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田中「 ─── どういうことか説明してもらおうじゃねーか、んん?」
名前「は、はひ……」
学校に戻ってミーティングと体育館の掃除を終えて、今日の部活は終了した。
その帰り道。
空腹に耐えきれなかった田中と日向と影山が坂ノ下商店に寄って中華まんを買いに行ったが売り切れだったらしく、代わりにぐんぐんバーを手に店から出てくる。
そしてようやく一息ついたところで、私は田中による尋問(?)を受けていた。
田中「なんでお前があの優男と知り合いなんだ?んん?」
名前「いや、それはまあその、かくかくしかじかで……」
田中「んん?(圧)」
名前「ひえっ、ごめんなさい!」
田中の顔怖っ!
田中に威嚇されてるやつ、こんな気持ちなのか……。
それに、今回ばかりはみんなも私と及川さんの関係を気になっているようで、誰も助けてくれない。
誰か私にオアシスをください!
どうしても解放してもらえそうにないため、私は渋々事情を話す。
名前「知り合いってほどのモンでもないんだけど……実はこの間あの人にナンパされまして……」
「「「「「ナンパ!?」」」」」
名前「いやわかります、そんな怪奇現象あるわけないだろっていうみなさんの気持ちは」
田中「誰もそこまで言ってねーだろうが」
菅原「……もしかして、この間の帰りに話してたヤツ?」
名前「あ、それです。あの人のことです」
澤村「よし、アイツいつか締めるか」
菅原「そうだね」
名前「大地さんスガさん目が笑ってないです、めちゃくちゃ怖いです」
真っ黒いオーラを放ちながら、ニコニコと笑っている大地さんとスガさん。
めちゃくちゃ怖い。
もしかしてこれが噂の烏野セコム……?
名前「で、でも特に何もされてないし連絡先とか名前も教えてないんで!っていうかむしろ、サポーター選んでもらっちゃって……」
菅原「……え、サポーター?何で名前が?」
名前「あっ、いやそれはまあ……ちょっと、いろいろ理由があって……」
菅原「ふーん……そっか」
スガさんは不思議そうな顔をしていたが、すぐに何かを察してくれたように引き下がった。
一方で、私の話を聞いた田中は顰めっ面だ。
田中「なんもされてねーならいいけどよ……誘拐とかされんなよ」
名前「さすがにそれは無いでしょ」
澤村「いや、あの目はやりかねないな。名前、気をつけろよ」
名前「は、はい……」
及川さんを庇う訳ではないが、今日会ったばかりなのに酷い言われようだ。
田中「にしてもすごかったよな、あの優男のサーブ……」
名前「それなそれな」
そこからの話題は必然的に今日の試合中の及川さんの話になった。
及川さんのナンパ事件から話題を逸らすため、私は必死に相槌を打つ。
田中「さすが影山と同中の先輩……ってあれ?なんで影山って烏野にいるんだっけ?県内一の強豪っつたらやっぱ白鳥沢だろ」
日向「しらとり?」
田中「白鳥沢学園っつう県ではダントツ、全国でも必ず8強に食い込む強豪校があんだよ」
確かに、そう言われてみれば……。
田中の言葉に、全員が影山の方を見る。
影山「落ちました、白鳥沢」
名前「え」
田中「落ちた!?」
それは、まさかの返答だった。
しかし影山は全く気にしていないような表情で、「推薦が来なかったから一般で受けて落ちた」と続けた。
ツッキーが通りすがりに「勉強は大した事ないんだね」と嫌味を飛ばしている。
しかし、白鳥沢は一般で入るなら超難関の学校なのだ。
すると、「そういえば、」と田中が私の肩を突っついた。
田中「お前、白鳥沢から推薦来てたのに蹴って烏野来たって噂聞いたんだけどよ。お前って実は頭いい……?」
その言葉に、私はギクリと体を強ばらせた。
名前「……誰から聞いたの」
田中「あ?だから噂で聞いたんだよ、噂」
噂……?
実を言うと、今の田中の話は事実である。
しかしこれは、ごく限られた人にしか話しておらず、その相手には口止めもしているはずなのだが。
思い浮かぶのは、その "ごく限られた人" 。
……またどっかのノヤが余計な事喋ったな?
