇ。人手不足ならこっちも同じですからね」

鬼灯「桃源郷ですか…まぁよくも、罪人もいないのにヌケヌケと…。ゆったりたっぷりのんびりしてるくせに…旅ゆけば楽しい、ホテル三日月 ─── 」

名前「某ホテルのCMソングやめてください、放送対象地域外の場所もあるんですから」

「つっこむ所そこかよ、名前ちゃん…」


唐瓜は「えっ」と思い、先輩獄卒を見上げた。
別に某CMソングに反応したわけではない。
地獄のNo.3の地位にある名前を、「名前ちゃん」と先輩獄卒が呼んだことに驚いたのである。

どうやら先程名前が言っていたことは本当だったらしい。


鬼灯「大体、桃の木はこれ以上いりません。仙桃を大量に作って妙薬を確保しようとする天国の政策には、反対なんです。万能薬は少ないからこそ価値があり、多いと堕落を招きます」

唐瓜「ですが、桃源郷は天国でも最大の観光スポットですし、重要文化財としての景観の維持が……」

鬼灯「あぁ、まぁ手入れは必要ですが……」

唐瓜「とにかく芝刈りだけでも手伝って欲しいとのことで……」


すると、「鬼灯様〜!」と新たな声が聞こえてきた。
鬼灯も大忙しだ。

そしてやって来たのは唐瓜の同期で幼馴染みでもある、茄子である。
なんだか、酷く焦っている様子だ。


鬼灯「どうしました?茄子さん」

茄子「桃太郎とかいうのが来て…」

鬼灯「桃が来た? いりません」

名前「え、私は食べたいです」

茄子「あ、いや、別に御中元とかじゃないんですけど…とにかく来てください!名前様も!」


そう言って、茄子は鬼灯と名前の手を引っ張って行ってしまった。
残された2人もその場にいても意味が無いので、2人の後を追う。

…途中、鬼灯は見慣れぬ拷問器具に目を留めた。


鬼灯「あのアイアンメイデン、いつの間に導入したんですか? 予算はどこから…」

名前「げ」

鬼灯「…何か知ってるんですか、名前さん?」

名前「…い、いや。知らないです、何も」


名前はブンブンと勢いよく首を横に振った。
そんな彼女の脳内に蘇るのは、数日前に目撃した閻魔大王と獄卒とのやり取り。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「閻魔大王!また拷問器具が壊れたので新しい物を購入したいのですが…」

閻魔「えぇ?うーん、確か予算がどうとか鬼灯君が言ってたような…まあ、いっか。いいよ〜」

「ありがとうございます!」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



鬼灯の許可は要らないのかと一瞬思ったが、あの時は急ぎの用事があったため、後にしようと切り上げてしまったのである。
すっかり忘れていた。

というか、黒縄地獄が財政破綻気味なのはこうやってすぐに器具を買っているのが原因か。
鬼灯が知れば怒るだろう、既に閻魔の仕業と気付いているのか物凄い形相で舌打ちをしている。


