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道宮「良かった、男子の2回戦まだやってる!」
パタパタと階段を降りてきたのは数人の女子。
見覚えのあるジャージ……烏野の女子バレー部だ。
女バレに知り合いはいないが、主将の道宮さんのことは知っている。
知っているといっても、顔と名前が一致しているという程度で話したことはないが。
他にも何人か見た事のある人がいるが、名前はわからない。
「すごい、伊達工に勝ってる!」
どうやら男バレの応援に駆けつけてくれたらしい。
ということは、女バレは負けてしまったのだろうか。
日向「来いやあぁぁあ!!」
名前「っ!いけぇっ、日向!!」
コートから聞こえた声に視線を戻すと、影山と日向の変人速攻が丁度炸裂するところで、私は咄嗟に声を張り上げる。
ドパッと綺麗に速攻が決まった。
名前「日向ナイスキー!!」
二人のプレーを見た女バレの人達はみんな目を丸くしている。
道宮「え、何、今の……」
「速攻……!?」
「あれって1年生だよね……?」
「あの小さいコ、凄い飛ばなかった……!?」
釘付けになっている道宮さん達を見ていると、なんだか得意気な気分になってしまう。
にひひ、と笑みを浮かべれば、滝ノ上さんもドヤ顔をしていたらしい。
嶋田「名前ちゃんはともかく、お前がドヤ顔すんなよ」
という嶋田さんの呆れ半分のツッコミが入った。
すると、スガさんの「日向もう1本ー!」という声援が聞こえてくる。
道宮さんが目をぱちくりさせて、視線をスガさんに向けた。
道宮「あれ?菅原は出てないのか……」
その言葉にドクリと心臓が跳ねる。
脳内を過ぎるのは、スガさんの優しい笑顔と言葉。
"菅原「……よくわかんないんだけどさ、名前見てるとマイナスの感情が消え去ってく感じがするんだよなー」 "
マイナスの感情とは、きっと自分の本心。
"悔しい" とか、"自分も試合に出たい" とか。
チームのためにと自分を押さえ込んでいた物分りが良すぎる彼の本心に触れている気がして、手すりを握る手に力が篭る。
……ダメだ、今は試合に集中しないと。
私も彼らと共に、戦っているんだから。
ノヤがそう言ってくれたんだから、私も戦わないと。
そう思った時、ワッとまた歓声が上がった。
どうやらまた日向の速攻が決まったらしい。
今度は普通の速攻だったようだ。
少しよそ見をしてしまえば、烏野には追いつけない。
一時も目を離してはいけないのだ。
しかし……。
名前「あっ……!」
日向が変人速攻に飛んだと見せかけて、普通の速攻を打つ。
7番は日向の動きに一瞬引っかかったはずなのに、その驚異的な身体能力でしっかりと日向のスパイクを捕まえてしまった。
7番の雄叫びがこちらにまで届く。
滝ノ上「おいおいおい、伊達工のブロックヤベぇな……おっかねー……」
嶋田「今の相当テンション上がったろうな、むこう……」
滝ノ上「ああいうブロックは "流れ" を呼び込むからな……」
"流れ" とはチームの調子のこと。
これは、ちょっとまずいかもしれない。
名前「早く切らないと、伊達工が波に乗る……」
私の呟きに、嶋田さんと滝ノ上さんが無言で頷いた。
得点は、18対15で烏野がリードしている。
しかし "流れ" が伊達工にいけば、3点なんてあっという間に取り返されてしまうだろう。
そしてまた強烈なジャンプサーブを打ち込まれる。
大地さんが上げてくれたが惜しくもボールはセッターへ返らない。
澤村「すまん!カバー!」
西谷「龍!」
田中「オーライ!」
乱れたボールの軌道の先に田中が回り込む。
日向「センター!」
田中「日向頼んだ!」
上がったトスに日向が走り込むが、少しネットに近いせいか、日向のスパイクは再び伊達工の3枚ブロックに勢いよく跳ね返された。
名前「っ、」
道宮「ああっ……!」
鉄壁に阻まれたボールは、その勢いのまま烏野のコートへ……。
しかしそこへ、オレンジ色の小さなヒーローが現れる。
滑り込んできたそのヒーローは、落下寸前のボールを高く打ち上げた。
そのプレーを見て、彼が部活停止処分を食らっていた最中に、ママさんバレーでずっと練習していたと言っていたものを思い出す。
菅原「西谷ァァァっ!!!」
名前「ノヤーーーっ!!」
スーパーレシーブに、スガさんと私の歓声が重なった。
息を吹き返したボールは、ノヤから影山へ。
烏野は瞬く間に攻撃態勢を立て直す。
日向「持って来ォォい!!」
先程スパイクを打ったにも関わらず、脅威のスピードで助走に入る日向が、誰よりも大きな声でトスを呼んだ。
青根「10番!!!」
その勢いに釣られるように、伊達工のブロックはセンターへ跳ぶ日向へと集結する。
誰もが日向へ意識を奪われた、その瞬間。
日向の背後から静かに、そして強かに現れたのは、誰もが認める烏野のエース。
名前「っ、旭さん!!!」
祈るような思いで、彼の名を叫ぶ。
そして現れたのは、一筋の光。
─── エースの前の道が、開かれた。
旭さんの力強いスパイクが轟音を響かせながら伊達工のコートへ打ち落とされる。
名前「うわあああああ旭さあああああんっ!!!」
烏養「よァっしゃあああ!!!」
彼の名を呼びながら叫ぶと、烏野のコートやベンチからも雄叫びに近い喜びの声が響き渡る。
ノヤのブロックフォロー、日向の最強の囮、影山君の天才的なトス、旭さんのバックアタック。
全てが綺麗に、ぴったりと嵌った瞬間だった。
伊達工に負けたあの日から今までを知る私にとって、それは単なるスパイクではない。
旭さんが完全に復活し、自分の力で壁を壊した証のスパイクなのだ。
ノヤや大地さん、田中が駆け寄り、明るい表情を見せる旭さん。
すると、旭さんがこちらを見た。
観客席にいる私を、しっかりと見ていた。
そして ─── 。
名前「っ!!」
グッ、と力強くこちらに向けて突き出された大きな拳。
ぶわっと込み上げてきた涙をグッと飲み込んだ。
だって泣くにはまだ早い、これから烏野の反撃が始まるのだから。
今私が送るべきもの、それは。
名前「旭さん、ナイスキー!!」
賞賛の言葉と拳、そして笑顔だ。
そしてそこからは点を取ったり取られたり、それを取り返して激しい攻防が続き……。
─── ピピーッ
1セット目終了の笛が鳴る。
25対19で、烏野は最初のセットをもぎ取ったのである。
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