ハイキュー 『君の隣で』 | ナノ


2

─── しかし、日向が後衛に下がってサーブの番となった時。
名前と滝ノ上は、コートの異変に気付いた。


嶋田「ここでミスったら青城は20点の大台…!…で…チビ助のサーブかあぁぁ!いや決して疑ってるワケじゃないが、頼む入れてくれよォォォ!!」

名前「……し、嶋田さん、嶋田さん」

滝ノ上「…オイ嶋田、アレ…」


名前と滝ノ上は、ぎょっとしたような表情でコートを凝視している。
2人に促されて嶋田も視線をそちらに向けると ───。


嶋田「ったっ!?忠が…ピンチサーバー!?」


日向とメンバーチェンジして、山口がピンチサーバーとして入ってきたのである。
先程烏養がこちらを見てきたのは嶋田を見ていたのであって、こういう意図があったのかと疑問が晴れる。
遠くからでもわかるほど、コートに入ってきた山口は真っ青になって緊張していた。


嶋田「繋心何考えてんだアホかああああ!!まだせいぜいマグレ当たりだって言っただろうがあああ」

滝ノ上「その "マグレ当たり" でさえ欲しいってことなんだろ」


1セット目が始まる前に、山口がサーブの練習を始めたと聞いた。
しかしそれは1週間ほど前と言っていたはず。
そして高校初試合、投入されたのは第3セット17-19で烏野が2点を追う状況…。


名前「……自分で言うのもアレなんですけど、私って結構それなりにメンタルは強い方なんですよ。プレイヤーだった頃も緊張したこととかそんなに無くて」

滝ノ上「お、おう」

名前「……今、久しぶりにめちゃくちゃ吐きそうです」

滝ノ上「ちょ、待てお前顔色やば!大丈夫かよ!?」


真っ青になっていたのは山口だけではなかった。
かつてないほどほど青ざめている名前の背中を滝ノ上が慌てて摩った。

しかし、ここでの山口の投入は頷ける。
無回転が打てれば幸運であり、もし打てなかったとしても未知のピンチサーバーというだけで青城にプレッシャーをかけることができる。
流れというのはどこからどう変わるかわからない。
だから少しでも可能性のあることは試すに越したことはないのだ。

だがその重圧が1年生で尚且つ初めて試合に出る山口1人にのしかかっていると思うと……珍しく、名前は緊張による吐き気を催したのである。
ガチガチに緊張している山口を見て、それが完全に伝染してしまったのであった。

いやでもきっと大丈夫、山口にはさっきおまじないでパワーを送った。
その事実を頭の中で繰り返し唱え、何とか平常心を取り戻す名前。

ピッとホイッスルが鳴り、山口がサーブトスを上げる。


名前「ぐっちー……!!」

嶋田「頼む、入れっ……!!」


山口が打ったのは、ジャンプフローターサーブ。
ボールは緩く弧を描いて飛んでいく。

しかし ─── 。
その距離は惜しくも足りず、ボールはネットに当たって烏野側のコートへと落ちていく。

─── タンッ……

空気を震わせたその落下音。
それは、名前には異様に大きく感じられた。
途端に青城の応援が復活し、会場は騒がしさを取り戻す。

プレイヤーであればほとんどの者が一度は味わうであろう、サーブを外した時のあの絶望感。
名前とて例外ではない。
それに山口は、名前の想像とは比にならないほどの緊張を感じていたはずである。

メンバーチェンジが行われ、俯きながらベンチに戻っていく山口。
そんな彼に、澤村が声をかけた。
澤村が何を言ったかまではわからなかったが、「ハイ!!!」という山口の返事が響き渡る。

─── その瞬間、烏野の空気が変わった。


「えー…ピンチに突然出されて失敗したら引っ込められちゃうんだあ…」

「なんかカワイソー…」

嶋田「ピンチサーバーはそういう仕事なんだ。…その一本に自分のプライド全部乗っけてる。そんで忠は失敗した。でもアイツ個人にとって、今ここで悔しさと自分の無力さを知るチャンスがあることが、」


