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《轟焦凍 side 》
──── そいつの第一印象は、『目が綺麗な女』だった。
まだ入学して3日目だが、彼女の存在はクラスの中でもかなり目立っていた。
碧く美しい瞳を持つその女。
いつも周りには笑顔で明るく接していて、戦闘能力もかなり高い。
あの剣術の腕を見る限り、相当レベルの高い使い手だ。
そして何より、彼女の屈託のない笑顔と瞳には、何か人を惹きつけるものを感じた。
だが……。
名前「 ──── 私は、自分の個性が恐ろしくてたまらない。嫌いなの」
そう言って静かに目を伏せる姿は、今までとは全く違う。
今にも消えてしまいそうな、そんな儚さがあった。
碧くて綺麗な瞳は悲しげに揺れている。
こんな表情もするのかと、思わずドキリと心臓が跳ねた。
名前「……だけど、私には守らなきゃいけないものがある。だから、個性をなるべく使わないで強くなりたかった」
轟「……守らなきゃいけないもの?」
名前「小さい弟と妹がいるの。お父さんは3年前に死んじゃったし、お母さんはヒーローの仕事で忙しくて滅多に家に帰ってこない。だから私が、守らないといけないの。あの子達を守って、信じてお母さんを待つって、お母さんと約束してるから」
そう言ってニコリと笑う風花の首元で、何かがキラリと光った。
小さな紫の花が付いた、ペンダントだった。
風花を取り巻く儚さは消え去り、いつの間にか静かて強かなオーラを纏っている。
不思議な奴だと思った。
轟「……それであの剣術か」
名前「うん。柔道と空手と合気道、あとは剣術と居合道も習ってる。全てはあの子達を守るためだよ」
まあ結果的に風とか雲は結構使っちゃってるけど、と笑う風花。
守るものがある程強くなる。
きっと風花は、そういう奴なのだろう。
小さな体で、盾になろうとしているのだ。
轟「……個性が嫌いだと言ったな」
名前「ん?うん」
轟「……俺も、嫌いだ。自分の左が憎い」
名前「左……?」
俺の左は親父の個性。
俺は自分の母を追い詰めた親父が、そしてその個性を持った自分の左が憎くて仕方がない。
だから絶対に使わないと決めた。
風花は不思議そうな顔で俺を見ていた。
名前「……そうなんだ。事情はよくわからないけど、ちょっとだけ私と似てるんだね」
……てっきり、左のことや火傷跡のことを聞かれるかと思っていたのに。
風花は拍子抜けするほど優しい顔で笑っていた。
轟「……何も、聞かねえのか」
名前「うん、聞かない。だって轟、苦しそうだから。……ほら、お蕎麦食べなよ!美味しいもの食べて忘れよう、嫌なこと全部さ」
……なんだ、コイツは。
まるで得体の知れない生き物を見ている気分だった。
周りは俺の火傷跡を憐れむような目で見てくるのに。
それなのに、風花だけはそれをしなかった。
憐れみの目も向けず、怖がるような素振りも見せなかった。
俺が声をかけた時から、ずっと。
皆に向けていたものと全く同じ、あの笑顔を向けてくれている。
綺麗な瞳で、俺を真っ直ぐに見つめてくる。
それにコイツは今、「苦しそうだから」と言った。
表情は変えていなかったはずなのに、心の奥底に眠っていた感情をいとも簡単に見抜かれた。
コイツは一体、何なんだ。
よくわからない、が、不快感はない。
轟「……お前、不思議な奴だな」
名前「……えっ、それってミステリアスってこと!?私、ミステリアスな女かな!?」
轟「……ミステリアス……とは違うと思う」
名前「えええ、なんだ……ミステリアスな女になればモテるって聞いたんだけどなぁ」
やけにミステリアスにこだわると思ったら、そんな理由かよ。
思わず、少しだけ口角が上がってしまう。
名前「ちょっと、何笑ってるのー」
轟「笑ってねえ」
名前「えー、笑ってたじゃん!イケメンはいいよなぁ、黙っててもモテるし!私はねえ、これでも結構必死に頑張ってるんだよ!」
一体何の話をしてるんだ、コイツは。
それでも、コイツの話には引き込まれる。
面白い奴だと思ったし、不思議と親近感が湧いた。
轟「……俺、お前のことが知りてぇ。もっと教えてくれ、お前のこと」
名前「……へ?あ、え?」
人との馴れ合いは好きじゃねえ。
だがこいつは違う。
こいつの事を知りたいと思った。
ポカンとして俺を見つめる風花の顔が目に入った、その時だった。
──── ジリリリリリリ!!!
轟「っ!?」
名前「うわっ!!な、何!?」
突然、けたたましいベルの音が響き渡った。
警報だ。
それと同時に聞こえてくるのは、「セキュリティ3が突破されました、生徒の皆さんは屋外に避難してください」というアナウンス。
名前「と、轟……!」
轟「ああ、とりあえずここを出るぞ」
名前「う、うん!」
流石は雄英というべきか、周りの生徒の対応が速い。
しかし生徒全員が一斉に逃げ出したせいで、廊下はありえないほどの人にまみれていた。
満員電車並の密集状態だ。
あっという間に俺と風花も人混みに飲み込まれてしまう。
名前「うわああっ!?」
轟「っ!風花!」
名前「と、どろき、っ……!」
後ろから聞こえた悲鳴にハッとして振り返れば、風花が人混みに押し流されていくところだった。
慌てて手を伸ばすが届かず、彼女の姿はどんどん遠ざかっていく。
そして小柄な風花はあっという間に姿が見えなくなってしまったのだった……。
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