3
田中「そォォォらァァア!!」
ドガガッと強烈なスパイクが月島のブロックを吹き飛ばす。
月島の煽りが効いているのか、そのスパイクにはいつもよりもパワーが感じられた。
まだ1点目だが、長身である月島のブロックを吹っ飛ばしたことでテンションが上がったのか、上裸になって着ていたトレーナーを振り回す田中。
菅原「田中うるさい!」
縁下「喜びすぎ!」
木下「いちいち脱ぐなー!」
名前「ブフッwww」
途端にコート外から飛ぶヤジに、私は思わず吹き出しながら得点板を捲る。
菅原「田中、絶好調だね(笑)」
名前「みたいですね(笑)」
田中は挑発に乗りやすくも負けず嫌いなので、煽られると意外と良いプレーをしたりする。
そしてすぐに試合が再開され、影山から日向にトスが上がった。
影山「日向!!」
名前「っ!!」
思い切り跳び跳ねた日向の跳躍力に、体育館がざわめいた。
もちろん私も例外ではなく、ひゅっと息を飲む。
去年1回見たきりだったけど、驚異的なバネだ。
彼のジャンプは "跳ぶ" というより、"飛ぶ" に近いかもしれない。
……しかし。
─── ドパッ……
ボールが落ちたのは日向達側のコート。
日向は月島のブロックに捕まってしまったのである。
その後、何本も日向は月島のブロックによってドシャットを食らっていた。
田中の方は決まっているが、日向の決定率がなかなか上がらない。
日向が悔しげに顔を歪めた、その時である。
月島「ほらほら、ブロックに掛かりっぱなしだよ?"王様のトス" やればいいじゃん。敵を置き去りにするトス、ついでに味方も置き去りにしちゃうやつね」
─── "王様のトス"。
その単語を聞いた途端、影山の雰囲気が変わった。
何かを堪えているような、そんな雰囲気だった。
私には何の話かわからなかったけれど、影山の様子を見る限りだと、彼にとってはあまり良いものではなさそうだ。
それでも影山はサーブで点を稼げると思っていたらしい。
影山の強烈なジャンプサーブが大地さん達のコートに向かって放たれた。
しかし、ドッときれいに影山のサーブを上げた大地さん。
その守備力に、影山と日向は唖然としている。
澤村「何点か稼げるかと思ったか?」
影山「っ!」
澤村「突出した才能は無くとも、2年分、お前らより長く体に刷り込んできたレシーブだ。簡単に崩せると思うなよ」
名前「うひゃあ痺れるっ……!!大地さんかっこいい!!」
菅原「さっきから心の声出すぎな(笑)」
名前「やべっ、すみません」
大地さんのイケボ&名言に身悶えしていると、笑うスガさんにツッコまれた。
一方コートでは、悔しそうな表情をする影山を見たためか、ここぞとばかりに影山を煽る月島。
月島「ホラ王様!そろそろ本気出した方がいいんじゃない?」
日向「なんなんだお前!この間からつっかかりやがって!!王様のトスってなんだ!!」
今まで何があったかは知らないけど、確かに月島はさっきから嫌味ばかり。
しかもその嫌味には、"王様" という単語が必ず含まれている。
すると月島は、どうして影山が "コート上の王様" と呼ばれているのか、その意味を話し出した。
"コート上の王様"……。
その意味は誉なものではなく、"自己中な王様、横暴な独裁者"。
中総体の決勝で、影山の横暴が過ぎるあまり、チームメイトが彼についていけなくなってしまったらしい。
影山がトスを上げた先に、誰もいなかったという。
彼は、チームメイトからの拒絶を受けたのだ。
そしてその結果が、影山はベンチに下げられて北山第一は敗退……。
月島「速攻使わないのも、あの決勝のせいでビビってるとか?」
田中「……テメェさっきからうるっせんだよ」
澤村「田中」
みんなが静まり返る中で口を開いた田中は、大地さんに止められた。
そして、影山は静かに口を開く。
影山「……ああ、そうだ。トスを上げた先に誰も居ないっつうのは、心底怖えよ」
