ハイキュー 『君の隣で』 | ナノ


2

嶋田「 ─── おっ、いたいた」

滝ノ上「よっ、名前ちゃん!」

名前「あっ、嶋田さんに滝ノ上さん!こんにちは!」


昨日と同じように横断幕を張り、カメラを設置していた名前の所へ、嶋田と滝ノ上がやって来た。
手を振る滝ノ上に対して名前も手を振り返す。


嶋田「無事2日目進出だな、烏野。当分休み取れねーよ…」

滝ノ上「俺も」

名前「今日も来てくださってありがとうございます!」

嶋田「……っていうか名前ちゃん、そのTシャツどうした……?」


ペコッとお辞儀をしてからニコリと笑った名前だが、嶋田は異様な存在感を放つ彼女の服装にしか目が行かない様子である。
それもそのはず、名前は普段の烏野の黒いジャージは羽織っておらず、着ているのは真っ黄色のTシャツ。
その中心には大きな文字で、"元気百倍" と書かれている。
もちろん嶋田の脳内で再生されるのは "「元気百倍!アン〇ンマン!」" というセリフだ。

しかしそんな嶋田の若干引き気味の様子には気づいていない様子で、名前は嬉しそうにTシャツの説明を始めた。


名前「これ、ノヤが作ってくれたんです!あ、ノヤはうちのリベロで私の幼馴染みなんですよ。私にはみんなを元気にするパワーがあるからって!」

嶋田「あ、めちゃくちゃ良い意味だった」

名前「今日は青城の応援を吹き飛ばすつもりで来ました!!」

滝ノ上「お、気合い入ってんな!」

名前「もちろんです!だって、」


そう言って名前が視線を移したのは、青城の応援に来ている者達。
昨日の伊達工のように大きな声援だが、その中には「及川くん頑張ってー!」という女子の黄色い歓声が混ざっている。

及川にエールを送る女子たちを白けた顔で見ながらケッと吐き捨てる名前に、滝ノ上と嶋田は苦笑いしながら「なるほどな」と頷いた。
"元気百倍"Tシャツを着てきたのは、及川目当ての女子の声援にも負けないという名前の意思表示なのだろう。

及川目当ての黄色い声援には烏野の選手達も気付いているようで、それがむしろ田中や西谷、日向といった烏野の元気印達の士気を上げていた。
声援を掻き消すように声を張り上げながら、アップをしている。


嶋田「アイツらも気合い十分だねぇ」

滝ノ上「お、そういやお前の "弟子" 、サーブ上手くなった?」

嶋田「なんだよ弟子って…1週間しか経ってねーんだぞ?まぐれ当たりはあっても狙って無回転打てるにはまだまだだろ」


そんな嶋田と滝ノ上の会話に、名前は話が見えず首を傾げた。


名前「あの、弟子って……?」

滝ノ上「あー、山口っていったっけ?コイツんとこにジャンフロ習いに来てるんだとよ」

名前「えっ、ぐっちーが!?」

嶋田「うん、1週間くらい前だけどな」

名前「そうだったんですね…!」


そういえば、と以前のことを思い出す名前。

この間、名前は山口に相談を持ちかけられた。
「試合に出るにはどうすればいいか」と。
それに対し名前は、「自分にしかできないことを見つける」と答えた。
そして山口は、自分で自分なりの答えを導き出したのだ。
あとで山口を褒めなければ…というか今すぐ彼を撫で回したい、と名前は小さく笑みを浮かべたのであった。

そして公式WU終了の笛が鳴って両チームの選手が並び、いよいよ試合が始まった。


「「「お願いしあース!!!」」」


威勢の良い声が響き渡り、選手達はコートへと入っていく。
始まった、と名前はギュッと手すりを握りしめた。
しかしそれと同時に、コートでは及川が選手達を振り返り、何かを告げる。

─── その瞬間、ピシッと張り詰めたその場の空気。


滝ノ上「 ─── 何か、今、青葉城西の空気が変わった気がする」


滝ノ上の言葉に、名前と嶋田は息を飲んで頷いた。
離れた距離にいる3人にも伝わってくるほど、明確な変化であったのだ。

何だろう、この胸騒ぎは……。
じわじわと侵食してきた不安を振り払うように、名前は声を張り上げた。


名前「ツッキーナイッサ!!」


サービスゾーンに向かっていく月島。
名前の声が聞こえたらしく、月島はチラリと観客席の彼女を見上げる。
まるで「その呼び方やめてください」とでも言いたげな視線だが、それに気付いているのかいないのか、名前は月島に向かって大きく手を振っている。

月島は諦めたように小さく溜息を吐くと、サービスエリアに立つ。
そして笛の音が鳴り響くと、彼は落ち着いた様子でサーブを放った。


嶋田「前衛2人飛び出してきた!」

滝ノ上「誰使う!?」


飛び出してきたのは岩泉と松川だ。
名前達にとっては未知の青城のセットアップ。
最初の攻撃は誰を使うのかと身を乗り出して目を凝らす。

しかし ───。
岩泉と松川よりも高く飛び上がったのは、セッターの及川。

─── ドパッ!!


