ハイキュー 『君の隣で』 | ナノ


2

《no side》

日向「 ─── 次は、おれの番だ!!!」


復活した烏野のエース・東峰を見て、感化されたように意気込んだ日向。
名前は一時も逃さず試合を見ていたいと、清水から借りたタオルで涙を拭い、コートに視線を戻す。

すると反撃だと言わんばかりに、日向と影山のあのトンデモ速攻が炸裂した。
サインも無く、気づいたらコートを貫く速攻。
烏養や町内会の面々も目を見開いてその光景に見入っていた。

烏養がなぜそこに飛んだかと日向に問えば、日向は「どこにいてもトスが来るから」と答えた。
烏養はそこで、このトンデモ速攻の正体は影山の超人的なトスと日向の運動神経だと見抜き、ド肝を抜かれたようであった。
それでも試合を見るうちに、


烏養「いいじゃねえか、今の烏野!」


上機嫌な声でそう言った烏養に、名前は微笑みを零す。

しかし試合は町内会チームが優勢である。
さすがはベテランというべきか、攻撃・守備共に安定感があり、一枚上手なのである。
そしてあっという間に町内会チームのセットポイントになり、最後は調子を取り戻した東峰が得点を決め、第一セットが終了する。

東峰をマークしてブロックに飛んだ日向は、エースのスパイクを直に手に受けた。
日向は少し赤くなったその手を、じっと見つめていた。


日向「エースすっげえな!ブロックいてもいなくても、あんな風にぶち抜けるなら関係無いもんな!!」


興奮したように、影山に言う日向であったが。

……そこからだった。
日向の様子が、どこかおかしくなったのは。


名前「……日向?」


第2セットの序盤。
澤村が、「日向、もう少し後ろに下がれ!」と指示を出しているが、まるで聞こえていないようなのである。
相手コートを見つめているようだが、その様子はどこか上の空で。


菅原「旭っ!!」


その間にも、東峰がスパイクを打ち ───。


澤村「日向っ!!」

名前「日向、危ないっ!!!」

日向「っ!!?」


澤村と名前の声で日向は我に返るが、その時にはもう遅く。

──── バガァンッ!!


影山「!?ばっ……」

東峰「うわああああっ!!?」

田中「ギャーーーッ!!」


東峰のスパイクは、日向の顔面に直撃。
響き渡る重く鈍い音が、そのスパイクの威力を物語っている。
みんなが日向を振り返る中、名前はその時既に日向の元へと駆け寄っていた。


名前「日向!!大丈夫!?」

日向「っ、う〜〜〜〜っ」

田中「あっ、生きてる」

西谷「大丈夫かっ」

東峰「大丈夫かあああゴメンなあああ」


名前がタオルを持って駆け寄れば、日向は顰めっ面で赤くなった額を押さえていた。
名前に続き、他の部員も慌てたように集まってくる。
それに気づき、日向は飛び起きた。


日向「へ、平気です!ちょっと交わしきれなかっただけで!」

名前「ほ、本当に大丈夫!?無理しない方が、」

日向「本当に大したことないんです!顔面受け慣れてるし!」

菅原「慣れるなよ……」


菅原が苦笑気味にツッコミを入れた、その時である。
田中と菅原の背後から、ゴゴゴゴ…と湧き上がる怒りのオーラ。
そのオーラを放っているのは、目を釣り上げた影山であった。

そんな影山の様子は、青城との練習試合の時に日向が影山の後頭部にサーブを叩き込んだ時と同じに見える。
影山が声を荒げない時は本気の怒りだと知っている日向は、青ざめて後ずさった。

すると影山は目を釣り上げたまま、日向の本心を言い当てる。

"エースはかっこいいけど、自分の武器である囮は地味でかっこ悪い。"
"自分に東峰のような身長とパワーがあれば、エースになれるのに。"

日向は、東峰に憧れの他、嫉妬していたのである。
本心を見抜かれた日向は一瞬言葉に詰まるが、彼は俯くと声を上げた。


日向「羨ましくって何が悪いんだ!元々でっかいお前になんか、絶対わかんないんだよっ!!」


その言葉に影山は目をさらに釣り上げ、一方で名前は小さく息を飲んだ。

それは、名前も何度も抱いたことのある思い。
どんなにジャンプ力があっても、バレーの世界で "高さ" の壁はいつまでも降りかかってくる。
どんな人間でも自分と他人を比べ、自分に無いものを羨ましがるものである。
自分が日向と同じ側の人間だからこそ、名前には日向の思いが痛いほどにわかった。

