ハイキュー 『君の隣で』 | ナノ


3

すると、「ソアァァ!!!」という田中の威勢の良い声が響き渡り、田中のスパイクでようやく烏野の得点が動く。


嶋田「あのボーズの兄ちゃんが居れば萎縮なんかしねーか」

滝ノ上「しねーな」

名前「田中は烏野うちの元気印ですから!」


元気な田中を見て、嶋田と滝ノ上はホッとしたように口角を上げた。
そんな2人に名前も笑って答える。
田中の威勢の良い声は、いつも烏野の士気を上げている。
田中がいるのといないのとでは、烏野の空気がかなり変わってくるのだ。

そしてコートでは、日向が前衛に上がってきた。
「トスくれーっ!」と叫びながら突っ込んでいく日向。
しかし、対する青城の前衛・金田一は今までのように日向の囮には引っかからず、しっかりとトスを見てからブロックに飛んだ。

咄嗟に対応した日向が何とかボールを相手コートに入れて、烏野の得点となったが……。
やはり先程のタイムアウトは烏野の速攻の合図の確認と対処の打ち合わせをしていたのだろうと名前は確信する。

恐らく影山も、青城が烏野の合図に気付いたことに気付いたのだろう。
そのせいか焦りがプレーに出ており、次の影山のサーブはサーブトスが短くなってしまった。
だが咄嗟にジャンプサーブから切り替えて軟打にしたことが怪我の功名となり、それは青城のレシーブを乱すサーブとなる。

しかし、ここに来て経験値の差が出る。
ラストを託された及川が影山に向かってボールを返し、影山のファーストタッチを取ってしまったのだ。
フォローに入った澤村が田中に上げるが、青城は3枚ブロックで田中をマークしており、彼のスパイクは叩き落とされてしまう。
ピンチをチャンスに変える力は敵ながら天晴れである。
一連の流れに名前は思わず舌を巻いた。

そして7-12と再び5点差となってしまったところで、サービスゾーンに向かうのは。


嶋田「来たか……」


誰もが警戒する、及川だ。

先程及川はサーブで西谷を狙った。
しっかりと上げてみせたことから、恐らくもう西谷は狙われないだろう。

とにかく、及川のサーブを上げなければ。
この状況での一番最悪の展開は、ここで及川に連続サービスエースを許してしまい、点差が開いてチームの士気まで下がってしまうことだ。
それだけは何としても避けなければならない。

誰を狙うのかと名前達が勘繰る中で、あの弾丸のようなサーブが放たれる。
弧を描き、ボールが向かう先は。


名前「田中っ……!!」


ドギャッと鈍い音が響き、田中の腕に当たったサーブはコートの外へと弾かれた。
得点が7-13になるのと同時に、烏野はタイムアウトを取る。

様子を見守る中、バクバクと名前の心臓は大きく波打っていた。
田中を狙ったのは、やはり及川の策なのだろう。
田中が烏野のムードメーカー的存在である事を見抜き、烏野のエネルギー源からへし折っていく作戦なのだ。

すぐにタイムアウトが明けて、再び及川のサーブで試合が再開する。
今度は何とか上げた田中だが、そのボールは相手コートへと伸びていき、金田一によって叩き落とされてしまった。


滝ノ上「あーっ、ダイレクト…!相手コートに返っちゃってたか…」

名前「ドンマイドンマイ!いいよ、ちゃんと上がってるよ!」


せめてもの励みになれば、と名前は田中にエールを送る。
彼の心が折れないように、繋ぎ止めるように。

そしてまたもや及川のサーブ。
それはやはり田中を狙っていたが、そのボールの向かう先は田中の正面だ。
何とか上に上がったボールに、日向がカバーに入る。

しかし……。
日向は田中にラストボールを託したが、青城の3枚ブロックがしっかりとついてきており、追い打ちのように田中のスパイクはドシャットを食らってしまった。
たまらず烏野は2回目のタイムアウトを取る。


嶋田「タイムアウトか…」

滝ノ上「ここは流れを切ることが最優先だからな…」

嶋田「あ〜居たたまれねぇ〜…。繋ぎが命のバレーで肝心要のサーブレシーブを連続でミスってる時のあの罪悪感と孤独感は尋常じゃない…。TO明けもまた狙われ続けるだろうし…。しかもそこに追い打ちのドシャット…。あのボーズ、大丈夫か…?」


嶋田の言う通り、自分が連続でサーブで狙われてレシーブを失敗した時の精神の削られようは尋常ではない。
バレーは団体競技だが、それは一つ一つの個人プレーが繋がって成り立つものである。
自分のミスが仲間の足を引っ張ることもあり、精神的に辛い場面も多いスポーツなのだ。

