茜空に飛べ! | ナノ


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沖田「お、噂をすれば何とやらじゃねぇですかィ。ほら、挨拶しな」
 

ああそうだ、挨拶をしなければ斬り殺されてしまうんだった。
兄を探すためにも、こんなところで死ぬわけにはいかない。
 

『初めまして、苗字名前です。この度は助けていただいてありがとうございました、ゴリラさん、クサレ副長さん』

土方「おい誰がクサレ副長だコラ!!喧嘩売ってんのか!?」

『えええっ!?』
 

教わった通りに挨拶をしたというのに、あろうことかクサレ副長さんは目を剥いて怒り出した。

ゴリラさんは「え、今俺ゴリラって言われた?」って顔をしているし、藤堂さんは肩を震わせて笑いを堪えている。
 

『だってこの人が、お二人の名前がゴリラさんとクサレ副長さんだって言ってました』

土方「オイ総悟!てめえ何吹き込んでんだ!」

沖田「いやまさか、こんなに信じ込むとは思わなかったんでさァ」

『えっ、嘘だったんですか!?』

藤堂「総悟の言葉は8割くらい嘘だから信じねえ方がいいぜ」

沖田「おい虎、何てこと言うんでィ」
 

どうやら私は嘘の情報を吹き込まれていたらしい。酷い。
総悟さんを睨めばなかなかゲスい顔をしていた。畜生、こっちが本当の顔か。

部屋に入ってきた三人は、総悟さんの横に並んで座った。
なんというか、威圧感がすごい。
 

土方「ったく…おい、苗字っつったか。てめえ、なんで空から落ちてきたんだ」

 
クサレ副長さんは聞いた通りに瞳孔が開きっぱなしで鋭い目つきの人だ。


『飛行船から飛び降りました』

近藤「シ〇タだ、この子絶対シ〇タだ」

『だからシ〇タじゃないですってゴリラさん』

近藤「俺もゴリラじゃないです」

『でもそれ以外のお名前知りません』

近藤「近藤勲です」

『近藤勲さん』

近藤「そうです」
 

どうやらゴリラさんは近藤勲さんというらしい。
どう見てもゴリラなのに、ちゃんとした名前があったんだ。
 

近藤「それで、なんで飛行船から飛び降りたんですか苗字名前さん」

『私を誘拐した天人に人体実験されそうになったからですよ近藤勲さん』

土方「なんであんたらさっきからフルネームで呼び合ってんの」
 

クサレ副長さんの冷静なツッコミが入った。

なんでフルネームなんだろう、わからない。
強いて言えば、しっくりくるからかもしれない。
 

藤堂「つうか今、人体実験って言った?なんでそんな目に遭ってんだ?」

 
眉を顰めて身を乗り出して聞いてくる藤堂さん。
あまり自分の素性は話したくなかったけれど、兄を探すためならば仕方がない。
 

『私、こう見えて天人なんです。茜華っていう種族なんですけど』

沖田「へぇ、おめぇ天人だったのかィ。どうりで日本人っぽくねぇ顔だと思った」

土方「…茜華?知らねえ天人だな」

『蝦夷の奥地に住んでましたから、人間との交流はほとんど無かったんです。なので知らないのも当然だと思います』

藤堂「だけど、お前を誘拐したのも天人なんだろ?天人が天人の人体実験をすんの?」

『それは、』

 
ここまで話しても良いものだろうか。
だが、私の事情を説明するには避けては通れないだろう。
彼らは警察らしいし、むやみやたらに個人情報をばらまくようなことはしないはずだ。
 

『……茜華は、驚異的な治癒能力を持っています。骨折しても一瞬で治りますし、刀傷を付けられても銃で撃ち抜かれても一瞬で塞がってしまうんです。心臓を刺されるか、首と胴体を切り離されない限り死ぬことはありません』
 

近藤勲さん達はギョッとしたような顔になった。
人間からすれば気持ちの悪い話だろう、不死身に近い体なんて。

だけどそんな中で眉を顰めて考え込んでいるのはクサレ副長さんだ。
 

土方「……なるほどな。要は、お前のその体質がそいつらの狙いってわけか。血を抜くなり何なりして人工的にお前の体質を持った奴を作り上げようって魂胆だろ」

『察しが早くて助かります、クサレ副長さん』

土方「おい誰がクサレ副長だ!!」

『でもクサレ副長以外のお名前知りません』

土方「土方十四郎だその呼び方今すぐやめろ!!」

『わかりました土方さん』

沖田「クサレ副長でいいじゃねえですかィ」

土方「おい総悟どういう意味だ」
 

土方さんは般若のような顔をしていて、頭には幻覚だろうけど角まで見える。

「まあまあ、今はこいつの話聞こうぜ」と藤堂さんが宥めてくれたおかげで話は軌道修正された。

 
『……何日前のことかわからないんですが、私の住んでいた茜華の里にそいつらが押しかけてきたんです。私と兄はすぐに捕まってしまって、奴らに連行されました。それで飛行船に閉じ込められていたんです。途中までは兄と同じ部屋に一緒に閉じ込められていたのに、兄だけどこかに連れて行かれました。それで、隙を見て部屋から逃げ出して兄を探していたんですが、奴らに見つかってしまったんです。だけど奴らに血を渡すくらいなら死んだほうがマシだと思って、飛行船から飛び降りました』

 
その場はしんと静まり返っていた。
私も重苦しい話や空気は好きではないのだが、江戸という見知らぬこの土地で兄探しを始めるにはこの人達を頼るしかないのだ。

 
『兄はまだきっと飛行船に閉じ込められています。兄を残して自分だけ脱出してしまったこと、すごく後悔しています。もしかしたら今この瞬間にも、兄はひどい目に遭っているかもしれません。でも、世間知らずの私一人じゃどうにもできないんです。だからお願いです、私の兄探しに皆さんの力を貸してもらえませんか』
 

