ハイキュー 『君の隣で』 | ナノ


1

─── 1セット目が終わり、コートチェンジが行われる。

選手達はバタバタと慌ただしく移動し、すぐさまミーティングを始めている。
しかし先程の悔しさが拭い切れない名前は、青城の方に目を向けた。

そこではなぜか、岩泉が及川に頭突きをするという謎の光景が繰り広げられていた。
何をやっているのかと目を瞬かせる名前であったが、及川はスルッと輪から抜けて名前達のいる観客席を見上げる。

途端に「及川さぁん!」と声を上げた女子達に、及川は爽やかな笑顔で手を振った。
いわゆる、ファンサービスだろうか。
「きゃーっ!」という女子達の黄色い悲鳴に、名前のコメカミには今日何度目かになる青筋が浮かび上がる。

……しかし。


及川「……」

名前「……っ、!!」


明らかに、及川は名前を見ていた。
いつものようにヘラヘラとした笑みではなく、真剣な顔で名前をじっと見つめている。

その視線に潜んでいるのは……。
向けられているのはいつもの好意ではなく、敵意。

─── " 君を倒す " 。
そう言われているようで、名前はビリッと体に電流が走ったような衝動に駆られた。

一瞬体が固まる名前。
しかし ───。


名前「……っ、やってみろォ!!」


腕を組んで仁王立ちをし、声を張り上げる。
" 受けて立つ "、そんな意思を込めて叫んだ。
突然叫んだ名前に嶋田と滝ノ上はぎょっとしたような顔になるが、それとは対照的に及川は、フと口角を上げた。


及川「……それでこそ、名前ちゃんだよね」


及川が浮かべたのは、冷たい笑み。
その笑みを見た途端ゾクッと背筋に冷たいものが走るが、凛とした姿勢を崩さずに目を吊り上げる。

バチバチッと、2人の間に散る火花。
すると及川は満足したような笑みをへらりと浮かべて、仲間の元へと戻って行ったのだった。


滝ノ上「……ど、どうした急に……」

名前「あの人に挑発されたんで、受けて立ちました」

嶋田「おま、及川君にタイマン張るとか……肝座ってんなぁ……」

名前「それより、第2セット始まりますよ!」

滝ノ上「お、おお、そうだな!……って、ん?」


名前の勇ましさに若干肝を冷やした嶋田と滝ノ上だったが、彼女の言葉で慌ててコートへ視線を戻す。
しかしコートに入った選手達を見て、皆は首を傾げた。


嶋田「烏野、少しローテ回したな...青城は1セット目と一緒か」

滝ノ上「でもなんで回したんだ?」

嶋田「……まー、とにかくサーブレシーブ上げないことにはどうにもなんねーよな…」

滝ノ上「うん」

嶋田「及川クンのサーブ何とかしないと、正直烏野に勝ち目無えぞ…?」

名前「……その、"何とかするため" の策なんだと思います、ローテ回したのは」

嶋田「……ああ。信じるしかねえ、か……」


観客席にいる名前達には、彼等を信じて応援することしかできない。
嶋田の言葉に、名前は改めてそのもどかしさを感じたのであった。

第2セットも序盤から取ったり取られたりを繰り返し、点数は2-2になる。
そしてここで、及川のサーブのターンだ。

しかし、烏野のサーブレシーブのフォーメーションを見て、名前と嶋田と滝ノ上は「おっ」と声を上げた。
それと同時に、ローテを回して第2セットに臨んだ謎が解ける。


滝ノ上「サーブレシーブ…二人体制…!」

嶋田「2セット目のこのローテ…1セット目から少し回してスタートしたのは、及川君のサーブの時にこのローテーションを持ってくるため…!?」


今まではどのサーブに対しても、サーブレシーブは四人体制で行っていた。
しかし、及川の的確なコントロールを持つサーブには、むしろ四人体制であることが枷になってしまっていたのだ。
その結果としてお見合いなどのミスが起こっていた。
そのため、チーム内でレシーブに秀でた西谷と澤村の2人で、及川のサーブに対応するという作戦なのだろう。

単純に考えると今まで4人で守っていた所を2人で守るのだから、一人当たりの守備面積は広がるが、ジャンプサーブに2~3人で対応するのはトップレベルのチームではよくあることなのだ。
つまり、"少数精鋭" というわけである。

しかし、烏野はこのフォーメーションでの練習は行っていない。
完全にぶっつけ本番というわけだ。


名前「……」


名前は何か言葉を発することはなく、ただじっとコートを見つめていた。
烏野の主将と幼馴染の、頼もしい姿を。
ぶっつけ本番の作戦にもかかわらず、名前は一切の不安を感じていなかったのである。

