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──── たった数週間外に出ていなかっただけなのに、町の賑わいが懐かしく感じられる。
原田「それでよ、新八がこの間酔っ払って道端の地蔵を持って帰って来やがってよ……」
呆れたように新八っつぁんの話をする左之さんだけど、その顔はなんだか楽しそうだ。
てか道端の地蔵を持って帰ってくるって何!?
……いや、その話もめちゃくちゃ気になるけど、今はそれよりも。
名前「……あの、左之さん」
原田「ん?どうした?」
名前「ちょっと、その……なんか、周りの目が痛いんだけど……」
さっきから、すれ違う人達からチラチラと視線を向けられている。
それもそのはず、私は左之さんと手を繋いで歩いていた。
さっき左之さんの手を取ったはいいものの、さすがに外でも手を繋ぐのは気が引けたので離そうとしたのだけど、左之さんは私の手を離してくれなかった。
私は男装しているし、傍から見れば男同士が手を繋いでいるわけで、おかしな光景なのだろう。
原田「新選組が周りから白い目で見られるなんていつものことだろ。隊服を着てなくても、巡察で俺の顔はそこそこ知られてるだろうからな」
名前「いやあの、そうじゃなくて……多分、男同士で手を繋いでるように見えるから、だと思う………」
原田「男同士?……ったく、お前が男に見えるなんざ、町の連中は見る目がねえなあ」
名前「え、そんなに男に見えないかなぁ。てかこれ左之さんが選んでくれた着物だよ」
原田「お前の綺麗な顔じゃ、男装は無理があるんだよ」
……なんでこの人は、さらっとそういうことを言えるんだろう。
唐突に投下された爆弾に、私はボフッと顔が熱くなるのを感じた。
原田「ったく、周りなんて気にしねえで堂々と歩け。俺は今日、お前の手を離すつもりはねえからな」
名前「……うん」
……きっと、私が不安にならないように手を握ってくれているんだと思う。
この人は本当に、どこまで優しいんだろう。
私は、真っ直ぐに前を見据えて歩く左之さんの顔をそっと見上げた。
──── ねえ、左之さん。
蘇るのは、数週間前の記憶。
──── どうして私たち、あの時キスしたんだろうね。
まるで、あの時のことなど無かったかのように、私たちは一緒にいる。
あの日以降はキスされることも、キスしたことを蒸し返されることも無かった。
……きっと、あの日がイレギュラーだったんだよ。
左之さんに想われていなくても、あの日たくさんキスしてもらえただけでもう十分。
あれ以上を求めるつもりなんて無い。
原田「……なんだ?俺の顔に何か付いてるか?」
名前「えっ!?あ、ごめんごめん!何でもないよ」
原田「そうか、俺に見とれてたか」
名前「……なんか左之さん、そういうところ新八っつぁんに似てきたよね」
原田「やめろよ、冗談だ」
そう言って、少しだけ眉をしかめる左之さん。
新八っつぁんに似てるって言われたのが、そんなに嫌だったのか。
──── これで、いいんだ。
こうやって、冗談言い合って笑い合えるだけでいい。
私は、これだけで幸せだから。
原田「 ──── ここだ」
名前「わあ……!!」
私は思わず目を輝かせた。
目の前には、どっしりとした大きな桜の木。
その桜の木の葉は、桃色に染まっていた。
その桜は、雲ひとつなく晴れ上がった空を背景に、時折花びらを散らせてくる。
名前「……すごい、満開だ」
原田「ああ。お前にどうしても見せたくてな」
名前「……こういうの、零れ桜って言うんだっけ」
原田「ああ。綺麗な言葉だよな」
零れ桜 ────
こぼれんばかりに咲き誇る満開の桜の様子を表した言葉だ。
ここには、一度だけ来たことがある。
確かこの世界に来てまだ1ヶ月くらいの時に屯所から脱走して、新八っつぁんに見つけてもらうまで遊んでいた場所だ。
これ、桜の木だったんだ。
名前「左之さん、桜好き?」
原田「ああ、好きだぜ」
そう言って左之さんは懐から何かを取り出し、私に見せてくれる。
名前「……あ!」
左之さんの手の中にあったのは、数ヶ月前に私があげた折り紙の桜の花。
名前「……もしかして、ずっと持ってたの?」
原田「ああ、俺のお守りみてえなもんだからな。毎日肌身離さず持ってるぜ」
名前「……そう、なんだ」
なんでかわからないけど急に照れくさくなって、私は少しだけ顔を伏せた。
……嬉しくて、ちょっと顔がニヤけそうになったからっていうのもあるけど。
──── そうして私たちは、しばらくの間黙って桜を見続けたのだった……。
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