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原田「……名前」
左之さんはゆっくりと私に近付いてくる。
そして、ガタガタと震えている私を抱きしめた。
名前「……だめ、だよ……わ、たし、汚いから……触っちゃ、だめ……」
原田「そんな事言うんじゃねえ」
私の血塗れた手に、左之さんの長い指が絡まる。
私の手を握る彼の手は、とても力強かった。
原田「……すまねぇ。俺は、男としても十番組組長としても失格だ。お前を守るどころか、お前に手を汚させちまった……」
……どうして、左之さんが謝るの。
あなたは、私を守るために戦ってくれていたのに。
あれは、勝手に私が暴走しただけなのに。
名前「……昨日、すごく怖い夢を見たの。左之さんが、二刀流の男と戦ってて、それで……左之さんが殺されちゃった夢で。さっきの状況とすごく似てて、それですごく怖くなって。……それで、気付いたら、私っ………」
今でも、自分の行動が信じられない。
それこそ、実は全部夢だったのではないかとすら思えるほどに。
だけどその度に手に蘇るあの感覚が、「あれは現実だ」と私に訴えかけてくる。
名前「……こわいの……自分が、自分じゃないみたいで……私じゃなくなったみたいで………私、自分がこわい……!」
原田「 ──── 名前」
左之さんの声に、私はゆっくりと顔を上げた。
彼の真っ直ぐな目に見つめられる。
こんな状況なのに、とても綺麗だ、なんて思ってしまう。
原田「……お前がどんな風になろうが、お前がお前であることに変わりはねえ。自分を見失いそうなら、俺がお前を繋ぎ止めておいてやる。……ちゃんと温けえよ、お前の手は」
その言葉に、私の瞳からは堪えていた涙が溢れ出る。
暗闇の中で必死にもがいていた私の手を、左之さんが掴んでくれた。
そんな気分だった。
原田「……名前」
左之さんは、少し低い声で私の名前を呼ぶ。
そして私は、ゆっくりと体を押し倒された。
左之さんの手が、私の手を畳に縫い付ける。
原田「……あの時お前は、俺を守ってくれたんだ。だから今は、俺がお前を守る」
そう言った左之さんは、とても切なそうな表情をしていた。
そして ────
左之さんの整った顔が近付いてきて、唇が重なる。
彼の唇は、少しだけ冷たかった。
……どうして、こんなこと。
そんな疑問が頭に浮かぶ。
今ここにいるのが昨日までの私なら、また朝まで泣いていたかもしれない。
でも、今は違う。
──── このまま体を、全て彼に預けてしまいたい。
そんな思いが頭の中を支配し、疑問をかき消した。
口付けの雨が、私に降り注ぐ。
止むことのないその雨を受け入れて、私は静かに目を閉じた……。
(どうか私を、繋ぎ止めて)
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