1
土方「 ──── まだ苗字はいねえのか?」
夕餉に集まった顔ぶれを見て、土方はそう言った。
全員の視線が、いつも名前が座っている席に向けられる。
そこに、彼女の姿はない。
近藤「む?トシ、苗字君がどうかしたのか?」
土方「先刻からいねえんだよ」
藤堂「まだ見つかってなかったのか!?」
土方の言葉に、平助が驚いたように声を上げる。
千鶴「名前……どうしたんだろう」
沖田「また勝手に抜け出したんじゃないですか?」
懲りないねえ、と呟く沖田。
だがその瞳には、明らかに心配の色が浮かんでいた。
名前はどんなに具合が悪くても、這ってでも食事には来ていた。
そんな名前が来ていないのだ。
それに土方に外出禁止令を下されてからは、名前は勝手に屯所を抜け出したことはなかった。
なんとか外出許可をもらおうと、何度も土方に頼みに行っていたものだ。
その度に名前は怒鳴られて屯所掃除を追加されていたから、これは誰もが知っていることである。
原田「……探してくる」
原田はボソリと呟いて、立ち上がる。
実は原田は、名前がいないと知ってから夕餉の時間まで、ずっと名前を探して屯所内を歩き回っていた。
……だが、一つだけ、探していない場所があることに気づいたのだ。
それは数ヶ月前に、原田が名前に「ここにはあまり近付くなよ」と言った場所。
名前はそれを忠実に守っていた。
いや、そもそも名前があそこに近付くはずがないのだ。
沖田の作った怪談話で眠れなくなるような名前なら、近付けるわけがないのだ。
──── それは、拷問部屋としても使われている蔵。
拷問を受けて死んでいった輩の怨念が詰まるあの蔵を、名前は異常に怖がっていた。
原田「(……まさか、)」
嫌な予感が脳裏を掠め、広間を出ようとしたその時。
「失礼致します」
広間の障子戸が開き、平隊士3人が入ってきた。
土方「なんだてめぇら」
「副長。少々重要な話がありまして……」
土方「重要な話だァ?」
「はい」
その3人の隊士のうち、一番右にいた隊士が口を開く。
土方「……なんだ?」
「はい、それが……苗字君についてです。我々は先程、彼が荷物を持って外に出ていくのを見かけまして」
沖田「……ふうん、苗字君が……」
沖田が目を細めた。
土方「……それで?」
「はい。我々は彼に何処へ行くのか聞いたところ、彼は私の顔面を殴り、そのまま出て行ったのです」
そう話す左の隊士の鼻には、詰め物がされていた。
土方「………」
土方は、平隊士の話を訝しげな表情で眉を顰めながら聞いていた。
他のみんなも何も言わず、沈黙している。
だが、その表情は見えない。
「もしや、苗字君は脱走をしようとしていたのではないかと思いまして。こうして幹部の皆様に……」
原田「……おい」
「はい?」
すると、今まで黙って聞いていた原田がズカズカと平隊士達の前に歩み寄る。
「組長……?」
原田「……話はそこまでか?」
「は、はい……」
原田「そうか」
次の瞬間、原田が腕を思いっ切り振り上げたかと思うと、鈍い音がして平隊士の一人がふっ飛んだ。
──── ドゴォッッ!!
「ぐあぁっ!!?」
「組長!?」
千鶴「きゃああっ!!」
その光景に驚いた千鶴は悲鳴を上げた。
その隣にいた永倉は、咄嗟にその光景を見せないように彼女を抱きしめる。
一方平隊士達は、原田の恐ろしいほどの殺気に青ざめていた。
原田「……で、名前をどこに隠した」
「な、何をおっしゃって……」
原田「どこに隠した!!!」
短気で喧嘩っ早いという原田の性格は、誰もが知っている。
だが鬼のような形相で怒鳴りつけるその剣幕は、試衛館からの付き合いである幹部達ですら見たことがないほど、凄まじいものであった。
平隊士3人は完全に腰を抜かしたようで、「ひいっ」と情けない悲鳴を上げて、ガタガタと震えている。
その隊士達から1番離れた所にいる千鶴ですらも、原田の剣幕に永倉の腕の中で震え上がっていた。
沖田「……まあ、苗字君が荷物を持ってっていう時点でおかしいよね。あの子、荷物は土方さんに取り上げられてるんだよ」
沖田はそう呟くと、隊士達の方を見る。
その手は既に、刀の柄にかかっていた。
彼の真っ黒な笑みに、隊士達は背中が凍りつくのを感じていた。
原田も隊士達を鋭い目付きで睨みつける。
原田「……蔵か」
「は、はい……?」
原田「蔵かと、聞いている」
先程とは異なり、静かで低い声。
だがその声には、怒りと殺気が混ざっていた。
するとその殺気に耐えられなくなったのか、1人が声をあげた。
「そっ、そうです!蔵ですっ……」
「ばっ、ばかっ……」
原田「どけ!!!」
その言葉を聞いた途端、原田は隊士達を突き飛ばして走り出したのだった……。
<< >>
目次