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日向「 ─── くっ!!」
金田一「しゃらァ!!」
岩泉「ナイスワンタッチ金田一!!」
渡「チャンスボール!!」
第3セットは、開始早々ラリーが続いていた。
見ている方も辛くなってくるラリーの長さだ。
それでも烏野は、青城に食らいついていた。
第1、2セットでの学習を生かし、同じミスをしないように。
相手の攻撃にも落ち着いて対応をしている。
烏野は、しっかりと戦えていた。
嶋田「ラリー続くな…」
滝ノ上「守備もブロックも平均値では青城のが上だろうけど……烏野は飛び抜けてリベロの守備力が高えからな」
名前「そうですよ!!ノヤは最強で最高のリベロなんですっ!!」
嶋田・滝ノ上「「(めちゃくちゃ嬉しそうだな…)」」
滝ノ上の言葉を聞いた名前は、興奮したように鼻息を荒くしながら西谷を語る。
最早家族に近い存在である自分の幼馴染みを褒められて、自分のことのように得意気な様子だ。
コートでは、国見のフェイントにしっかりと反応した西谷がスーパーレシーブを繰り広げていた。
西谷「旭さんっ!!」
西谷の上げたボールは影山の上に返り、そしてそれは東峰へと託される。
そのスパイクは2枚ブロックをものともせずに打ち抜かれたが、それに及川が反応した。
嶋田「及川君がレシーブ!」
滝ノ上「トス上げらんねえな、烏野はブロックチャンス ─── 」
攻撃が単調になるであろう今が、青城に追いつくチャンスだ。
しかし、止めてと名前が叫ぼうとした、その時である。
及川「渡っち!!!」
渡「ハイ!!!」
嶋田「……なっ!?」
名前「リベロが、トス……!!」
トスが上げられないはずの状況で及川が指名したのはリベロの渡だった。
アタックラインのギリギリ後ろで踏み切って、空中でトスを上げたのである。
そしてラストは、及川のバックアタック。
"超攻撃型セッター" と呼ばれる及川を攻撃に加えた、難易度の高い攻撃であった。
及川がファーストタッチを取られるというピンチに咄嗟に対応できる臨機応変さと、その高度な攻撃を可能に技術力。
舌を巻かざるを得ない、見事な攻撃であった。
そしてあのリベロは、恐らく元々セッターだったのではないかと名前は推測する。
渡は1セット目にも一度、トスを上げている。
そのトスの技術が高く、一瞬目を引かれたのだ。
あれがまぐれでは無かったと気づき、名前は思わず感嘆の溜息を零した。
そして及川のサーブを、澤村が上げた。
東峰がスパイクを打つが、そのボールは花巻に拾われる。
しかし東峰の力強いスパイクの勢いを殺しきれず、ボールはネットを越えそうになった。
返ってくる、チャンスボールだと誰もが思っていた。
しかし、日向がボールを押し込もうと飛び上がった時である。
名前「……っ!?」
嶋田「うおっ、マジかよ……」
日向がボールに触る直前。
ネットとボール、ギリギリの隙間に及川の手が割り込み、トスを上げた。
そこへ飛び込んできた岩泉が腕を振り下ろし、ボールは烏野のコートに叩き付けられる。
名前「普通あそこからトス上げます?やっぱとんでもないなチクショー……」
滝ノ上「ああ、あんなギリギリで…危うくタッチネットだ…今及川が後衛だからツーもできないし…よく上げたな、スパイカーも当然のようにそれを打つ…」
嶋田「阿吽の呼吸って感じだな」
そこでホイッスルが鳴り、烏野は1回目のタイムアウトを取った。
じわじわと現れてきている地力の差を、名前はひしひしと感じていた。
おそらくコートに立つ皆の方がそれを感じているはず。
だが誰一人としてそれを顔には出さず、彼らの表情は闘志に燃えていた。
名前「……絶対に、大丈夫……!!」
そんな彼らを、名前は信じていた。
彼らの背中を押すように……そして祈るように、名前は呟く。
その言葉は独り言に近く、青城の応援の応援に掻き消されたはずであった。
だが ─── 。
タイムアウトが明けて、皆がコートに戻っていくその時。
フ、とオレンジのユニフォームに身を包んだ彼が振り返り、名前を見上げた。
まるで、名前の声が届いたかのようなタイミングであった。
そして真っ直ぐに名前を見据えて、グッと拳を突き出してくる西谷。
