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─── 出来上がったおにぎりを大皿に乗せてラップをし、それを持って体育館に向かう名前。
すると、東峰が体育館から出てくるのが目に入った。
名前「あ!旭さん、……」
そう言いかけて、名前は言葉を切った。
東峰が、名前の顔を見ようとしない。
彼の様子が、明らかにおかしかったのである。
一瞬嫌な予感が頭をよぎったが、ほんの少しの動揺を即座に隠し、いつも通り東峰に話しかける。
名前「ちょうどよかった、おにぎり作ってきたんです。お腹空いたでしょう、みんなで一緒に食べましょうよ。今日の具は梅と鮭と昆布ですよ〜、旭さんはどれがいいですか?」
東峰「……すまん。今は、話しかけないでくれ」
そう言って名前の顔も見ずに通り過ぎてゆく東峰。
名前は一瞬、息を飲んだ。
しかし、
名前「……待ってください」
東峰「……っ!」
小さな名前の手が、ガシッと東峰の腕をとらえる。
温かく柔らかい彼女の手の感覚に、東峰は顔を歪めた。
東峰「……頼むから、今は構わないでくれないか」
名前「それはできません。だって、─── 旭さん、今にも消えちゃいそうだもの」
少し強い口調になった東峰に怖じ気づくことなく、名前はそう言った。
その言葉に、東峰は驚いて名前の方を振り返る。
名前は、笑っていた。
─── 見たことがないくらい、悲しげな笑顔で。
その表情を見た東峰は、思わず息を飲む。
名前「……今日の試合のこと、気にしてるんですよね」
東峰「……」
相変わらず、名前は真正面から切り込んでくる。
彼女のそういう部分は西谷にそっくりだと、東峰は今までに何度も感じたことがあった。
名前「スパイク止められたからって、バレーのこと嫌いにならないでください。もう1回、飛びましょうよ!後ろにはみんながいるんですから」
─── 西谷にそっくりだからこそ。
今の東峰にはその言葉が苦しく感じられた。
東峰「……何で責めない?お前も西谷も、なんで俺を責めないんだよ!?西谷達が頑張って拾ってくれてるのに、俺が止められて!!攻撃が!エースが機能しなくて!どう考えても俺のせいで負けたんだろうが!!」
それは名前が初めて聞く、東峰の本気の怒りと屈辱に満ちた声。
しかしそんな東峰を見ても、名前は決して動揺などしなかった。
東峰の気持ちが、名前には痛いほどわかるから。
だから、東峰にもちゃんとわかってほしかった。
みんなが東峰を責める理由なんて、全く無いことを。
名前「……バレーは1人でやるんじゃなくて、6人でやるんです。6人で強い方が勝つんです。今回は、伊達工の方がそれが上手だっただけ。誰が悪いとかありません、みんなちゃんと戦ってきたんだから。……私達が今やるべき事は落ち込むことじゃありません、前を向くことです。勝ちたいなら、もっと練習して私達も強くなればいい。……ね? だからいっぱい食べて体力付けて、もっと強くなりましょうよ!」
普段は西谷や田中とバカ騒ぎしてる名前だが、こういう時に言うことは的を得ている。
東峰が何度、彼女の言葉に励まされ、救われてきたことか。
……しかし、いつもは東峰を鼓舞する名前の言葉は、今は逆効果でしかなかったのである。
東峰「 ─── 来るなっ!!!」
名前「わっ……!」
近づいてきた名前を、ほとんど反射で、力任せに突き飛ばす。
小さな名前の体は簡単に弾き飛ばされて、バランスを崩した彼女は尻もちをついた。
それと同時にガシャンッと派手な音を立てて名前の手から皿が落ち、地面におにぎりが散らばる。
東峰「しつこいんだよさっきから!!俺をわかったように口を聞くな!!ただのマネージャーのお前に、」
" ─── 俺の、何がわかるっ!!!!"
そう言いかけて、東峰は言葉を切った。
東峰の視界に、尻もちをついている名前が映ったからだ。
玉のような汗をかきながら左足首を抑えて、苦しそうに顔を歪める名前が……。
その瞬間、罪悪感の波が東峰を襲った。
─── 俺は今、この子に何をした?
俺よりも遥かに小さな、この子に。
一気に血の気が引いていくのがわかった。
東峰「……っ、名前、「名前!!!」」
その時、騒ぎを聞きつけたのか物凄い勢いで体育館から西谷が駆けつけてきた。
それに続くように、すぐに澤村もやってくる。
西谷「名前、おい大丈夫か!?足、痛むのか!? 何があった!!」
名前「だ、大丈夫大丈夫。ちょっと、変に転んじゃっただけ……」
西谷に力なく笑いかける名前は、全く大丈夫そうに見えない。
澤村が名前の足を確認するように触ると、名前は再び顔を歪める。
澤村「……捻っているかもしれない。清水!! 氷を持ってきてくれ、頼む!!」
西谷「きゅ、きゅ、救急車! 救急車呼ぶか!?呼んだ方いいのか!?」
名前「何言ってんのさ、大丈夫だって。骨折したわけじゃないんだから……」
澤村「運ぶから俺にしっかり捕まれ。……せーのっ、」
澤村が名前を抱きかかえて体育館の中へ運び、西谷もそれを追いかけて行く。
東峰は一人、その場に取り残された。
東峰「……何を、やっているんだ俺は……!!」
─── 次の日から、東峰は部活に来なくなったのである。
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