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《 名前 side 》
──── 今日はいよいよ、雄英高校の入試当日だ。
嵐太と風優の朝ご飯も作らなければならないし、余裕をもって会場に行きたいから今朝はいつもよりも早く起きた。
昨日からソワソワしていたが、自分は割と遠足の前日でも普通に眠れるタイプである。
だから幸い睡眠不足にはならなかった。
しかし、いつもと違ったことが一つだけあった。
それは……。
紫紀「おはよう、名前」
名前「……えっ、お母さん!!?」
朝起きたらお母さんが帰ってきていたこと。
今は九州の方に行っていると聞いていたし、帰って来ない日の方が多いから、物凄くびっくりした。
名前「ど、どうしたの!?何かあったの!?」
紫紀「ふふふ、だって今日は貴方の受験日じゃない。私ね、お弁当を作ったの。お腹が空いたら食べて」
名前「えっ……あ、ありがとう……」
手渡されたのはお弁当を入れたバッグ。
普段はコンビニで安いパンを買って行っていたから、お弁当なんていつぶりだろう。
きっと仕事で疲れているのだろう、お母さんの目の下の隈が凄い。
お弁当なんていいのに、せっかく久しぶりに帰って来たんだから休んでいればいいのに……。
すると、白い手が伸びてきて私の頭を優しく撫でた。
紫紀「……いつも傍にいてあげられなくてごめんなさいね、名前。だからせめて、このくらいはしたくて」
名前「……お母さん……」
紫紀「受験、頑張って。貴方のやりたいようにやりなさい。全てが上手くいくように心から願ってるわ」
持たせてくれたお弁当バッグをぎゅっと握りしめる。
私、絶対合格するから。
雄英に入って、お母さんみたいなヒーローになるから。
嵐太と風優は勿論、町の人達を守るヒーローになるから。
名前「……ありがとう、お母さん」
母の優しい微笑みをしっかりと目に焼き付ける。
次はいつ会えるかわからないし。
紫紀「いいえ、お礼を言うのは私の方よ。いつもありがとう、名前。信じて待っていてくれて」
名前「……うん!」
首元に下がるアネモネのペンダントが、キラリと光った。
そして私は準備を始める。
久しぶりにお母さんの作ってくれた朝ご飯を食べて着替えて、身だしなみを整えて。
暫くすると、嵐太と風優が起きてきた。
お母さんが帰って来たと知り、2人は大喜びだった。
喜ぶ2人を横目に準備を済ませた頃、ピンポンとインターホンが鳴った。
紫紀「あら、誰かしら」
名前「あ、多分勝己だよ」
嵐太「かっちゃん!!」
風優「かっちゃんだ!!」
私はいつも、勝己と登校をしている。
受験日の今日だって、普段通りだ。
私は、小さい頃から勝己と一緒に行動することが多い。
私が傍に居れば勝己の周りの気温を上げられるから、勝己が私をどこに行くにも連れ出すのだ。
だからいつの間にか、彼と一緒にいる事が当たり前になっていた。
お母さんと嵐太と風優と一緒に出迎えれば、勝己は少し驚いたような顔をした。
お母さんが滅多に帰って来ないことを、勝己も知っているから。
勝己に抱き着く弟たちを何とか離す。
そしていってらしゃいという3人の声を受けながら、私は勝己と共に家を出た。
歩き始めて少しすると、勝己が口を開いた。
爆豪「……紫紀さん、帰って来てたのか」
名前「うん、朝起きたら帰って来ててさ。びっくりしちゃった」
見て見て、と隣を歩く勝己にお弁当バッグを見せる。
名前「お母さんがね、お弁当作ってくれたんだ!お弁当とか何年ぶりかな、何入ってんだろ!卵焼き入ってるかな?お母さんの甘い卵焼き大好きなんだよね、私!」
まるで小学生が遠足に行く時のようなことを言っていると思う。
でも、私にとってはそのくらい嬉しいことだった。
私が小学4年生くらいの時から母の仕事は忙しくなり、ほとんど家に帰って来なくなった。
朝は嵐太と風優の世話で手がいっぱいだし、お弁当なんて作らずいつもコンビニでパンを買っていた。
母の美味しい料理自体、食べるのは久しぶりだった。
バッグをぎゅっと抱き締めれば、お弁当の温かさがポカポカと伝わってきた。
爆豪「ハッ、ガキみてぇ」
名前「うるさいなー!ほんっと、あんたって人は、……」
予想通り馬鹿にされた。
それはいつもの事なので言い返すが、途中で言葉を切る。
何故なら、急に頭の上にゴツゴツとした手が乗ってきて下を向かされたから。
そしてそのまま、ぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でられる。
爆豪「……良かったな」
名前「……!」
ボソリと小さな声で呟かれた言葉を、私が聞き逃すはずがない。
思わず足を止めて、ポカンとして勝己を見る。
か、勝己が……あの、勝己が……。
優しい、だと……!!?
爆豪「……失礼な事考えてんじゃねえぞクソ女」
──── ゴ ツ ッ
名前「痛っ!いった!!ちょ、そこで拳骨するかフツー!?信じられない!!さすがに避けれないって今のは!!」
爆豪「うるせえ、さっさと行くぞクソ女」
全く、勝己は本当に容赦ない。
殴られた頭を擦りながら、慌てて勝己の後を追いかける。
なんだかいつもより歩くのが早い勝己に何とかついて行く。
そのせいか、彼の顔が少しだけ赤かったことに私は全く気付かなかった……。
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