桜恋録 | ナノ


3


原田「……名前」



左之さんはゆっくりと私に近付いてくる。

そして、ガタガタと震えている私を抱きしめた。



名前「……だめ、だよ……わ、たし、汚いから……触っちゃ、だめ……」

原田「そんな事言うんじゃねえ」



私の血塗れた手に、左之さんの長い指が絡まる。

私の手を握る彼の手は、とても力強かった。



原田「……すまねぇ。俺は、男としても十番組組長としても失格だ。お前を守るどころか、お前に手を汚させちまった……」



……どうして、左之さんが謝るの。

あなたは、私を守るために戦ってくれていたのに。
あれは、勝手に私が暴走しただけなのに。



名前「……昨日、すごく怖い夢を見たの。左之さんが、二刀流の男と戦ってて、それで……左之さんが殺されちゃった夢で。さっきの状況とすごく似てて、それですごく怖くなって。……それで、気付いたら、私っ………」



今でも、自分の行動が信じられない。
それこそ、実は全部夢だったのではないかとすら思えるほどに。

だけどその度に手に蘇るあの感覚が、「あれは現実だ」と私に訴えかけてくる。



名前「……こわいの……自分が、自分じゃないみたいで……私じゃなくなったみたいで………私、自分がこわい……!」

原田「 ──── 名前」



左之さんの声に、私はゆっくりと顔を上げた。

彼の真っ直ぐな目に見つめられる。
こんな状況なのに、とても綺麗だ、なんて思ってしまう。



原田「……お前がどんな風になろうが、お前がお前であることに変わりはねえ。自分を見失いそうなら、俺がお前を繋ぎ止めておいてやる。……ちゃんと温けえよ、お前の手は」



その言葉に、私の瞳からは堪えていた涙が溢れ出る。

暗闇の中で必死にもがいていた私の手を、左之さんが掴んでくれた。
そんな気分だった。



原田「……名前」



左之さんは、少し低い声で私の名前を呼ぶ。

そして私は、ゆっくりと体を押し倒された。

左之さんの手が、私の手を畳に縫い付ける。



原田「……あの時お前は、俺を守ってくれたんだ。だから今は、俺がお前を守る」



そう言った左之さんは、とても切なそうな表情をしていた。

そして ────

左之さんの整った顔が近付いてきて、唇が重なる。
彼の唇は、少しだけ冷たかった。



……どうして、こんなこと。

そんな疑問が頭に浮かぶ。


今ここにいるのが昨日までの私なら、また朝まで泣いていたかもしれない。

でも、今は違う。

──── このまま体を、全て彼に預けてしまいたい。

そんな思いが頭の中を支配し、疑問をかき消した。


口付けの雨が、私に降り注ぐ。

止むことのないその雨を受け入れて、私は静かに目を閉じた……。






(どうか私を、繋ぎ止めて)

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