嶋田「うわ」

名前「はあっ!?」


繰り出されたのは、まさかのツーアタック。
あまりにも大胆な攻撃に、名前は唖然として声を上げた。
最初の1点を、及川は文字通り自らの手でもぎ取っていったのである。


「いきなりツーアタックだー!!」


会場中の裏をかいた及川のプレーに、ワッと歓声が湧いた。
コートでは及川が何やら烏野を煽っているようで、単細胞組が目を釣り上げている。

しかし、試合が再開されたその直後。
影山と日向のトンデモ速攻が炸裂したが、惜しくもその攻撃はレシーバーの真正面でしっかりと上げられてしまう。

そして及川が再びスパイクモーションに入った。
先程よりも明らかなスパイクモーションであり、またツーアタックか、と思いきや……。
直前で手の向きを変えてスパイクではなくトスを上げ、ボールは岩泉に。
ドパッと派手な音がして、今度は岩泉のスパイクが決まったのである。


名前「……」

滝ノ上「おい、顔。気持ちはわかるけども」


威嚇顔をしている名前に、滝ノ上がツッコミを入れた。
名前は、上手いが腹が立つ、とでも言いたげである。
及川目当ての女子達は及川がかっこよすぎると涙を流しており、それがまた名前を煽っていた。

そして松川のサーブで試合が再開される。
そのサーブは西谷がしっかりと上げて影山に返した。
「持って来い」と叫んで突っ込んでいく日向だが、同時にレフトから田中が走って来る。
だがそんな2人の後ろでは東峰までもが助走に入っており、名前や嶋田はパイプかとワクワクしながら身を乗り出した。

─── しかし。
東峰にトスを上げるかと思いきや、影山はそのままストンとボールをネットの向こうへ入れてしまったのである。


「ツーでやり返したーっ!!」


味方をも華麗に欺いた攻撃。
まさかのツー返しに、会場は大盛り上がりだ。


名前「おっしゃー!!いいぞもっとやれ影山ーーーっ!!!」


ざまぁみろ、とでも言いたげな表情をしながら影山へ賞賛を送る名前。
そんな彼女があまりにも悪い顔をしているので、最早これは青城への野次なのでは、と嶋田は内心思ったのであった (もちろん口には出さなかったが)。

そのまま烏野が勢いに乗るかと思いきや、直後に影山はサーブをフカしてしまった。
少し力みすぎてしまったのだろう。
名前は「ドンマイドンマイ!次!」と声を張り上げた。

……しかし、"次" は。


名前「……来たか」

滝ノ上「お、青城のセッターのサーブか」


あの殺人サーブが、また……。
及川は一体誰を狙うつもりなのか。
まだ序盤だが、サービスエースを取られてしまうのはこちらにとってかなりの痛手である。

試合中、一度流れた絶望の空気は拭い切るまでに時間がかかる。
その絶望をこちらに促しかねないのが、及川のサーブなのである。

名前は固唾を呑んで試合を見守る。
ホイッスルが鳴ってから、及川の手によってふわりとボールが上がり、そして。

─── ドゴアッ!!!

鈍く重い音が響き渡り、豪速球が烏野のコートへと向かってきた。
ボールが向かう先には ─── 西谷。


名前「ノヤっ……!」


名前が小さく声を上げたのと、西谷が反応を見せたのはほぼ同時であった。

─── ドパッ……

それは "烏野の守護神" の名に相応しい、見事なレシーブだった。
完全に勢いを殺されたボールはフワリと空中へ上がる。


「おおおっ!!及川のサーブ上げた!!」

「やっぱ烏野のリベロスゲーッ!!」


ワッと歓声が上がり、会場が湧いた。
名前はホッと息を吐きながらも、チラリと及川へ視線を向ける。

恐らく今のサーブは、わざとリベロの西谷を狙った。
天才リベロと名高い西谷ですら取れないサーブとなると、こちらの士気が確実に下がる。
きっと及川はそれを狙ったのだろう。
相変わらず嫌なサーブだ、と名前は及川を見ながら顔を顰めた。
そして綺麗に影山の上へと返ったボール。


