ハイキュー 『君の隣で』 | ナノ


1

「及川さ〜〜〜ん!!」


聞き覚えのある名前にハッとして入り口を見ると、ギャラリーに向かって笑顔で手を振る男。
忘れるはずがない、あの日私をナンパしてきたサポーター野郎がいた。

だが、いくら嫌悪していてもさすがはイケメン。
やはり女の子にモテモテなようで、ギャラリーからは絶え間ない声援が送られている。
そんなサポーター野郎にいち早く反応したのは田中だ。


田中「影山くん、あの優男誰ですか。ボクとても不愉快です」


そうだろう、あれは田中が最も嫌いなタイプだ。
影山はサポーター野郎の後輩だったらしく、田中の質問に律儀に答えている。


影山「…"及川さん"…超攻撃的セッターで、攻撃もチームでトップクラスだと思います。あと凄く性格が……悪い」

田中「お前が言う程に!?」

影山「月島以上かも」

田中「それはひどいな!」


さすがに失礼だろ、と田中の背中を軽く叩く。
というか性格悪いのか、あの人。

すると、サポーター野郎が影山に向かってヒラヒラと手を振ってきた。


及川「やっほー。トビオちゃん久しぶり〜育ったね〜」

影山「…俺…サーブとブロックはあの人見て覚えました。…実力は相当です」

及川「元気に "王様" やってる〜?」


そう笑ったサポーター野郎が、ちらりとこちらに視線を向けた。
その視線の先は……もちろん私。
私は気づかないフリをしてそーっと武ちゃんの陰に隠れる。
……だけど、遅かった。


及川「……あれ?君、この間のかわい子ちゃんじゃない! 烏野のマネだったんだ、また会えて嬉しいな!」


なんでこの人は話しかけてくるかなぁぁぁ!!!
みんなの視線が私に集まる。


武田「? お知り合いですか?」

名前「し、知らない! あんなの全然知らないです!」


どうやらサポーター野郎は怪我をしていたようで、始まった第3セットには出ないでアップに向かった。
度々聞こえてくるサポーター野郎目当ての女の子たちの歓声に、田中はかなりイラついている。
田中は懇親の力でスパイクを打ち込んでおり、さっきよりもプレーのキレが良くなっているからすごい。

みんなの様子を記録するためにノートとコートの中へ視線を行き来させていると、運悪く何度かサポーター野郎と目が合う。
その度にこちらに笑顔を向けてきたり手を振ってきたりするが、私は一貫して気づいていない振りを決め込んだ。

そして試合は進み、21対24で烏野リードのままマッチポイントになった。
しかしここで、選手交替の合図とともに、大きな声援が送られる。
ピンチサーバー……サポーター野郎が出る。


及川「かわい子ちゃん、及川さん頑張っちゃうから見ててねー!」

名前「知らないフリしよう、知らないフリ。私は木その1。道端に生えてるだけの木その1」

武田「…声に出てますよ…」


私を指差して堂々と宣言するサポーター野郎を視界に入れないように顔を背ける。

……だけど、なんだろう。
なんだか嫌な予感がする。
ボールを持った及川さんは、明らかにオーラが違っているのだ(仕方なく名前で呼んでやった)。

─── そして放たれたのは、あまりにも強烈なサーブ。
見たことも無いほど強烈なサーブは及川さんが指差していたツッキーに向かっていき、バチンッと鈍い音が響き渡る。
レシーブは大きく逸れて、ギャラリーの柵に音を立ててぶち当たる。

……すごいサーブだ。
影山以上の威力、そして宣言通りのコースに打つコントロール。
悔しいが、舌を巻かざるを得ないサーブだ。

さらに、二本目もツッキー狙い。
やはりボールは上がらず、勢いよくツッキーの腕に当たって床に転がってしまう。
1点差まで詰め寄られて、大地さんが守備範囲を広げるような配置についた。


及川「…でもさ、一人で全部は ─── 守れないよ!!」


相変わらずの性格の悪さとコントロールで、及川さんは端っこにいるツッキーめがけて、ピンポイントにサーブを打つ。
しかしそれはコントロールを重視したせいか、さっきよりも威力は弱い。
そのボールはやはりツッキーの腕に当たり……。


菅原「…!上がった…!ナイス月島!!」

山口「ヅッギーナイズっ…!」


何とかボールを上に上げたツッキー。
しかしようやく上がったボールはネットを超えてしまい、向こうのチャンスボールとなってしまう。


及川「ホラ、おいしいおいしいチャンスボールだ。きっちり決めなよ、お前ら」


今、烏野はブロックに1番高さのないローテーションだ。
綺麗にボールを上げる及川さんのレシーブ。
そして、コート端にあげられたトス。
ブロックが間に合わない ─── 。
誰もが、そう思っていたのに。

─── そこからは、あっという間だった。


名前「……えっ……」


いつの間にかブロックに跳んでいた日向。
青城側のスパイクの威力をワンタッチで落として着地すると同時に、この試合の中で一番のスピードで日向はコートの真逆に回り込んだ。

一歩、一瞬……。
ほんの少しでも遅れれば、誰も日向には追いつけない。
追いつけるのは、影山から放たれるボールだけ。

─── ドパッ……!!

日向がブロックを振り切り、そして次の瞬間には、及川さんの真横を勢いよく通り抜けたボール。
……誰もが、言葉を失う。
そんな、スパイクだった。

─── 試合終了のホイッスル。
セットカウント2対1で、烏野が勝利した。


武田「…勝った…」


隣では、武ちゃんが腰を抜かしたようにベンチに座り込んでいた。


武田「……すんごい」

菅原「そっか、先生は日向と影山の攻撃見るのは今日は初ですもんね!凄いでしょう!?凄いっつーか、怖いっつーか!」


放心状態の武ちゃんに、スガさんが嬉しそうに日向と影山の話をする。
物凄く可愛いです。

そして、コートからは試合を終えたみんなが物凄い勢いで集まってきた。


「「「お願いしアース!!」」」

武田「えっ!?」

名前「あ、何か講評とかお願いします!」

武田「あっ、そ、そうか」


私が小声で助け舟を出せば、武ちゃんは頷いて話し出した。


武田「えーと…僕はまだバレーボールに関して素人だけど…なにか、…なにか凄いことが起こってるんだってことはわかったよ」


その言葉に、大地さんと田中が目をあわせて不思議そうにしている。


武田「…新年度になって…凄い1年生が入ってきて…でも一筋縄ではいかなくて…だけど…今日、わかった気がする。バラバラだったらなんてことない一人と一人が出会うことで、化学変化を起こす。今、この瞬間もどこかで世界を変えるような出会いが生まれていて…それは、遠い遠い国のどこかかもしれない。地球の裏側かもしれない。もしかしたら東の小さな島国の、北の片田舎の、ごく普通の高校の、ごく普通のバレーボール部かもしれない。……そんな出会いが、ここで……烏野であったんだと思った」


武ちゃんが一言一言紡ぎだす言葉が胸にすっと広がっていく。


武田「大袈裟とか、オメデタイとか言われるかもしれない。…でも、信じないよりはずっといい。根拠なんかないけど…きっと、これから…君らは強く、…強くなるんだな」


感慨深げに語る武ちゃん。

……ああ、わかるなぁ。
武ちゃんが言いたいこと、私にはすごくわかる。
私たちは今この瞬間、奇跡的な出会いをしている。
可能性を秘めた、出会いをしているのだ。

みんなはきょとんとしてたけど、私は武ちゃんと同じ気持ちでちょっとポエミーな講評を聞いていたのだった。

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