ハイキュー 『君の隣で』 | ナノ


4

その後は着々と取ったり取られたりを繰り返していくのだが……。
その辺りから再び顔を覗かせる、少しの違和感。


滝ノ上「なぁ…なんか ─── 烏野の攻撃、だんだん速くなってきてないか?全体的になんとなく前のめり気味っていうか…」

名前「ですよね…。影山、速いよ!!落ち着いて!!」

烏養「ゆっくりゆっくり!焦んなよ!!」


じわじわと、烏野の攻撃のスピードが加速している。
その原因が影山のトスである事を瞬時に見抜いた名前は、影山へ声を掛けた。

しかし、今の影山には名前の声も届いていないらしい。
得点板と青城のブロックを険しい表情で交互に見ている。

7点差という大きな得点差に加えて、青城の余裕のあるプレー。
積み重なるいくつものプレッシャーが、影山にのしかかっているのだ。

挙句の果てには、及川との押し合いに影山は負け、着地に失敗して尻餅をついてしまう。
そんな影山の背中が痛々しくて、そしてそこにはかつて彼が呼ばれていた "コート上の王様" という異名がチラチラと現れており、孤独さが感じられた。
手すりを握る自分の手に、じんわりと汗をかき始めていることに名前は気付く。

そして ─── 。
積み重なった小さなズレは、ついに大きなズレを引き起こした。
影山と月島がコンビミスをしてしまったのである。

何とか東峰がフォローに入ってボールを返したものの、それは青城にとってはチャンスボールである。
その好機を逃さず、青城は安定した攻撃で得点した。
その攻撃で9点差になると共に、青城は20点台に乗ってしまう。

─── その時。
鶴の一声とでも言うべきか、響き渡ったのは選手交代を知らせるホイッスル。


嶋田「……お、セッター変わった」


"9" と書かれた札を持ってサイドラインに立つのは、菅原だった。
菅原はコートに入っていくなり澤村の胸元にパンチを入れ、田中の坊主頭をジョリジョリと撫で回し、東峰と月島にはチョップを入れ、西谷とはハイタッチを交わした。

そして、


菅原「大丈夫!1本切ってくべー!!」


これぞまさに伝家の宝刀、名前の言葉を借りるならば "エンジェルスマイル" である。
菅原の笑顔につられて選手達の口角が上がり、どこかホッとしたような空気が烏野に流れる。
そしてそれは、名前も同じであった。


名前「マイエンジェル頑張ってーーーっ!!!」

嶋田・滝ノ上「「マイエンジェル!!?」」

菅原「おー!」


先程までの強ばった表情が解け、キラキラと目を輝かせて菅原に声援を送る名前。
菅原が観客席の名前に向かって笑顔で拳を突き出せば、名前は「今日もマイエンジェルが尊い…!」と身悶えしながら拳を突き出した。

それにぎょっとしたのは嶋田と滝ノ上である。
及川目当ての女子達の黄色い声援に白けた顔をしていたはずの名前が、菅原には黄色い声援を送っているのだから。


嶋田「もしかして名前ちゃんの彼氏……?」

名前「えっ、何言ってるんですか違いますよ!!彼氏だなんてそんな恐れ多い!!マイエンジェルは崇め奉るべきお人なんです!!」

嶋田「す、すみません……」


クワッと物凄い形相で捲し立てる名前の勢いに押され、嶋田はビクリと肩を跳ねさせながら謝った。
名前は菅原に向かって大きく手を振ってから、チラリとベンチの影山に視線を向ける。

影山を下げたのは、乱れた烏野のリズムを整えるためだ。
影山はプライドが高いが、それを上回るほどの勝利と上達への貪欲さを持ち合わせている。
自分が下げられた理由をしっかりと理解しているだろうし、少し頭を冷やせば元通りになるだろう。

しかし、コートに視線を戻した名前の耳に、「3年生なのにレギュラー取られて可哀想」という言葉が入ってきた。
その瞬間、目にも止まらぬ速さで名前のコメカミに青筋が浮かび、目が吊り上がる。


