桜恋録 | ナノ


3


その声は、店と店の間の狭い路地の奥から聞こえた。

……駆け付けてみると、そこには。

尻もちをついている男の人と、その男の人にくっついて震えている小さな男の子。

2人の前には、かなり体格のいい男が立っており、2人に剣を向けていた。

しかもその剣からは、血が滴っている。
よく見れば、尻もちをついている男の人の腕からは、大量の血が流れているではないか。

私は咄嗟にその人たちを庇うように、男の前へと立ちはだかった。



「……あ?なんだぁ?お前は」

名前「なんだぁ?じゃないよ。どうして無抵抗の人間を斬ったの?」

「ああ!?」



男は私の言葉にブチ切れたようで、眉間にシワを寄せた。

だが、私はこんなことで怯むような人間じゃない。



名前「何が尊王の志士だ、アンタのやってることは不逞浪士と同じだよ!!」

「きっ……貴様、俺を愚弄するか!!!」



その瞬間、男が刀を振り上げた。
咄嗟に私は2人を庇うように覆い被さる。

き、斬られる………!!!

覚悟を決めて目をつぶった、その時。



──── キィィンッ……!!



刃物のぶつかり合う音がした。

ハッとして顔を上げれば、そこには、



名前「 ──── 左之さんっ!!」

原田「……ったく、無茶しすぎだお前は!」



左之さんが私たち3人を庇うように立っており、自身の刀で男の攻撃を食い止めていた。

てか、左之さんが槍じゃなくて刀で戦ってる!!
これ結構レアじゃね!?

なんてことを、こんな状況で考えられる私もどうかしている。


……やばい、この人の止血をしなきゃ!!



名前「大丈夫ですか!?」

「うぅっ………」



私は懐から手拭いを出す。

……男の人の腕からとめどなく溢れ出る鮮血に、ゾワッと鳥肌が立った。



「父上っ……」

名前「僕、大丈夫だよ。今手当するからね」



子供を不安にさせてはいけない。
私は吐き気を必死に堪えながら笑顔を作り、止血を始めた。

チラリと左之さんの方を見れば、左之さんは力ずくで男を押し返していた。



「ちっ……なんだ、ちったァ骨のある奴が来たじゃねえか」



負け惜しみとかダサいよ、と口を出そうとしたその時。

──── 男が、脇差を抜いた。



名前「っ!?」



に、二刀流……!?
二刀流って本当にいたんだ……。

それに、あの隙のない構え。

……もしかしたら奴は、その辺にいるようなただの不逞浪士ではないのかもしれない。
きっと、かなりの使い手だ。

てか、これ結構左之さん不利なのでは?
今日は槍持ってきてないし、相手は二刀流って……。



名前「……さ、左之さん……」

原田「心配するこたねぇ。お前は2人を安全な所へ頼む」

名前「……っ、わかった」



"「女の目が近くにあると、みっともねえ姿は絶対に見せられねえって思っちまうもんなんだ」"



薄桜鬼のゲームでの、左之さんのセリフが脳裏に蘇る。

きっと左之さんだって相手がただの使い手ではないことくらい、刀を交えた瞬間に気付いているはずだ。

それでも私達がいるから、守るものがあるから、左之さんはここに立っているのだ。


……ここで刀を抜けない自分が悔しい。
だがここで私が参戦しても、足手まといになってしまうだけだ。

私がやるべきことは、一刻も早くこの2人を避難させて、少しでも左之さんが戦いやすい状況を作ることだ。



──── 刀の交わる音がした。

……見ちゃいけない、目の前のことに集中しろ。

左之さんなら、絶対に大丈夫。
だって、黎明録では刀持った男相手に素手で戦ってたし。

早く、2人を安全な所へ。
男の人の傷は幸いそれほど深くなかったため、すぐに止血は終わった。



名前「ここから離れましょう。立てますか?腕以外は平気ですか?」

「え、えぇ……ありがとうございますっ……」

名前「お医者様の所へ行きましょう、私もお供します」

「本当に申し訳ござません、お侍様……」

名前「大丈夫ですよ、これも仕事のうちなので」

「父上っ……」

名前「僕、もう大丈夫だからね。……さ、早くこっちに……」



私はここから逃げるように2人を促す。

……だけど、その時。
ほんの一瞬、左之さん達が視界の端に映ってしまった。



名前「 ──── っ!!」



視界に入ったのは、壁際に追い詰められている左之さんの姿だった。

2本の刀を、1本の刀で必死に食い止めている。


──── その瞬間のことだった。

今朝はあれほど思い出せなかった昨日の夢が、脳内にフラッシュバックした。


──── 赤毛の男と二刀流の男が対峙する夢。
赤毛の男が、脇腹を刺されて倒れた夢。


目の前が、真っ暗になるのを感じた。
夢に出てきた赤毛の男の姿が、左之さんと重なる。


やめて…………

やめて!!!!!



名前「 ──── ああああああっ!!!!!!」





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