茄子「あのっ、鬼灯様…あとで説明しますんで、今はとにかくあっちを見てください!」


茄子も焦ったように鬼灯を引っ張っていた。
そこに、また新たな獄卒が走ってきた。


「あ、鬼灯様! 名前さんも!申し訳ございません、お忙しいところを…」


すると、その背後から現れたのは…。


?「おっ、その気の遣い方、そいつら上官だな? いざ尋常に、俺と勝負しろ!」


"日本一"と書かれた旗を背負い、犬・猿・雉を連れた男が、刀を向けてきた。


鬼灯「……」

名前「……」

茄子「……」


一瞬、その場の空気が冷める。
カァーというカラスの鳴き声が虚しく響き渡った。


鬼灯「えーと……」


鬼灯はぱちくりと瞬きをして、小声で傍の獄卒に尋ねた。


鬼灯「あの困ったさんはどこのコですか?」

「あれが桃太郎って奴です」

桃太郎「ヒ、ヒソヒソするな!」


食ってかかってきた桃太郎とやらに、獄卒が心底面倒くさそうな顔をした。


「アイツ、急にやってきたと思ったら道場破りみたいなことし始めて……」

名前「時代錯誤……?」

鬼灯「何でしょう、思ったより……いえ、大変古風で見目麗しい……」


調子を崩された桃太郎は、苛立ったように吠えた。


桃太郎「なっ、何が言いたい!」


鬼灯はまっすぐ桃太郎に向き直る。


鬼灯「生前に悪い鬼の退治でご活躍なさったのを誇るのはいいですが、大義を見失っちゃいませんか?」


その言葉に、桃太郎はフンと鼻を鳴らした。


桃太郎「いーや、見失ってないね。俺は鬼と戦ってこそ桃太郎なんだ。な? 相棒」


随分尖ってる桃太郎だなぁ、と名前は思う。
そして桃太郎が話を振ったのは、物語でもお馴染みの犬猿雉だ。
しかし……。


犬「俺はキビダンゴのためです!」

猿「でも現代はキビダンゴより美味いものが多過ぎる」

雉「雇用形態が室町時代から変わらんから、正直、転職を考えている」

名前「うわあ、シビアだ……」


ポツリと呟きを零す名前。
一方三匹は互いの本心を知って、ヒソヒソし始めた。


犬「あっ、お前も?」

猿「俺たち霊力ある神獣なのにさァ」

雉「アイツ一人、いつも熱いしなぁ……」

桃太郎「英雄の部下の何が不満なんだよ!」


ムキーッと効果音が付きそうな勢いでキレている桃太郎に、鬼灯がさも当然と言いたげに答えた。


鬼灯「要するに、社内で体育会系が一人だけ変に滾たぎっていると、鬱陶しいということですよ」

桃太郎「俺を冷静に分析すんなぁ! 鬼ィっ!」

鬼灯「鬼です」

「鬼灯様、コイツ何とかなりませんか? 微妙にしぶといんです、微妙に」

桃太郎「微妙微妙言うな!」


完全に弄ばれている桃太郎。
しかしこのままでは威厳が保てないと思ったのだろう。
桃太郎は一旦呼吸を整え、鬼灯と名前に刀を向けた。


桃太郎「お前ら、俺と勝負しろ。…クククッ、それとも怖いか?」


すると、周囲の獄卒たちがこぞって声を上げた。


「お前っ、失礼だぞ!」

茄子「鬼灯様と名前様は偉いお方なんだからな!」

桃太郎「ふ〜ん、どのくらい?」

「閻魔大王の第一補佐官と第二補佐官! そして鬼の中でもトップの鬼神と、アホの中のトップのアホだぞ!」

名前「ちょっと待って、私だけ扱いおかしくね?」

鬼灯「そんな大したものではありませんよ。官房長官みたいなもんです。地味地味」

桃太郎「キーッ!!腹立つ!!」


ヒラヒラと手を振って「地味だ」と答える鬼灯に、桃太郎はかなりイライラしているようだ。


鬼灯「そもそも我々は鬼ヶ島のゴロツキとは違って、身を粉にして働いています。倒される筋合いはありませんね。それに比べ、あなたは定職にも就かずフラフラと……」

桃太郎「お母さん、いやおばあさんか己は! あなこの怒りぞ晴らさばやと思ひ候ふ!」


ついには地団駄を踏んで怒り始める始末だ。


犬「怒り方が古いよ…」

雉「室町時代の人間だからな…」


お供の動物三匹すら呆れてしまっている。


桃太郎「殴る蹴るのタイマン張ったろかぁ!?」

鬼灯「あ、殴る蹴るでいいならすぐに解決するので、ありがたいです」


鬼灯は、金棒をポンポンと手の平に打ちつけた。
鉄製でかなり重いはずのそれを容易く扱う様子と彼から放たれる殺気に、桃太郎は冷や汗をかき始めた。


桃太郎「あ、いや…暴力は良くないよね…」

鬼灯「地獄なので暴力で解決しましょうよ」


このままでは確実に勝てないことを悟った桃太郎。
彼はとりあえず、お供の三匹と作戦会議を始めた。

なにやら揉めていたようだが、まず初めに白い犬が此方へと向かってくる。
残りの3人…いや、1人と2匹は岩の影から様子を窺っていた。

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