名前「っはぁ!?今喋った奴どいつだ出て来いやコラァ!!」

滝ノ上「ちょっ、ストップストップ!やめろ、落ち着けって!!」


まるで田中のような口調に加えて、今にも飛びかかりそうな勢いで周囲に威嚇顔を向ける名前。
そんな彼女を滝ノ上は慌てて首根っこを掴んで止めた。

どうにも彼女は仲間のこととなると、性格が豹変してしまうほどに熱くなってしまうらしい。
仲間のために喜び、泣き、そして怒れる少女なのだ。

もう一度周りをギロッと睨み、フンスと鼻息を荒くしながらコートに視線を戻す名前。
そんな仲間思いの熱い彼女を見て、嶋田と滝ノ上は眉を下げて小さく笑うのであった。

一方名前の視界には、月島と何か話している菅原の姿が映る。
いつの間にか怒りは忘れ、名前は再びキラキラとした眼差しでコートを見つめるのであった。

そして花巻のサーブで試合が再開する。
烏野は今、一番守備力の高いローテだ。
その期待通りに澤村はしっかりとレシーブし、菅原へボールを返す。
その様子は、落ち着きを取り戻しているように見えた。

菅原がトスを上げたのは田中。
ブロックをぶち抜くスパイクであったが、それは惜しくもリベロの渡に拾われてしまう。


嶋田「くそっ、拾ったか?」

名前「でも乱しましたね!」

滝ノ上「レフト来るぞ!!」


滝ノ上の読み通り、及川はトスを岩泉に上げた。
対する烏野のブロックは菅原、月島、田中の3枚。
だが、180cmの影山に代わって入った菅原の身長は174cm。
どうしたって先程よりもブロックが低くなってしまう。

案の定、岩泉は菅原のいるストレートにスパイクを打つが ─── 。


岩泉「!!」


ヌッと岩泉の目の前に現れたのは、菅原ではなく月島だった。
次の瞬間にはドガガッ!!と鈍い音がして、月島が岩泉のスパイクをドシャットする。

おおおっ、と会場が湧き上がった。


名前「いやんマイエンジェルもツッキーもかっこいいーーーっ!!!」

嶋田「うは!ストレート打って来るって読んでたのかな!?」

滝ノ上「な!うまいことやったな!相手のスパイクの直前でブロッカーの位置を ─── 切替スイッチ!」


盛り上がる観客達に、名前もドヤ顔だ。
うちの真打ちを見ろ!とでも言いたげな表情である。

続く月島のサーブは、国見がしっかりとレシーブして及川の頭上に返す。
及川がボールを上げたのはセンターの松川で、Aクイックだ。
しかし、ドガッと派手な音を立ててボールが落ちたのは青城のコート。
しかもドシャットを食らわせたのは、日向であった。


日向「うほーっ!!止めたーっ!!」

名前「おわーっ!!!日向すごいっ、ナイスブロック!!!」


驚きながら名前は日向に賞賛の声を送るが、ドシャットを決めた当の本人が一番驚いている様子である。
日向はまるで子犬のように菅原の元へと駆け寄り、菅原は嬉しそうに日向の頭をよしよしと撫でていた (その2人の可愛さに名前は身悶えしていたが、そこにはあまり触れないでおこう)。

その後も着々と得点を積み重ねていく烏野。
菅原の投入により、烏野は何をしでかすかわからない突飛なチームから安定したチームにガラッと色を変えた。
GW合宿の時、「必ずコートに立つから見ていてほしい」と名前に告げた菅原。