菅原「え、マジ?すげーじゃん名前!」
影山「苗字さん、白鳥沢から推薦来たんスか!?つか、バレーやってたんスか!?」
驚いたような声を上げるスガさんに対して、田中の発言に食いついてきたのはもちろん影山だ。
ぐいっと身を乗り出してくる影山を、まあ落ち着けと宥める。
名前「……昔の話だよ。今はもうやめちった」
影山「どうして……白鳥沢から推薦来るなら相当の実力じゃないスか!」
名前「んー、それはまあ……いろいろあったのよ」
影山「いろいろって……」
日向「なあなあ!お前が烏野来たのもまさか小さな巨人に憧れて!?」
影山「……引退した烏養監督が戻ってくるって聞いたから」
日向「うかい……?」
影山はまだ何か聞きたそうで納得していない表情だったが、日向の発言によって話を逸らされた。
……これは、日向に感謝しなきゃな。
そこからは、烏養監督の事へと話は移っていく。
……左腕の袖をぎゅっと握りしめていたのを大地さんに見られていたことに、私が気づくことはなかった。
田中「無名だった烏野を春高の全国大会まで導いた名将!烏野の烏養って名前がもう有名だったよな、凶暴なカラス飼ってる監督だっつって」
菅原「2、3年生は去年少しだけ指導受けたけど、すげえスパルタだったぞ……」
そういやそんなこともあったなぁ、と去年の練習を思い出す。
名将烏養監督のスパルタは噂通りのものであり、少しの間ではあったが選手達はみっちりと扱かれていた。
体育館でぐったりとするみんなを何度も介抱したのをよく覚えている。
しかし烏養監督は、病で倒れてしまったのである。
復帰の予定は未だ決まっていない。
そこからは今日の試合を振り返りながら、大地さんと影山が今の烏野に足りないメンバーの話をし始める。
守備の要の "リベロ"、そして三枚ブロックとも勝負できる "エーススパイカー"。
リベロにエースか……。
少し前まではちゃんと埋まっていたその役割を思い出していると、ぽん、と背中を軽く叩かれる。
顔を上げれば、大地さんが少し切なげな表情で私を見ていた。
名前「(大地さん……)」
影山「でも守護神が戻ってくるって言ってましたよね?」
澤村「うん」
菅原「……烏野は強豪じゃないけど特別弱くもない。今までだって優秀な人材はいたはずなのにその力をちゃんとつなげてなかった。……でもまたみんながそろってそこに一年生の新戦力も加わって、その戦力ちゃんと全部繋げたら……」
澤村「…夏のインターハイ…"全国" が、ただの遠くの目標じゃなく現実につかめるものにきっとなる」
日向「夏のインターハイ……聞いた事ある!」
目を輝かせて盛り上がる日向。
その様子を見て私は、フと表情を和らげる。
影山「…けど、そのこれから戻ってくる人は今までどうしてたんですか?」
影山のその質問に、私は思わず田中と顔を見合わせる。
名前「あー……一週間の自宅謹慎と約一ヶ月の部活禁止だったのよ」
日向「ふ、不良!?不良!?」
田中「違えよ……あれはなー、ちょっとアツすぎるだけなんだよ。いいヤツなんだよマジで」
そう、アイツはこの田中よりもさらにアツい男だ。
"男" というか、"漢" だと思う。
田中「それにアイツはな…烏野で唯一天才と呼べる選手だ!」
"烏野で唯一の天才" 。
その言葉に、日向と影山はピクリと反応する。
田中「まあ今はクソ生意気影山が入ってきたから唯一じゃなくなったけどな。……それに噂じゃ、アイツは名前が白鳥沢蹴って烏野に来た理由らしいし?」
名前「ばっ、余計な事言わんでいい!」
突然投下された爆弾発言。
ニヤニヤしながらとんでもないことを言い出した田中の腹に、私はチョップをお見舞いする。
田中「ぐほっ」
澤村「ソイツが戻ってきたら、"先輩" って呼んでやれよ、日向。田中みたくバカ喜びすると思うから」
田中「ば、バカとか……」
烏野の守護神の話を聞いた日向は、ワクワクした表情をしていた。
どんな人なのかと考えているのだろう。
私も、ノヤには早く戻って来てほしかった。
ノヤのいないコートは、やはり物足りなくて寂しいのだ。
そして、"あの人"……旭さんにも。
(最近ノヤと話してなかったな…)
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