……やはり、中学時代がトラウマになっているのだろう。
俯いている影山に、何か声をかけるべきかと悩んでいた時である。
日向「 ─── えっでもソレ、中学のハナシでしょ?」
張り詰めた空気を破る、少し高めの声。
こっちが拍子抜けしてしまうほどケロッとした顔で言ったのは、日向だった。
日向「おれにはちゃんとトス上がるから、別に関係ない。どうやってお前をブチ抜くかだけが問題だ!」
日向の真っ直ぐな発言に、大地さんや田中までもが小さく笑う。
日向にとって、影山の過去よりも月島達に勝つことの方が重要なようだ。
試合が再開され、田中のレシーブでコートの上にボールが上がる。
─── 日向の存在が、影山を救う。
この二人は、出会うべくして出会ったのかもしれない。
日向「影山!!居るぞ!!」
影山のトスを呼ぶ日向を見て、私はそう確信した。
田中に上げるつもりだったのであろう影山は、咄嗟に日向へトスを上げる。
それはピッタリと合ったわけではなかったが、なんとか日向の手に当たって相手側のコートへ入る。
それは惜しくもアウトになってしまったが。
影山「お前、何をイキナリ」
日向「でも、ちゃんと球来た!!」
影山「!」
日向の言葉に、影山は息を飲む。
日向「中学のことなんか知らねえ!!おれにとっては、どんなトスだってありがたぁ〜〜いトスなんだ!!おれはどこにだってとぶ!!どんな球だって打つ!!……だから!おれにトス、持って来い!!」
……眩しい。
日向は、どこまでも真っ直ぐだ。
なんだか、ちょっとノヤに似てる気がする。
そして、影山はやっぱりすごい。
日向に引っ張られた影山は、咄嗟の反応だったにもかかわらず正確なトスを上げてみせたのだ。
スガさんも私と同じことを思っているのか、隣で黙りこんでいる。
コートでは、田中が速攻を使えることに驚いていた。
どんなトスでも打つと意気込む日向だったが、合わせたこともない速攻など無理だと影山は言い切った。
その言葉に、日向は衝撃を受けたような表情になる。
月島「"王様" らしくないんじゃなァ〜〜い?」
日向「今、ブチ抜いてやるから待ってろっ!!」
月島「まァ―たそんなムキになっちゃってさぁ。なんでもがむしゃらにやればいいってもんじゃないデショ……人には向き不向きがあるんだからさ」
その言葉に青筋を立てた田中だったが、また大地さんが止めてくれた。
日向はというと、落ち込むこともなく月島を真っ直ぐに見上げる。
日向「……確かに、中学ん時も…今も…おれ、跳んでも跳んでも、ブロックに止められてばっかだ。だけど…あんな風になりたいって思っちゃったんだよ。だから、不利とか不向きとか、関係ないんだ。この身体で戦って、勝って勝って、もっといっぱいコートに居たい!」
しかしそんな日向の思いも、月島に即座に否定されてしまう。
月島「だからその方法が無いんでしょ。精神論じゃないんだって。気持ちで身長差が埋まるの?リベロになるなら話は別だけど」
影山「……スパイカーの前の壁を切り開く……その為のセッターだ」
日向の隣に並び、ハッキリとそう言ったのは影山だった。
驚いた、まさか影山が日向の肩をもつなんて。
そんな影山の表情は、さっきよりもどこか吹っ切れたようなものに見える。
何かを決意したような、そんな瞳だった。
影山「……いいか、打ち抜けないならかわすぞ。お前のありったけの運動能力と反射神経で俺のトスを打て」
田中「ハァ!?ソレ速攻の説明かよ!?」
田中の言いたいこともわかるが、二人に「とりあえずやってみます!!」と返されている。
しかし、これで日向チームの反撃が始まるかと思ったが、やはりそう簡単にはいかなかった。
月島「でたー、"王様のトス"」
影山のトスが速すぎて、日向が置き去りにされてしまったのである。
そこから何度も速攻を試す日向と影山だが全く噛み合わず、ボールは日向の手に掠ることなく落下してしまっている。
