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──── 街灯で所々照らされただけの真っ暗な道を、勝己と一緒に歩く。
私の荷物を持ち、私よりも一歩前を歩く勝己は何も喋らない。
学校を出てからずっとこうだ、電車を降りても彼は何も喋らない。
歩くスピードはゆっくりだけど、空気が物凄く重い。
私が声を出すのを躊躇ってしまうほど、重かった。
それでも確かに、時間は流れていく。
気付けば私の家の前に着いていた。
名前「……あ、の……ありがとう」
恐る恐るお礼を言うと、ボスッと私のリュックが飛んできた。
慌ててキャッチするが、投げた張本人の勝己は未だ口を開かなかった。
表情が見えない。
わからない、彼が今何を思っているのか。
不安と困惑が、頭の中で渦を巻いていた。
爆豪「……んで……」
名前「えっ?……ごめん、もう1回言って?」
ようやく口を開いた勝己。
しかしその声は低くて小さくて、上手く聞き取れない。
彼の声を聞こうと、私は勝己と距離を縮めた。
爆豪「……なんで、使った。あの技」
名前「っ!」
低い声に息を飲んだ。
やば、い。
一歩後ずさろうとするが、それに素早く反応した勝己にガシッと腕を掴まれる。
爆豪「……何で使った。答えろ」
名前「……あ、……」
爆豪「あの技だけじゃねえ。手ェ出すなっつったのに、戦いやがって……」
ガシガシと頭を掻く勝己。
……こわい。
彼が、こわい。
……だけど、ここで怯んじゃいけない。
ちゃんと勝己にも、わかってもらわないと。
私の腕を掴む勝己の手に、自分の手を重ねた。
名前「……私は、戦う。この先もずっと。それに……」
本当は、嫌だ。
こんな恐ろしい技、使いたくなんかない。
捨てられるのなら捨ててしまいたいくらい。
……でも。
名前「……これからは、必要があれば……あの技も、使う」
その瞬間、勝己のもう片方の手が勢いよく伸びてきた。
ガッと胸倉を掴まれたかと思うと体を引っ張られ、塀に背中を付けるような体勢にさせられる。
目の前には勝己、背中には塀。
逃げ場などなかった。
爆豪「ふざけんな!!んな事俺が認めねえ!!わかったら、二度と使うんじゃねえ!!敵とも戦うな、俺が許さねえ!!」
名前「っ、」
爆豪「今ここで誓え。二度とあの技を使わねえと、二度と戦わねえと誓え。てめえは俺の後ろに居りゃいいんだよ!」
……わからなかった。
どうして彼にここまで言われなければならないのか。
個性に関しては百歩譲ってまだわかる。
私があの技を恐れている事を勝己は知っているから。
だけど、戦うなって。
なんで?私はヒーロー科にいるんだよ?
あんたと一緒に、ヒーロー科にいるんだよ?
名前「……なんであんたに、そんな事言われなきゃいけないのかわかんない」
爆豪「……あ゙?」
声が震えた。
目をつりあげて私を見下ろす勝己。
私よりも高い位置にある彼の顔をキッと睨みつける。
名前「なんであんたがそんなこと決めるの?私はあんたと一緒にヒーロー科にいるの、戦わなきゃ残れない世界にいるの。それなのに、戦うなって何?抵抗しないで死ねってこと?ごめんだよ、そんなの」
爆豪「……黙れや。ぶっ飛ばされてえのか」
名前「黙らない。今回ばかりは譲れない」
爆豪「て、めえ……」
勝己のコメカミに青筋が立っていく。
……私は、喧嘩の仲裁をすることが多かった。
ほとんどが勝己絡みの喧嘩。
その過程で彼に注意したり、言い合いになったりすることはよくあった。
でも今日は違う。
私は初めて、彼に歯向かった。
初めて自分の意見を、意思を、彼に真正面からぶつけた。
名前「ねえ、わかんないよ。勝己が何でそんな事言うのかわからないの。そんな事言うんだったら私が納得できるように説明してよ。理不尽だよ、勝己は」
爆豪「……黙れや」
名前「私にだって譲れないものがある。引けない時がある。私には、戦わなきゃいけない理由がある。だから引かない」
爆豪「黙れや!!!」
ボンッと右耳の近くで爆発音がした。
力じゃ到底敵わない。
だけど、例え手をあげられたとしても私は譲らない。
私が勝己から目を逸らすことは無かった。
そのせいで、彼の瞳に動揺が走っているのがすぐにわかった。
名前「ねえ、さっきからそればっかりじゃん。頭ごなしに押さえつけないでよ、ちゃんと言ってよ。私にだって、言ってくれなきゃわかんない事くらいあるよ!」
爆豪「うるせえ!!テメェは!!テメェはっ……何のために俺が、!!」
そこまで言いかけて、ハッと息を飲む勝己。
彼は私から視線を逸らして口を噤んでしまう。
名前「俺が、何?お願い、教えて。ちゃんと言ってよ。私の目を見てよ、勝己」
爆豪「うるせえ!!喋んな!!」
パッと彼の手が私の胸倉から離れた。
追いかけようと彼の腕を掴むが、パシッと振り払われてしまう。
名前「勝己、」
爆豪「触んな!!」
名前「ねえ、待って!」
爆豪「ついてくんじゃねえ!!!」
吐き捨てるようにそう言うと、勝己は私に背を向けて歩き出す。
私ですら近づくことが許されない雰囲気。
彼を追うことは、今の私にはできなかった。
……初めて彼から、"拒絶" されたから。
暗い夜道にポツンと、私一人が取り残される。
なんだか胸が苦しくて、アネモネを握りしめた。
──── 16年間一緒に生きてきて初めて、私と勝己は互いに背を向けたのである。
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