自分のせいでボールが繋がらないあの絶望は名前ももちろん味わったことがあるため、その感覚を思い出して唇を噛み締める。
皆と共に俯きながらベンチへ戻っていく田中を見て、何と声をかけるべきかと脳をフル回転させた時だった。


田中「フンヌァァア!!!」


ビターンッという鈍い音が響いた。
田中が奇声を発しながら自分の両頬を思い切り叩いたのである。
俯いた顔を上げた田中の瞳は、吹っ切れたように真っ直ぐだった。
そこに宿る闘志は、失われていなかったのだ。

田中の「スンマセンしたっっっ!!」と一際大きな謝罪が観客席にまで届く。
それ以外の言葉は届かなかったが、目に入るのは勢いよく頭を下げる田中の姿。
恐らく自分の非を認めて謝罪し、しっかりと気持ちを切り替えたのだろう。
その証拠として田中の言葉を聞いた烏養は笑い、烏野はいつもの活気を取り戻していた。

先程までかける言葉を迷っていた名前だったが、そんな田中の様子を見て、無意識に声を上げていた。


名前「田中ァーーーっ!!!」


芯のある声が響き渡り、それは今日一番の名前の大きな声であった。

突然大声で名前を呼ばれたためか、田中は驚いたように観客席の名前を振り返る。
田中の瞳には、身を乗り出して叫ぶ名前の姿がしっかりと映った。


名前「 ─── 大丈夫!!!あんたは!!!めちゃくちゃカッコイイ!!!」


慰めや同情の言葉ではない。
田中を賞賛し鼓舞する、力強い言葉だった。
まるで小さな手に背中をドンッと押してもらったような感覚になり、田中はいつものような豪快な笑みを浮かべた。


田中「おう!!やってやらァ!!!」


田中はドンと自分の胸を叩き、名前の言葉にしっかりと応える。
それを見た名前はニヒッと歯を見せて笑い、グッと親指を突き立てた。


西谷「名前ーーっ!!俺はーーっ!!?」

名前「おうよ!!ノヤも超絶かっけえぞー!!!」

西谷「おっしゃあ!!!」

日向「苗字さんっ、おれはおれはっ!?」

名前「日向も!!スーパーウルトラかっこいい!!!」

日向「あざーっス!!!」


ぴょんぴょんと飛び跳ねながら名前にエールを強請った西谷と日向。
名前は人目など全く気にしていない様子で2人にもしっかりとエールを送り、それがきっかけで烏野のベンチからは笑い声が巻き起こる。

嶋田は隣で声を張り上げる頼もしい少女を見て、実は烏野の真のエネルギー源は名前なのではないかと考えていた。
名前の言葉はどんな時でも選手の背中を押し、元気と勇気を与える。
"元気百倍" というのは名前にピッタリな文字なのだと納得したのである。

一方、高めた集中を切らさぬようにベンチで一人精神統一をしていた及川。
タイムアウト終了のホイッスルが聞こえるとゆっくりと目を開き、チラリと観客席の名前を見た。


及川「……原動力は君か、名前ちゃん」


集中力は切れておらず、名前を見つめる瞳は静かであった。

青城うちに欲しいなぁ、という及川の小さな呟きは聞こえるはずもなく、名前は烏野の選手達に大きく手を振っていた。
そんな彼女を視界から外し、及川はサービスゾーンに立つ。

そして、再び放たれた殺人サーブ。
やはり狙われたのは田中だったが、田中はなんと、ボールを胸で受け止めて根性のあるレシーブをしてみせた。
上がったボールへは日向が飛び込んできてカバーに入り、ラストは気合いで影山が何とか返す。

そのボールは運良く及川のファーストタッチを奪った。
そしてリベロの渡にボールが飛んでいく。

しかし……。


名前「……えっ」


渡は焦る様子も見せず、綺麗なトスを花巻に上げてみせた。
名前は一瞬目を見開いて渡を見るが、花巻のスパイクを西谷が拾ったことですぐに思考はそちらへと移る。


田中「レェェフトォォオ!!!」


そして会場中に響き渡る大きな声で、田中がトスを呼んだ。

東峰に次ぐ烏野No.2のパワー、そして崖っぷちに追い込まれてもパフォーマンスを落とさない強靭なメンタル。
それは紛れもない、エースの資質であった。

3枚ブロックが田中に付くが、田中のスパイクはブロックとアンテナの間を通り抜けて青城のコートに叩き込まれる。


田中「うおっしゃあああ!!!」

滝ノ上「おーっ!烏野のボーズ、自分でっ……!!」

嶋田「及川に持ってかれた流れ、切った!!」

名前「おっしゃー!!最高かよ田中ァーーーっ!!!」


コートにいる田中と観客席にいる名前のガッツポーズが見事にシンクロした。
そしてようやく及川のサーブが終わり、名前達はホッと胸を撫で下ろす。

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