挙句の果てには、日向はボールばかりを見ていたせいで前を見ていなかったらしく、ネットに突っ込んでいってしまい引っかかっている。
「漁業かコラ!」と田中がツッコミを入れていた。
名前「うーん、やっぱり噛み合わないよなぁ……日向の技術じゃ、まだちょっと厳しいか……」
菅原「……どうにか、ならないのかな」
私の隣でポツリと呟いたスガさん。
私がスガさんを見上げると同時に、彼は転がった球を拾いにコートの方に向かって行った。
菅原「……影山、それじゃあ中学の時と同じだよ」
スガさんもまだ言いたいことがまとまってないのか、しどろもどろだ。
影山「日向には反射もスピードも、ついでにバネもある…慣れれば早い速攻だって…」
菅原「日向のその "すばしっこさ" っていう武器、お前のトスが殺しちゃってるんじゃないの?」
影山「!」
スガさんが言っているのは、"王様のトス" の事だろう。
かつて影山のチームメイトを置き去りしたそのトスは今、日向を置き去りにしている。
それがスガさんには、中学時代の影山と同じことを繰り返しているように見えたらしい。
菅原「……日向には技術も経験も無い」
日向「す、菅原さん……!?」
菅原「中学でお前にギリギリ合わせてくれてた優秀なプレイヤーとは違う。でも素材はピカイチ」
日向「!エッ、そんな…。天才とか大げさです、いや、そんな、」
田中「言ってねーよ」
スガさんの言葉に一喜一憂する日向に、田中が素早くツッコミを入れた。
いつもならスガさんがここで笑ってくれるところだが、スガさんは真っ直ぐに影山を見ていた。
菅原「お前の腕があったらさ、なんつーか、もっと日向の持ち味っていうか、才能っていうか、そういうのもっとこう…えーっと…なんかうまいこと使ってやれんじゃないの!?」
影山「(うまいことってなんだ…!?)」
菅原「……俺も…お前と同じセッターだから、去年の試合…お前見てビビったよ。ズバ抜けたセンスとボールコントロール。そんで何より…敵ブロックの動きを冷静に見極める目と判断力……俺には、全部無いものだ」
スガさん……。
私が、そんな事ないです!と叫びそうになった時、1歩早く田中が「そんな事ないっすよ!」と声を上げていた。
しかし大地さんが「1回聞いとくべ」と田中を止めている。
菅原「技術があってヤル気もありすぎるくらいあって、何より……"周りを見る優れた目" を持ってるお前に。仲間のことが見えないはずがない!!」
真っ直ぐに影山を見据えて言ったスガさんの言葉には気迫があった。
こちらへ戻ってきたスガさんを、私は見上げる。
名前「……スガさん」
菅原「ん?」
名前「……そんなこと、ないですからね。そもそもスガさんと影山は全く違うタイプですし、スガさんにはスガさんにしかない良さが、」
菅原「名前」
突然名前を呼ばれ、私は言葉を切った。
私を遮ったスガさんは、私の言いたいことはお見通しだとでも言うように、穏やかに笑っていた。
菅原「ありがとな、名前」
なんだかその笑顔があまりにも優しくて、胸が締め付けられたように痛む。
コートでは、影山が何か思い付いたのか、日向に指示を出していた。
影山「 ─── お前の1番のスピード、1番のジャンプで跳べ。ボールは俺が持って行く!」
そして、再開された試合。
その時の影山の集中力には目を見張るものがあり、こちらの空気まで張り詰める。
サーブで打ち込まれたボールは影山の元へ上がり、そして影山がボールに触れた瞬間。
─── ドパッ……!!!
聞き慣れぬテンポで鳴り響いた、ボールが床に叩きつけられる音。
日向が速攻を決めたのだ。
今まで空振っていたのが嘘のように、ドンピシャで。
しかも、
澤村「……おい…今…日向…目え瞑ってたぞ」
「「「……はああっ!!?」」」
(何かが動き出した、気がする)
<< >>
目次