─── 絶対に、アイツを強くする。

嶋田は、その未来に確信を持っていた。
成功であれ失敗であれ、"経験" は必ず己を強くするのだ。
嶋田の力強い言葉に、名前はしっかりと頷いた。


田中「 ─── うおらっっっしゃああ!!!」


コートでは、田中がバックアタックでブロック3枚を抜いていた。
下手をすればドシャットされてもおかしくはないその状況を、気合いとパワーでねじ伏せてみせたのである。
その根源は無論、山口のサーブだろう。

意図した形ではなくとも、山口のサーブは確実に烏野の空気を変えた。
その様子を目にした名前はようやく緊張から解き放たれ、フ、と体の力を抜く。

今の得点は19-21で烏野の3点ビハインド。
青城が先に20点台に乗った今、烏野にはもう後がない。
しかしその崖っぷちの状況が、烏野を強くする。


名前「大地さんナイスレシーブッ!!」

滝ノ上「よしっ、切らすな〜切らすな〜」


すぐそこに見えているようで、青城の背中は遥か遠く。
連続得点で点を詰めなければ、烏野は負けを待つだけとなってしまう。


澤村「落ち着いて目の前の1点確実に獲る!目の前の球が全部だぞ!!」

烏野「「「オス!!!」」」


状況は一進一退で、試合は白熱している。
青城の松川のスパイクを影山が拾い、西谷がカバーに入ってラストは田中へ。
田中のスパイクは2枚ブロックに阻まれてしまったが、弾き返されたボールを自分の足で咄嗟に上げた。
そこへ瞬時に日向がカバーに入り、彼が上げたボールは青城のコートへと落ちる。

目の前のボール、全てに食らいつく。
単純であり尚且つ難しいことを、田中と日向はこの極限の状態でやってのけたのであった。


烏野「「「うおっしゃあああああ!!!」」」

名前「ナイス日向っ!!田中もナイスレシーブッ!!!」

滝ノ上「しゃあああ!!チビ助ボーズナイスッ!!」


"もう1点" 、" 負けてたまるか " ───
その思いは、烏野も青城も同じ。

22-24。
及川のトスを岩泉が打ち、いよいよ青城がマッチポイントとなる。
あと1点取られたら、烏野は終わり。
この状況でのしかかるプレッシャーにだけは、何度経験しても慣れないのだろう。

ドクドクと心臓が大きく波打っている。
"あと1点" という青城のコールに、少しでも気を抜けば呑まれてしまいそうな状況。

何か……何か、声を。
彼らの背中を押す一声をかけたいのに、声が出なかった。
おまけに、バクバクと大きく跳ねる心臓に意識が持っていかれてしまい、思うように頭が働かない。

─── 名前が一瞬迷った時、その声は響いた。


西谷「野郎共ビビるなァーーーッ!!」


突然背後から聞こえた大声に驚いたのか、選手達はビクリと肩を跳ねさせた。
もちろんそれは、観客席にいる名前も同じである。
選手達が振り返ると、そこには力強い笑みを浮かべて構える西谷の姿があった。


西谷「前のめりで行くぜ」


同学年の男子よりも一回り小さいであろうその体。
だがその背中は時として、主将の澤村よりも大きく見えることがある。
彼は、そこにいるだけで心の支えとなるような人物なのだ。

西谷の頼もしい言葉に、選手の強ばった表情が和らいだ。
名前も、彼の言葉に背中を押されるように声を出す。


名前「大丈夫っ!!目の前の1点、絶対獲ろう!!」

烏野「「「おうっ!!!」」」


先程まで声が出なかったのが嘘のように、言葉が紡がれる。
名前の言葉に頷き、吠えるように声を上げる選手達。
そして、まるで名前の言葉に答えるように東峰が1点をもぎ取った。

しかし、得点は23-24。
青城がマッチポイントであることに変わりはない。

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