桜恋録 | ナノ


5



千鶴「 ──── 名前、今日は大丈夫そう?」



食器を洗う千鶴が、少し心配そうに尋ねてきた。

千鶴には昨日迷惑をかけちゃったもんなぁ。



名前「うん、大丈夫!ありがとうね、千鶴」



私は食器を拭きながら、ニッと笑ってみせる。
そうすれば、千鶴はホッとしたような表情になった。

こんな可愛い子に心配をかけてしまうとは、なんという失態!!
働いて取り返さねば!!



名前「千鶴、今日は私がお風呂掃除やるね!」

千鶴「えっ、でも……」

名前「いいからいいから!じゃ、やってきまーす!」



そう言って私は元気よく台所から出る。

………だが。


──── ドンッ



名前「ぶっ!?」



ちゃんと前を見ていなかったせいで、誰かにぶつかってしまった。



名前「あ、ごめんなさ……」



その人物を見上げて、私は思わず言葉を切る。



原田「……っと、悪ぃ。大丈夫か?」

名前「う、う、うん。だ、大丈夫……」



おいいいいいいい!!!

不意打ちはダメだってさすがに!!
さっきは心の準備をして声をかけたから大丈夫だったけど、不意打ちで来られるのはまだ無理だって!!!

お、お、落ち着け!!落ち着け私!!
平常心!!!



原田「………なぁ、名前」

名前「ひゃいぃっ!!」



………平常心とは。

思いっきり声が裏返りました、はい。



原田「……明日、時間あるか?」

名前「……う、うん。明日は、午後なら……夕餉までは、大丈夫………」

原田「そうか。それなら、団子でも食いに行かねぇか?」

名前「えっ」



……あの低い声じゃない。
今にも吸い込まれてしまいそうな、熱っぽい瞳でもない。

いつもと同じ、優しい声と表情。


……ああ、そっか。
本当に、いつも通りで大丈夫なんだ。

──── 断る理由なんて、私には無い。



名前「うん!行く!」



笑顔でそう答えれば、左之さんは大きな手で私の頭を撫でてくれる。


……きっと、このままの関係でいるのが正解なんだよ。
私にとっても、左之さんにとっても。

きっと、このままが一番心地良いはずなんだ。


……少なくとも、今はそうだと信じていた。






(もう大丈夫だ)

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