桜恋録 | ナノ


2


──── どのくらい走っただろうか。

私たちはゼェゼェと息を切らして立ち止まった。



千姫「驚いた……あなた、女の子なのにすごく強いのね!」



千姫は息を整えるとすぐに目を輝かせて私に詰め寄ってくる。



名前「わ、私は全然強くないよ!護身術しかできないし……」

千姫「でも私を守ってくれたじゃない!本当にすごいわ!」

名前「い、いやあ……たまたまだよ……」



そう、全て偶然に過ぎないのだ。

とにかく無我夢中で、奴を殴ってしまった。
本能でそんな行動を取った自分に気づき、酷い吐き気に襲われる。

……それに、もしあの男が体勢を崩していなかったら。

私はきっと、死んでいた。
千姫も、危険に晒してしまっていた。

そう思うと、ゾッと全身に鳥肌が立った。


──── 私は、こんなにも弱い人間だったのか。

グッと唇を噛み締めた、その時。



千姫「……名前ちゃん、あなた、髪が…」

名前「え……?」



千姫に言われて自分の髪を触ってみれば、私の髪を結んでいた結い紐が無くなっており、髪が風になびいていた。

おそらく敵の攻撃をギリギリで避けたせいで、結い紐が剣に当たって切れてしまったのだろう。
私の身代わりになってくれたのかもしれない。



千姫「どこかで結い紐を買っていきましょう」

名前「あっ、いいよいいよ!多分屯所に予備のがあるし。とりあえず、今日はもう帰ろう?日も暮れてきたし、途中まで送るよ」

千姫「そう……?本当にありがとう、名前ちゃん」



" 日も暮れてきたし "

自分で言った言葉が、脳内で反響した。



名前「………あ」



…………やらかした。

多分まだ、土方さんに指定された時間は過ぎていない。
だけど、千姫を送ってから商家に寄り屯所に帰るとなると、定刻に帰るのは絶対に無理だ。



千姫「どうかしたの?」

名前「えっ!?あ、ううん!なんでもないよ、行こ!」



……ま、いいか。
今は千姫を守るのが最優先だ。

久しぶりに外出できたし。
これからまた外には出られなくなってしまうけど、いい気分転換になった。

何より私は、人の命を守ったのだ。
罪悪感が無いわけじゃないしやっぱり吐き気がするけれど、結果として千姫という大事な友達を守れたんだ。

また外出禁止になろうが、千姫を守れただけでもう充分だ。









千姫「 ──── ここまでで大丈夫よ」



しばらく歩くと千姫は立ち止まり、私の方を向いてニコリと笑う。



名前「そう?気を付けてね」

千姫「ええ。今日は本当にありがとう、あなたは私の恩人だわ」



そう言って千姫は私のことを抱きしめてくれる。
ぐへへへへへへへへへへ。

……おい今キモイとか言ったやつお尻ペンペンな。


そして千姫は私に別れを告げると、夕陽に照らされながら帰って行った。

……さて。



名前「……今日も雷かぁ……」



もちろん土方さんの罵声のことである。

もう定刻は過ぎてしまった。
だがもう仕方ない、ちゃんと商家に行って届けて、戻ったら土方さんに事情を説明して謝ろう。

私は小さくため息をついて、疲れきった足で商家に向かうのだった……。

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