日向「来いやっ!!」

及川「……」

名前「……?」


たまたま及川に視線を送っていた名前だが、その時僅かに覚えたのは違和感であった。
一体なんだろうかと違和感の正体を考えている間にも試合は進んでおり、日向の速攻が決まった。

続く青城の攻撃で、スパイクを打ったのは金田一。
Aクイックにしっかりと反応してブロックに飛んだ日向だが、惜しくも高さが足りていないようだった。

そして青城の岩泉のサーブ。
澤村が少しレシーブを乱されたものの、即座に影山がカバーに入る。


日向「くれっ」

及川「……」


助走に入りながらトスを呼ぶ日向。
日向と及川を交互に見て、名前はまたもや違和感を覚える。

及川のあの瞳……。
それは、音駒と試合をした時の孤爪の瞳にそっくりなように思えた。
まるで、こちらの隙を伺うような、観察するような。

そこで違和感の正体がわかり、名前はハッとした。
及川は、観察している。
彼の視線からして、対象は恐らく日向と影山。
では、一体何の観察を?
……まさか。

名前が小さく息を飲んだその時、東峰の力強いスパイクが決まり、烏野対青城は3-4となった。
しかし、


及川「……うん」

名前「……っ、!?」


─── ゾクリ、と。
背筋に冷たいものが走った。

日向と影山をじっと見つめ、そして頷いた及川。
その及川の瞳を見た途端、名前はなぜか背筋が凍るような感覚を覚えたのである。
彼と目が合っているわけではないのに、彼の視界に入っているのは自分ではないのに。

名前が完全に固まっていると、及川が監督に合図を送りタイムアウトを取った。
先程からの及川の視線、このタイミングでのタイムアウト……。
これは恐らく、


名前「……バレたか」

滝ノ上「……ん?バレたって、何がだ?」

名前「変人速攻の合図です。多分バレました、早いなぁ……」

嶋田「やっぱり何かしら合図送ってたのか。全然わからなかったけども」


名前は嶋田の言葉に頷き、変人速攻の合図を簡単に説明した。
菅原が日向達に提案した、変人速攻の合図。
それは、「来い」と日向が叫んだときは変人速攻、「くれ」と叫ぶ時は普通の速攻というものである。

これは昨日の伊達工戦でも使っていた合図のため、及川にバレる可能性は十分にあった。
だが、それにしても恐ろしい程早い。

もちろんバレた時の対策もあるのだが、その説明はその時でいいだろうと踏んだ名前はそれ以上を語らず、タイムアウトが明けたコートに目を戻す。
日向のサーブで試合が再開するが、それは青城側の得点となる。

そして次は金田一のサーブ。
それほど威力のあるサーブには見えないが、レシーブに入った東峰はボールを取りこぼしてしまった。
その次のサーブも同じことが起こる。

その取り辛いサーブの正体は、後衛のセッターが出てくる位置…つまり、"人が交錯する場所" を狙ったサーブであるということに気づき、名前は顔を顰めた。

一方、近くで試合を観戦していた及川ファンの女子達の疑問の声に答えて説明する滝ノ上。
「オジさん、ありがとうございます!」と礼を言われ、"オジさん" というワードにショックを受けている滝ノ上を見て、名前と嶋田は小さく吹き出したのだった。

そしてローテが回り、及川が前衛へ上がってくる。
前衛は青城の3年生である及川、松川、花巻で固められており、かなりの威圧感だ。
観客席にいる名前ですら圧迫感を感じるのだから、プレッシャーを直に受けている選手達はさらに強く感じ取っていることだろう。

そのプレッシャーによるものか、再びツーアタックをした影山だったがその動きには焦りが見え、完全に読まれてしまい、ブロックされてしまう。
その後も青城は着々と得点を重ね、5-10と点差が5点差になってしまう。


嶋田「5点差か…食らいついて行けよ…!」

滝ノ上「萎縮すんなよォ〜?」

名前「まだまだこっから!!焦んなー!!」


祈るような嶋田と滝ノ上の声とは反対に、名前はよく通る声で選手達を鼓舞する。

まだ試合は序盤であり、5点差でも取り返すチャンスはたくさんある。
しかしバレー界で "5点" という数字は大きな数字であり、かなりプレッシャーを与えるものであるため、これ以上点差を開かれるまいと返って焦りが出てしまうことが多い。
それに加えて、青城の連続得点だ。

そんな選手達の焦りを敏感に察し、名前は声を張り上げたのであった。

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