名前「……ちゃんと見てますよ、スガさん」


名前の視界に入るのは、もう一人の烏野のセッター・菅原孝支だ。

菅原の指示のもと、今度は日向がCクイックでスパイクを決める。
この1年間、ずっと外から見てきた彼のプレーを見て、名前は穏やかな笑みを浮かべたのだった。

菅原の投入により、烏野は着実に点を稼いでいった。
しかし青城も色の変わった烏野に慣れてきたらしく、点は取ったり取られたりを繰り返している。
得点は15-22になり、あと3点で烏野は第1セットを取られてしまう。

そこへその3点をサービスエースだけでもぎ取っていきかねない、及川のサーブが回ってきた。
ただでさえ崖っぷちの烏野にとって、及川のサーブはかなり脅威だ。


名前「野郎共!!気張れェーーっ!!!」

「「「おうっ!!!」」」


緊張した背中を見せる6人のオーラは、名前の声援によってさらに奮い立つ。

しかし及川が狙ったのは田中と西谷の間という絶妙な場所。
その結果お見合いになり、ボールを見送ってしまう。
そして再びジャンプモーションに入った及川だが、それは強打すると見せかけての軟打。
緩く弧を描いたボールは、烏野のコートのネット近くへと落ちてしまう。
無意識に強打を警戒していた烏野の隙を、及川は上手く突いてきたのであった。

15-24で、青城のセットポイントである。


滝ノ上「くっそ〜〜〜、あいつのサーブに何点獲られたんだ...!」

「及川君、凄いですよねーっ」

「あっ、コラ!オジさん達は黒い方の応援だってば!」


ギリッと歯を食いしばった滝ノ上に声をかけてきたのは、2人の女子。
彼女らは及川のファンのようで、試合開始直後から及川に声援を送っていた。


嶋田「……うん、凄いと思うよ」


嶋田は彼女らの言葉に静かに頷く。
名前も珍しく彼女達を睨まず、黙ってコートに視線を向けていた。
及川の凄さは、認めざるを得ないためである。

もしバレーに究極のプレーがあるとすれば、サーブだけで25点を獲ることだと嶋田は考える。
相手に攻撃のチャンスを与えないのが、サービスエースなのだ。

名前も同じ考えを持っており、現役時代に最も力を入れていたのはサーブであった。
ジャンプサーブではあの狭いコートに入れることすら難しいのに、特定の相手を狙うなど早々できるものではない。
だからこそ、及川の脅威的なサーブは努力の賜物であることもしっかりと見抜いており、名前は及川の凄さを否定しなかったのである。

試合が再開され、次に及川が狙ったのは澤村と東峰の間。
的確に間を狙うサーブはまたもやお見合いを引き起こすかと思いきや、「俺が取ォォォる!!!」と叫んだ澤村によってしっかりとボールは上げられ、菅原の頭上へと返っていく。
そして菅原が託したのは、エースの東峰。


嶋田「うっは!重い一発!!」

名前「っ、取られた!!」


東峰のバックアタックはブロックを突き抜けていったが、花巻に拾われてしまった。

しかしボールは烏野のコートへと返ってくる。
その瞬間、影山が日向に向かって「ダイレクトだ!!」と叫んだ。
だが日向には初めてのことだったらしくタイミングが合わずに、ボコッと変な音を立ててボールは青城のコートに落ちる。

「へたくそーっ!」と日向に向かって怒鳴る影山だが、運良くそれは青城のレシーブを乱した。
傍目から見れば、烏野には慌ただしさが漂うものの、振り回されているのは青城のように思える。

そして、金田一に上げられたトス。
ブロックについた日向は、今度はしっかりとタイミングを見計らってブロックに飛んだ。
再び日向はドンピシャのブロックをしてみせたのだ。


名前「っ日向すごい!!!」


しかしボールを叩き落とすことまではできず、弾かれたボールは青城コートのエンドラインまで飛んでいって落ちていく。
全員が息を飲んでその光景を見守るが、ボールが落ちたのはエンドラインの外。


嶋田・滝ノ上「「アウトかーっ!!」」


その瞬間第1セット終了のホイッスルが鳴る。
15-25と10点差をつけ、第1セットは青城が制したのであった。

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