お願いしますと言って、私は布団の上で頭を下げた。

その場は沈黙に包まれていたが、しばらくするとグスンと鼻をすするような音が聞こえてきた。
何事かと思って顔を上げると、近藤勲さんがダバダバと涙と鼻水を流している。
 

近藤「トシ…俺は…俺は、決めたぞ…!この近藤勲、全力を尽くして苗字名前さんのお兄さんを探すと!!」

『えっ、本当ですか!?』

近藤「本当だとも!苗字名前さん、俺はあんたのそのお兄さんを思う心に感動した!すぐにでもお兄さん探しに乗り出そう!!」

『ありがとうございます、近藤勲さん!!』
 

見た目はゴリラだが、なんていい人なのだろう。
がっちりと握手を交わした近藤勲さんの手は、ものすごく大きくて力強かった。

すると、やれやれといった様子で土方さんがため息を吐いた。
 

土方「……ま、話を聞いた限りじゃそれなりにデカい犯罪組織が関わっていそうな案件だからな。それを真選組が見て見ぬ振りはできねえ」

『っ!ありがとうございます!!』

 
どうやら土方さんの許可も得られたようだ。
なんだ、色目なんて必要なかったじゃないか。
見た目は怖いけど、誠心誠意話せばわかってもらえるものなんだな。

 
沖田「近藤さんが言うなら仕方ねェや」

藤堂「俺も手伝うぜ!情報収集なら巡察の時もできるし、うちには監察方だっているからな」

『ありがとうございます、総悟さんに藤堂さん!』

 
どうやらなんとかこの地で兄探しを始めることができそうだ。
ほっと息を吐いた私だったが、途端に険しい顔になったのは土方さんだ。

 
土方「……だが、それにしちゃ手がかりが少なすぎる。他に何かわかることはねえのか」

『何もわからないんです、急に目隠しをされて連れて行かれたので…。船の目的地も知りません。飛び降りたときも必死だったから、船の外観も覚えていなくて』

土方「兄貴の名前は?」

『苗字棗です。髪と目の色が私と同じなので結構見た目はわかりやすいと思います』

土方「…確かに茜色の髪と目ってのは、そうそういるもんじゃねえな」
 

今のところの手がかりは兄の名前と容姿、そして誘拐犯は天人という3つだけだ。
土方さんの言う通りあまりにも少なすぎる。
 

土方「とりあえず、できる範囲で捜索と情報収集はする」

『ありがとうございます、土方さん!』
 

本格的な捜索活動は専門のこの人達にお願いして、私は私で情報収集をしよう。
まずは奴らの正体を掴まなければ探しようがない。

すると土方さんは、「それと、」と付け加えるように口を開いた。
 

土方「お前をいつまでもここに置くわけにはいかねえ。お前の兄貴探しには協力するが、お前の衣食住までは面倒を見てやれねえ。とっとと出てってもらわねえと困る」

『あ、はい。2日間もこの部屋占領しちゃってすみません』
 

私としても当然そのつもりだ。いつまでもここで厄介になるわけにもいかない。
だけど頷いた私とは反対に、近藤勲さんと藤堂さんが「えっ」と素っ頓狂な声を上げた。
 

藤堂「だったらここで働かせればいいじゃん、雑用やってもらうとかさ。兄貴探しをするにはその方が都合良くねえ?」

近藤「虎の言う通りだ。それに、苗字名前さんは行く宛てが無いんだぞ?それなのに見知らぬ土地に放り出すなんざあんまりだろ、トシ」

土方「いや、ダメだ。コイツはここには置けねえ」
 

口々に抗議をする近藤勲さんと藤堂さん。
しかし、土方さんは頑として首を縦に振らなかった。
 

土方「こっちは部外者には言えねえような機密情報が山ほどあるんだよ、そんな状態で隊士でもねえ奴を働かせられるわけがねえだろ」

藤堂「それは…なんとか気を付けるようにするとかさ、」

土方「それだけじゃねえ。ここは男所帯だ、若い女を置けるわけねえだろ。隊の風紀を乱すし、何があるかわかったもんじゃねえ」
 

言い方はすごくぶっきらぼうだったけど、私のことを心配してくれているのがわかった。
それまでは何とか反論していた藤堂さんもさすがに何も言えなくなったようで、ぐっと言葉に詰まっている。

「ごめんな」と、まるで叱られた子犬のような表情で藤堂さんから謝られて、私は慌てて首を横に振った。
 

『いえ、大丈夫です。これだけ良くしていただいたのに、それ以上を望むつもりはありません。これ以上はご厄介になれないと思っていましたし』

土方「……まァでも、仕事と住む場所が見つかるまでくらいなら大目に見てやる」

『……えっ』
 

思わず聞き逃してしまいそうなほどサラッと言われた言葉に、私は驚いて土方さんを見上げた。
 

近藤「本当か、トシ!?」

土方「だが仕事は自分でさっさと見つけて来いよ、ここはハローワークじゃねえんだ」

『っ!ありがとうございます!』
 

やっぱりすごく優しい人たちだ。

土方さんが部屋を出て行ったあとも、「良かったな!」と藤堂さんと近藤勲さんは一緒に喜んでくれたし、総悟さんは「野垂れ死ぬのだけは免れたな」とやや物騒な励ましの言葉をくれた。

まずは仕事と住む場所を探しながらの情報収集になりそうだ。

こうして新天地での私の新しい生活がスタートしたのである。

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