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──── どのくらい走っただろうか。
私たちはゼェゼェと息を切らして立ち止まった。
千姫「驚いた……あなた、女の子なのにすごく強いのね!」
千姫は息を整えるとすぐに目を輝かせて私に詰め寄ってくる。
名前「わ、私は全然強くないよ!護身術しかできないし……」
千姫「でも私を守ってくれたじゃない!本当にすごいわ!」
名前「い、いやあ……たまたまだよ……」
そう、全て偶然に過ぎないのだ。
とにかく無我夢中で、奴を殴ってしまった。
本能でそんな行動を取った自分に気づき、酷い吐き気に襲われる。
……それに、もしあの男が体勢を崩していなかったら。
私はきっと、死んでいた。
千姫も、危険に晒してしまっていた。
そう思うと、ゾッと全身に鳥肌が立った。
──── 私は、こんなにも弱い人間だったのか。
グッと唇を噛み締めた、その時。
千姫「……名前ちゃん、あなた、髪が…」
名前「え……?」
千姫に言われて自分の髪を触ってみれば、私の髪を結んでいた結い紐が無くなっており、髪が風になびいていた。
おそらく敵の攻撃をギリギリで避けたせいで、結い紐が剣に当たって切れてしまったのだろう。
私の身代わりになってくれたのかもしれない。
千姫「どこかで結い紐を買っていきましょう」
名前「あっ、いいよいいよ!多分屯所に予備のがあるし。とりあえず、今日はもう帰ろう?日も暮れてきたし、途中まで送るよ」
千姫「そう……?本当にありがとう、名前ちゃん」
" 日も暮れてきたし "
自分で言った言葉が、脳内で反響した。
名前「………あ」
…………やらかした。
多分まだ、土方さんに指定された時間は過ぎていない。
だけど、千姫を送ってから商家に寄り屯所に帰るとなると、定刻に帰るのは絶対に無理だ。
千姫「どうかしたの?」
名前「えっ!?あ、ううん!なんでもないよ、行こ!」
……ま、いいか。
今は千姫を守るのが最優先だ。
久しぶりに外出できたし。
これからまた外には出られなくなってしまうけど、いい気分転換になった。
何より私は、人の命を守ったのだ。
罪悪感が無いわけじゃないしやっぱり吐き気がするけれど、結果として千姫という大事な友達を守れたんだ。
また外出禁止になろうが、千姫を守れただけでもう充分だ。
千姫「 ──── ここまでで大丈夫よ」
しばらく歩くと千姫は立ち止まり、私の方を向いてニコリと笑う。
名前「そう?気を付けてね」
千姫「ええ。今日は本当にありがとう、あなたは私の恩人だわ」
そう言って千姫は私のことを抱きしめてくれる。
ぐへへへへへへへへへへ。
……おい今キモイとか言ったやつお尻ペンペンな。
そして千姫は私に別れを告げると、夕陽に照らされながら帰って行った。
……さて。
名前「……今日も雷かぁ……」
もちろん土方さんの罵声のことである。
もう定刻は過ぎてしまった。
だがもう仕方ない、ちゃんと商家に行って届けて、戻ったら土方さんに事情を説明して謝ろう。
私は小さくため息をついて、疲れきった足で商家に向かうのだった……。
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