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「んじゃ、SHRは以上」
「起立。礼」
「あざしたー」
─── キーンコーンカーンコーン
ようやく終わった、長い長い授業。
チャイムの音を聞いた私はうーんと大きく伸びをして凝り固まった肩を解し、パタパタとバッグに物を詰め込む。
すると、スタスタとこちらに近付いてくる足音と気配。
西谷「……名前」
名前「おう、ノヤじゃないか。どしたの」
話しかけてきたのは同じクラスの西谷夕だ。
私は「ノヤ」と呼んでいる。
私の幼馴染みで家も近く、幼稚園の時から今までずっと同じ学校同じクラスという不思議な縁のある奴……なのだが、いつもの豪快な笑顔ではなくいやにムスッとした表情をしている。
西谷「……最近部活行ってねぇってホントかよ」
名前「げ」
西谷「げってなんだよ、げって」
ノヤの言葉に、私は顔を顰めた。
正直、コイツにはバレたくなかった。
私は烏野高校排球部のマネージャーをやっている。
しかし、とある事情があってここ数週間は部活には行ってない。
だが補足しておきたいのは、別にサボりではないということだ。
キャプテンである澤村大地さんにはちゃんと理由を言っている。
名前「……私にもいろいろあるのよ」
西谷「……そうかよ。じゃ、悪ぃけど掃除当番代わってくんね?」
名前「……さてはアンタ、それが目的か」
西谷「頼むっ!今日ママさん達終わるの早いらしいから早く行きてぇんだよ!! じゃ、よろしく!!」
名前「あっ、待てこらノヤ!!」
突如押し付けられた掃除当番。
訝しげに目を細めれば、パンッと手を合わせるノヤ。
そして断る間も無く、ピューっと効果音が付きそうな勢いでノヤは走って行ってしまった。
逃げ足はやっ!!
ったくあの男は……。
ノヤは3月にちょっと問題を起こしてしまったせいで、部活停止処分をくらっている。
だけど努力家のノヤは、ママさんバレーの中に入れてもらって練習してるのだそうだ。
ブロックフォローの練習をひたすらやっているらしく、体育の授業でノヤの体が見える度に、違う所にアザを作っているように思える。
仕方ない。
烏野の守護神にゃ、頑張ってもらわなきゃならないからな。
私は重い体を引きずりながら、掃除当番に参加した。
ところが今日はツイてないようで、ゴミ捨てジャンケンに負けてしまい、ゴミ捨てにまで行く羽目に。
ゴミ捨てって面倒くさいよね。
ゴミ捨て場って教室と離れすぎじゃない?
ふわあ、と欠伸をしながら地味に長い道のりをゴミ袋を持って歩く。
すると、前方に見知った坊主頭を発見した。
名前「やぁやぁこれはこれは。普段から朝4時起きの私に『4時に起こせ』と命令して私を目覚まし代わりにした挙句、結局起きれず寝坊した田中くんじゃないか」
田中「うるせ、いちいち言わなくていいだろそんなこと!!」
名前「なんであれで起きないのよ、アンタのL〇NEの通知音うるさいから超スタ爆してやったのに」
田中「いやなんか耳元で『ライッライッライッライッ』ってずっと聞こえてた気がするんだけどよォ……」
名前「ライライはやばいwww」
ゴミ捨ての途中で遭遇したのは田中龍之介である。
クラスは違うけど、彼も同じ男子バレー部だ。
田中はノヤと仲が良く、そして普段からノヤと一緒にいることが多い私は必然的に田中とも仲良くなった。
見た目はガラが悪くて不良っぽく、初対面だと怖がられることも多いらしいが、すごく良い奴だ。
烏野排球部の元気印でもある。
L〇NEの通知音は『ラ〇ンッ』だからうるさいけど。
田中「……なぁ、名前」
名前「どうした田中よ」
田中「……いつなったら部活来るんだよ」
田中、お前もか。
田中が急に真剣なトーンで話し始めたので一体何事かと思ったが……。
あまりにも直球でこられたため、私は思わず言葉に詰まった。
田中「足、もう大丈夫なんだろ?なんで来ねぇんだよ」
名前「イタタタタ、タイヘンダ、フルキズガ……」
田中「やるならもっと上手くやれ」
名前「ちぇっ」
田中「……今日も来ないのかよ」
名前「きょ、今日はちょっと用事が……」
そう言って、田中から顔を逸らす。
別にサボりじゃ(ry
大地さんには(ry
名前「……別にサボってるわけじゃないし」
田中「……やっぱり、旭さんとなんかあったのかよ、あの時」
─── ギクッ
あの日の事を思い出し、私は一瞬顔を歪める。
やっぱり、みんなには何となく伝わってるのかな。
名前「…旭さん、部活来てる…?」
田中「いや、来てねぇよ最近……って、やっぱり何かあったんじゃねーか!何があったんだよあん時!」
名前「うるさいな! あんたにゃデリカシーってもんが…あ、そうか。あんた生まれた時に母ちゃんのお腹の中にデリカシー置いてきたんだったな」
田中「んだとコラ」
色々話しているうちにいつの間にかゴミ捨て場に着いていたらしい。
ゴミをバサバサと袋に移し、私と田中は教室への道を行く。
すると、田中がポツリと呟いた。
田中「……明日さ、3対3やるんだよ」
名前「3対3?……あら、1年生入ったの」
田中「そうなんだよ!1年が4人入ったんだけどよ……ほら、去年大地さん達と見に行った中総体覚えてるか? あん時の北川第一のセッターと、すばしっこいチビの1番が来たんだよ!!」
名前「……ああ、あの時の!」
そういえばそんな大会見に行ったなぁ、と私は頷いた。
田中と大地さん、そして副主将である菅原孝支さん(通称スガさん)と見に行った中総体。
私達が見た試合は北川第一VS雪ヶ丘だった。
北川第一の超天才セッターくんと、雪ヶ丘のバネと反射神経が人並外れていたオレンジくんをよく覚えている。
名前「へぇ、じゃあどっちも烏野なんだ!」
田中「そうなんだよ!つーわけだから明日は来いよ」
名前「えええ……」
田中「えええ、じゃねぇよ!!」
田中ははぁっと大きなため息をつき、ガックリと項垂れた。
田中「おめェがいねぇとよォ、なんつーか、その……全体的に暗いんだよみんな……スガさんも名前の心配ばっかしてるしよォ」
名前「なんだなんだ、みんな私の事大好きか」
田中「んな事言ってる場合か!!んじゃ今日は見逃してやるから明日な!明日絶対来いよ!! 来ないとぶっ飛ばす!」
名前「か弱い女の子にそんな口きいちゃいけません!!」
田中「すまん、か弱い女の子が俺には見えねぇんだがどこだ」
ズビシィッと田中の脇腹にチョップを入れ、悶絶している田中を放置して私は自分の教室へと戻った。
……どうやら、そろそろ部活に行かないといけなくなってきているようだ。
私が部活に行かないのは、行きたくないからだ。
いや行けよ!!ってツッコミを入れたくなる人もいるかももしれないけど、行けないんだ。
"「来るなっ!!!」"
"「俺をわかったように口をきくな!!」"
まるで昨日のことのように鮮明に脳内で再生される、あの人の言葉。
大好きで、いつも抱きついていたあの大きな背中を見ることは、もうできないのだろうか。
名前「そんなのやだよ……旭さん」
私の呟きは、誰にも聞かれることなく消えていった。
(伸ばしたその手は、届かなくて)
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