しかし名前は、何も言わなかった。
今は自分が口を出すべきではない、日向自身で解決しなければならない問題だと察したのである。

そこへ体育館に別の教師がやって来て、そろそろ部活が終了の時間だと告げる。
しかし武田が「責任を持って体育館を閉める」と言い、試合再開の空気が流れた。
それを察した名前は、静かにコートの外へと戻る。
部員達もコートに戻り、定位置についた時であった。


影山「あの、次コイツにトス上げるんで全力でブロックしてください」

東峰・滝ノ上「「!?」」

滝ノ上「なんだあ!?挑発かあ!?」

影山「ハイ挑発です!ナメたマネしてすみません!!」

滝ノ上「!?」


度胸のある影山の発言に、名前は目を見開いた。
一緒ヒヤッと肝を冷やした名前だったが、予想に反して滝ノ上はカラッとした笑い声を上げて挑発に乗ると言う。

そして頭を下げて礼を言った影山は、突っ立っていた日向を振り返った。


影山「今のお前は、ただの "ちょっとジャンプ力があって素早いだけの下手くそ" だ。大黒柱のエースになんか、なれねえ」

日向「!」

東峰「ちょ…ちょい…」

田中「おい、」

影山「 ─── でも!」


影山の辛辣な言葉を聞いた東峰と田中が咎めるが、影山はそれを振り切って言葉を続ける。


影山「俺が居ればお前は最強だ!」

日向「!?」

名前「っ!!」


影山の言い放った言葉に日向も、そしてコート外から様子を見守る名前も息を飲む。


影山「旭さんのスパイクはスゲー威力があって3枚ブロックだって打ち抜ける!」

東峰「えっ、いや、でも毎回じゃないし、えーと、」

影山「じゃあお前はどうだ。俺のトスがお前に上がった時、お前はブロックに捕まったことがあるか」

日向「っ!」


目を見開き、影山を見る日向。

そこで試合再開の笛が鳴る。
町内会チームの嶋田のサーブを縁下がしっかりと上げ、ボールは影山の上へ。
助走に入った日向をマークするのは、高いブロック3枚。
その大きさに一瞬躊躇う日向だったが、


影山「躱せ!!それ以外にできることあんのかボゲッ!!」


響き渡る影山の声。
その声に背中を押されるように日向は駆け出した。
それに続いてブロックも日向についてくる。

ジャンプモーションに入る日向であったが……。


滝ノ上「なっ……!!?」


そのモーションはフェイントで。
日向はブロックのいない反対側へと再び勢いよく駆け出し、飛んだ。

それとほぼ同時に、日向の手にはボールが当たり、真っ直ぐ相手コートへ。
そのボールは嶋田の腕に当たるものの、コート外に弾き飛ばされた。


影山「お前はエースじゃないけど!!そのスピードとバネと俺のトスがあれば、どんなブロックとだって勝負できる!!エースが打ち抜いた一点もお前が躱して決めた一点も、同じ一点だ」


エースという冠がなくとも、敵チームにマークされるような、沢山の得点を叩き出すスパイカーになれる。
それによって敵は日向をマークし、その日向の囮で他のスパイカーが自由になる。
日向の存在は、烏野を勝利へ導く鍵なのだ。


影山「それでもお前は、今の自分の役割がカッコ悪いと思うのか!!!」

日向「………思わない」

影山「あ?」

日向「思わない!!!」

影山「よし!!!」


エースの肩書きにこだわる日向に、影山は実践することで日向の役割の重要さを説いてみせたのである。

─── ああ、やっぱり彼らは眩しい。
あの二人が出会いたのは奇跡で、本当にいいコンビだと思う。

そして、やっと元に戻った。
やっとみんなが、繋がったんだ。

一度緩んだ涙腺は緩みきったままで、またじんわりと涙が溢れてくる。
それが零れぬように名前は顔を上げ、ぐいっと拳で涙を拭うのであった……。


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