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「うわああ…30点こえたぁぁあ…!」
及川ファンの女子の声で、名前はハッと得点板に目を向けた。
国見の動きに注意していたため、全体の流れまでは追っていなかったのである。
そこにはいつの間にか、31-31という数字が提示されていた。
嶋田「どっちもキツいな…」
滝ノ上「けど…烏野の方がギリッギリで繋いでるって感じか…?攻撃も単調になってきてる気がする…。精神的にもキツいのは青城の方なんだろうけど…」
烏野も青城も、皆肩で苦しげに息をしている。
しかし瞳の中の闘志は誰一人として消えておらず、名前はぎゅっと手すりを強く握りしめた。
「「「及川くんナイッサーブー!!」」」
嶋田「ゲッ!今のでローテ一周か!」
及川ファンの女子達の声で次のサーブは及川だと気づき、嶋田と滝ノ上の眉間にはシワがよった。
嶋田「でもこのギリギリの状況…さっきのサーブミスもまだ頭にあるだろうし。及川クンはどう出るかな…」
またミスをするか怯むかしてほしい、というのが名前の正直な気持ちである。
しかし、
及川「 ─── ……」
疲労しきっているとは思えないほどの集中力。
この状況で及川が怯むとは考えられない。
なぜなら、彼がミスに萎縮して躊躇う様子を一度も見たことがないから。
きっとまた、あの強烈なサーブがくる。
名前は、確信に近いものを抱いていた。
─── ドッ……ガガンッ!!!
放たれたのは、やはりジャンプサーブ。
それも、今日一番と言っていいほどの凄まじい威力であった。
しかしそのボールは澤村が何とか上げたのであった。
ボールが腕に当たっただけとは思えないような鈍い音に、名前は全身に鳥肌が立つのを感じた。
名前「大地さんナイスレシーブっ!!」
澤村「くそスマン!!」
東峰「あんなの上がるだけで有難いっつーの!」
東峰の言う通り及川のサーブならば上げてくれただけで有難いものだが、相手のチャンスボールとなってしまったこともあり、澤村は満足していないようだ。
そして及川は誰に上げるのかと勘繰る中、鬼気迫る勢いで飛び込んでくる岩泉。
やはりここはエースかと、烏野のブロックは岩泉に注意を向ける。
しかし、エースに視線が移りかけた視界の端で助走に入った者がいた。
名前「 ─── っ、ライトーッ!!」
日向・東峰「「っ!!」」
トスが上がった先には、国見。
名前が叫ぶのとほぼ同時にブロックの日向と東峰も反応し、何とか食らいつく。
国見のスパイクはブロックをすり抜けたが、何とか影山がレシーブをして見せた。
しかしそのボールは青城側へと返ってしまう。
国見「チャンスボール!!」
滝ノ上「あの13番、他の連中より動きにキレがある…!?まだ余力があるのか…!?」
再び国見に上げられたトス。
滝ノ上の言う通り、他の選手に比べて国見の体力は明らかにまだ残っていた。
やはり彼は体力を温存していたのだろう、先程覚えた違和感は間違いなかったのだと名前は唇を噛んだ。
国見は助走に入って飛び上がり、強く腕を振り下ろす ─── が、直前で力を緩めてそのスパイクはフェイントとなった。
澤村と影山が飛び込んでくるが間に合わず、ボールは烏野のコートに落ちた。
「青城っ…逆転し返したあああ!!!」
31-32、今度は青城のマッチポイントである。
加えて次は、及川のサーブ。
絶望的な状況はまだ続くのか、と手すりを握り締める名前の額に汗が伝った。
再び遠ざかった青城の背中。
バクバクと暴れる心臓を抑え込むように胸を押さえた時であった。
菅原「影山ァーーー!!!迷ってんじゃねえぞーーーっ」
聞こえてきた声に、名前はハッと顔を上げた。
菅原「" うちの連中はァ!!!"」
影山「 ─── " ちゃんと皆強い "」
コートの中で集まり、その中心にいる影山。
佇む "黒達" の背中は、大きく強く頼もしい。
名前「 ─── 大丈夫っ!!一本取ってこーっ!!」