名前もそれに応えて拳を突き出した。
西谷は満足したようにニカッと歯を見せて笑うと、コートへ戻って行く。
周りよりも一回り小さな背中は、誰よりも頼もしかった。
嶋田「……うお、かっけー……」
滝ノ上「青春だねェ」
一連の流れを見ていた嶋田は思わず言葉を零し、滝ノ上はヒュオッと口笛を吹く。
そんな2人の言葉に、名前は満面の笑みで大きく頷いた。
名前「はい!ノヤはすっごく眩しくて、めちゃくちゃかっこいいんですよ!」
その笑顔はまるで太陽のように明るく、今日一番の笑顔であった。
滝ノ上としては多少名前を揶揄ったつもりであったのだが、名前があまりにも笑顔で素直に頷くものだから、「可愛いなオイ……」と一人悶えていた。
しかし当の本人はそんな滝ノ上の様子には気づかず、じっとコートを見つめている。
得点は12-14で、青城の2点リード。
崖っぷちの状況であるここでさらに点差を広げられたら、いよいよ烏野の勝利は厳しくなってくる。
青城にあと一歩及ばない烏野。
何度も感じていることだが、その "あと一歩" を踏み出す突破口がほしい。
そして、その突破口の要に成りうる人物 ───
ウォームアップゾーンでフラストレーションを溜めた小さなケモノが、コートへ戻ってきた。
前衛で、ギラギラと目を光らせている日向。
その表情はまるで、獲物に ─── 勝利に飢えた、ケモノのよう。
影山が花巻のスパイクのワンタッチを取り、ボールはチャンスボールとなって烏野のコートに落ちてくる。
綺麗なAパスで影山の元へ返ってきたボール。
それを見た瞬間、日向はコートの端から端へと脅威的なスピードで駆け抜けた。
ブロックを引き剥がす、空間を裂くようなワイドブロード。
青城のコートにボールが叩き込まれ、会場中が日向の動きに見入っていた。
烏野「「「っしゃあああああ!!!」」」
嶋田・滝ノ上「「う、おおおおおっ!!?」」
名前「キターーーッ!!!ナイスキー日向ーーーッ!!!」
コートの横幅めいっぱいを使った攻撃。
この攻撃は、今大会ではそれほど使っていない。 だからこそ、青城ですら咄嗟に対応できない。
ほんの一瞬遅れただけで、日向には追いつけないのだ。
及川ファンの女子達も凄い凄いと騒いでおり、烏野は敵チームであるにも関わらず、最初からやれば良かったのにとまで零している。
しかしあの攻撃は、そう簡単に何度もできるものではない。
ましてや、コートの端から端までのワイドブロードなんて。
嶋田「 ─── バレーはさ、とにかく "ジャンプ" 連発のスポーツだから、重力との戦いでもあると思うんだ。囮で跳び、ブロックで跳び、スパイクで跳ぶ。更にラリーが続けばスパイク→ブロック→ダッシュで戻ってまたスパイクか囮、って動きを短いスパンで何度も何度も繰り返す。息をつく暇は無い」
滝ノ上「苦しくなるにつれて思考は鈍っていく。ぶっちゃけブロックとか囮はサボりたくなるし、スパイクも『誰か他の奴が売ってくれ』って思ったこともある」
コートでは日向の囮を軸にした烏野の攻撃が続いており、長いラリーが行われていた。
スポーツは、己の限界との戦い。
バレーのように長時間に渡って動き続けるスポーツは、特にそれが顕著に現れる。
滝ノ上「長いラリーが続いた時は、酸欠になった頭で思ったよ。『ボールよ早く落ちろ、願わくば相手のコートに』……」
経験者の言葉は説得力があり、それに共感する名前もバレー経験の無い女子達も、彼の言葉に真剣に耳を傾けていた。
自分の手で、点をもぎ取りたい。
勝利に繋がる1点を、少しでも多く。
そんな思いを抱えながらも、いずれ体力の限界というものは誰でも訪れる。
もう足を止めてしまいたい、そんな考えが何度頭をよぎったことか。
……しかし、それでも。
日向「持って来ォォオい!!!」
滝ノ上「 ─── サボるなんて、一切頭に無い奴も居るみたいだな」
コートの中を誰よりも駆け抜ける彼は、違ったようだ。
大声で叫ぶ日向に誰もが釘付けになり、これ以上フリーで打たせまいとブロックが追いかけてくる。
コートの横幅めいっぱい。
─── の、後の、中央突破。
トスが上がったのは、日向ではなく東峰だった。
─── ズドッ!!!