─── 2人なら、絶対に大丈夫。

彼らの練習を今までずっと見てきていただけに、名前は確信に近いものを抱いていた。

名前達が目を凝らす中、及川はゆっくりと落ち着いた様子でサーブトスを上げた。
そして、重く速いサーブが放たれる。
及川が狙うのは……澤村。


名前「大地さんっ!!」


祈るような思いでその名を叫び……。
ドパッと音がして、ボールはふわりと宙を舞った。
澤村が、完璧にレシーブをしてみせたのである。
しかも、しっかりとセッターへボールが返るレシーブだ。


嶋田「上がった!!」

滝ノ上「ナイスレシーブ!!」

名前「ひゃあああああ大地さん流石っスめちゃんこカッコイイですーーーっ!!!」


及川のサーブを1本で切ることには重大な意味がある。
澤村が上げた貴重なレシーブ、これを決めれば重い1点となるのだ。
重要で、尚且つプレッシャーのかかる1本。
菅原が託したのは、田中であった。
田中のスパイクはブロックに当たったものの、ガガンッと鈍い音を立てて青城のコートへと落ちていった。


「「「うおっしゃああああ!!!」」」

名前「ぃよっしゃーーー!!!ナイスキーーーッ!!!」

滝ノ上「うおおおおっ!!!」

嶋田「及川クンのサーブ、1本で切った!!」


ワッと湧き上がる歓声。
名前もガッツポーズを決めながら、嬉しさのあまりぴょんっと高く飛び上がった。

得点は3-2で、2セット目序盤にして烏野が青城を抜いた。
格上である青城に、点差を付けられてしまうと厳しい。
しかし、しがみついていればきっと流れは烏野にやってくる。


烏養「食らいついて放すな!!!」


烏養の魂の籠った声は観客席にまで届き、名前は口角を上げた。

そして、そこからは一進一退。
着々とテンポ良く試合が進んでいき、得点は14-13で未だ烏野がリードを保っている。
このまま進んでくれればいいが……やはりここで何か、青城を突き放す突破口が欲しいものだ。


滝ノ上「…向こうのスパイク、こっちのセッターのとこ抜かれることが多くなってる気がする…」


滝ノ上の呟きに、名前はグッと唇を噛み締めた。
試合が長引けば長引くほど、チームとしての力量の差は現れ始めるのだ。

加えて青城は初めは翻弄されていたものの、菅原の堅実な攻撃に慣れてきているようだ。
おそらく、青城が烏野を突き放しにくるのはそろそろだろう。
名前と同じようなことを考えているのか、菅原の表情もやや険しいものになっていた。

そして ───。
田中のスパイクが、ブロックされる。
14-15でブレイクとなり、このセットで初めて青城がリードした瞬間であった。
それでもボールを追い求めるように、必死に手足を動かす菅原。
上を向いて、真っ直ぐひたすらに。
だが続く日向の攻撃にもしっかりとブロックがついて来ており、日向のスパイクは金田一によってドシャットを食らう。

名前の瞳には悔しげに顔を歪めた菅原が映り、息が詰まった。
ゴクリと唾を飲み込む喉が痛い。

ベンチでは影山が烏養に呼ばれていた。
恐らくセッターの交代……菅原はあと1プレーだろうか。
この先に進むには、どうしても日向と影山のコンビが必要なのだ。

すると、菅原に声を掛ける東峰の姿が名前の目に入る。
その彼には鬼気迫るものがあり、きっと次の1本は自分に寄越せと言っているのだろうと名前は察した。

試合が再開され、サーブレシーブをするのは澤村。
澤村の丁寧なレシーブで、ボールはしっかりと菅原の元へ返った。
そして、菅原は東峰にボールを託す。

流れるような3年生の連携によって繰り出された東峰のスパイクは、他のスパイカーとは比にならない程の力強さをもっていた。
ブロックを吹っ飛ばし、青城のコートに叩きつけられたボール。
あまりの迫力に、会場が一瞬静まり返ったほどであった。


名前「旭さんナイスキー!!大地さんナイスレシーブ!!」


喉が、締め付けられるように痛かった。


名前「スガさん!!ナイストスっ!!!」

菅原「 ─── おう!!」


拳を突き出しながら名前は声援を送る。
観客席を振り返り、同じように拳を突き出した菅原は、強かな笑顔だった。
そして、

─── ピーッ!

選手交代を知らせるホイッスルが鳴る。
"2" の札を持った影山がサイドラインに立っていた。
菅原は札を受け取ると、影山と何か言葉を交わして肩を叩く。
もちろんその内容は名前には聞こえなかったが、菅原は決意の固まったような凛々しい表情をしていた。

菅原も影山も、目的は同じ。
目の前の試合に勝つことだ。
そのために菅原は菅原なりに、影山は影山なりのベストを尽くす。
ベンチに戻る菅原を、名前は穏やかな表情で見守っていたのだった。

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