前へと進み続ける彼らの後を追うように、自然と口から言葉が出てくる。
名前の声はしっかりと届いたらしく、選手達は名前の方を見上げて力強く頷いた。
ひたすら走り、青城を追いかける烏野。
そんな彼らの背中を押すだけではなく、彼女もまるで彼らと一緒に走っているようであった。
彼女は間違いなく、戦っていた。
彼らの、"隣" で。
そんな感覚に飲み込まれて、嶋田と滝ノ上は真っ直ぐに選手を見つめる名前の瞳に見入っていた。
ホイッスルが鳴り、高まった集中力をサーブにぶつける及川。
しかし、勢いよく振り下ろした腕は直前で緩められたのである。
嶋田「前ェェーーー!!!」
どうしても身構えてしまうこの場面で、僅かな穴を狙ったフェイント。
それは、" 勝ち " をもぎ取るための恐ろしい程の冷静さであった。
烏野のコートへ落ちてくるボールの下に滑り込んだのは澤村であった。
名前「っ!!大地さんナイスレシーブっ!!」
東峰「レフトォォオ!」
日向「センタァアア!!」
影山「レフト!!」
菅原「旭、行けえぇえ!!」
" 俺に持ってこい "、" 俺が決めてやる " 。
そんな思いの篭ったトスを呼ぶ声が響き渡る。
影山が東峰にトスを上げると、東峰のスパイクはゴガガッと鈍い音を立てて3枚ブロックをぶっ飛ばした。
しかしそのスパイクが床に落ちる前にリベロの渡が飛び込んできてボールを繋ぎ、今度は青城のエース・岩泉にボールが託される。
岩泉のスパイクはブロックとアンテナの間スレスレを突き抜けたがその先では田中が待ち受けていた。
名前「田中っ、ナイス!!」
ズドッという音がして田中の腕に岩泉のスパイクが当たるが、彼は何とかそれを上げてみせて、ボールは再び繋がった。
だがそのボールは青城のチャンスボールとなってしまう。
そこへ金田一がダイレクトでボールを叩き込みにきた。
ブロックに飛ぶ日向であったが高さの真っ向勝負では敵わず、再びボールは烏野のコートに落とされる。
しかしそのボールの軌道へ、西谷が驚異的な反射神経で飛び込んできた。
嶋田・滝ノ上「「上がったァァア!!!」」
西谷「オラアァア!!!」
名前「ノヤーーーッ!!!」
息を吹き返したボール。
吠えた西谷に対して名前は声援を送った。
しかしそのボールの勢いは緩く、惜しくもセッターまでは届かないように見える。
嶋田「乱れた…!セッターまで届かねえぞ!」
滝ノ上「またレフトか…!?」
長いラリーが続き、体力も限界の極限の状態。
だがそんな中で名前が感じ取ったのは。
名前「 ─── っ!日向っ……!!」
この崖っぷちの状況で、恐ろしい程の存在感を放ったのは、日向だった。
─── ああ、きっと日向だ。
影山は、日向にトスを上げるのだろう。
それは、まるでテレパシーのように名前の脳内に伝わった。
この状況で影山が日向にトスを上げる様子が、まるでインスピレーションのように脳内で再生されたのである。
……だが、観客席にいる名前が気付くのならば、青城が気付くのも当然で。
─── ドガッ……!
名前「 ─── っ!!!」
ドンピシャで日向の手に当たり、振り下ろされた手から放たれたボール。
それは岩泉、金田一、国見の3枚ブロックによって弾き返されてしまったのである。
その瞬間、名前の耳には一切の喧騒が入らなくなった。
選手の声も、観客の声も、自分の息遣いさえも。
まるでサイレント映画を見ているように、映像だけがゆっくりと動いていく。
ブロックフォローに入る西谷。
先程トスを上げた位置から滑り込んでくる影山。
飛び出してくる田中。
─── まだ終わりたくない。
まだここに居たい。
まだ皆と一緒に、戦っていたいっ…!!
─── タンッ……
そんな名前の思いは、届くことはなく。
唯一耳に入ってきた音は、烏野のコートにボールが落ちた音。
ボールに向かって伸ばされた選手達の腕が、虚しくそのまま佇んでいた ─── 。
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