嶋田・滝ノ上「「パイプ貫通っ!!」」
名前「ナァイスキィーーーッ!!!」
相手のブロックだけでなく、味方さえも釣られそうになる日向の動き。
これが "最強の囮" として真価を発揮した日向の力であった。
15-15。
烏野は青城に追いつき、同点となる。
ここで青城がタイムアウトを取った。
ガバガバと水分を補給する選手達。
このセットは今までのどの試合よりも長いラリーが続くことが多い。
かなり疲労が蓄積されているはずだが、誰一人として諦めた表情をする者はいなかった。
すぐにタイムアウトが明けて試合が再開される。
16-16。
次のローテで日向は後衛に下がる。
ここでガッツリ稼いでいってもらいたい。
田中のサーブで試合が再開した。
金田一のスパイクを西谷が丁寧にレシーブし、再び日向がブロードの体勢に入る。
しかし ───。
嶋田「っ!チビスケをノーマーク!?」
滝ノ上「ブロック諦めたのか!?」
名前「……いや、きっとこれは ─── 」
日向を "止める" ために練られた、青城の対策。
名前がそう言いかけた時、日向のスパイクはリベロの渡によって上げられた。
ボールは綺麗な弧を描いて及川へと返る。
そして烏野の一瞬の動揺につけ込むかのように、及川はツーアタックを決めたのであった。
嶋田・滝ノ上「「ここでツーアタック!!?」」
名前「うぐぐ……くっそ……」
止められないブロックはレシーブの邪魔になる。
先程の短いタイムアウトの時間内で、青城は日向のブロードを捨てる選択をした。
それに気づいた烏野の動揺を見逃さず、今度は畳み掛けるようなツーアタック。
どうしても埋められない経験値の差がここで出てしまう。
そして、相手を乗せたくない時に限ってやってくる、及川のサーブ。
及川のサーブはネットに当たったものの、烏野のコートにネットイン。
16-18と点差は再び2点に開いた。
次のサーブは西谷が拾う。
しかし焦りが出てしまったのか影山と東峰が一瞬お見合いになりかけた。
何とか返したものの、青城のチャンスボールとなってしまう。
このセット何度目かになる長いラリーが始まり、名前達は唇を噛み締めた。
滝ノ上「烏野が獲れば及川のサーブが終わって得点も1点差…だが青城が獲れば点差が広がって及川のサーブも続く…」
嶋田「このラリーからの1点…重いぞ…!!」
日向「センタアアアァ!!!」
烏野「「「ブチ抜けえええええっ!!!」」」
名前「日向ァァァァッ!!!」
──── バジンッ…!!!
その長いラリーは、青城に軍配が上がる。
東峰がスパイクを打てる体勢ではなかったため、日向とブロック3枚の真っ向勝負となってしまい、日向のスパイクはブロックに叩き落とされてしまったのであった。
そこでホイッスルが鳴り、烏野は2回目のタイムアウトを取る。
滝ノ上「ああっ、タイム2回とも使い切っちまった…!」
嶋田「まあ仕方ねえよ。烏野は今できることは全力でやってる状態だろうし、TOで物理的に流れ切らなきゃまじでこのまま青城に持って行かれる」
深刻そうな嶋田の声色に影響を受けたのか、名前は口を噤んでいた。
極限の状態にある彼らの緊張を、名前も敏感に感じ取ってしまったのだ。
コートに立っている訳ではないのに、重圧で押し潰されてしまいそうな感覚に陥っているのである。
すると、顔を強ばらせている名前の背中をバシッと滝ノ上が叩いた。
名前「っ!?」
滝ノ上「お前まで黙っちまってどうする、応援番長!!こういう時は声だ声!!とりあえず声出しとけ!!ほら、これ持て!」
名前「っ、すみません!」
滝ノ上は自作の "砂利 in ペットボトル" を名前にも持たせ、嶋田と共に自分のペットボトルをジャラジャラと鳴らしている。
名前も滝ノ上の言葉で我に返り、「焦んなーーー!!」と叫びながらペットボトルを鳴らした。
しかし、その時。
烏養が、ぐるりと観客席にいる名前達の方を振り返った。
烏養「 ─── …」
嶋田「……??」
何やら意味深な視線をこちらへ送ってくる烏養。
彼の意図を読めずに3人は首を傾げたが、TO終了のホイッスルが鳴ったためコートに視線を戻す。
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