茜空に飛べ! | ナノ


1

─── ふわふわと、体が浮いているような感覚。
鼻を掠めたのは優しい香りで、なんだか心地良さすら感じる。

ああ、天国だからか。

このままでいたい気もするが、さすがにお腹が空いた。
天国ならば、目を開ければ目の前にご馳走が…なんてこともあるかもしれない。

そう思い、重たい瞼を上げた。

 
『……』

?「……」

『……え、』

?「……え、」

 
目を開けると、目と鼻の先にはご馳走ではなく、見知らぬ男の人の顔が。
 

『「うわあああああっっっ!!?」』
 

───ゴツンッ!!

 
『あいたっ!?』

?「いってえ!?」
 

ぎょっとして悲鳴を上げた。
その反動でつい飛び起きてしまい、私の顔を覗き込んでいた男の人の額と私の額が衝突事故を起こし、私は再びひっくり返った。
 

?「うおお、びっくりした……心臓止まるかと思った……」
 

そう言って胸を撫で下ろしているのは、茶髪の猫っ毛が特徴的な男の人だった。
誰だ、この人。天国の門番か?

しかし、門番であったとしても見知らぬ男に近距離で顔を覗き込まれたくはない。
 

『いやそれこっちのセリフなんですが!?乙女の寝顔を覗き込むなんて!襲う気だったんでしょ、最低!!』

?「は!?ちょっと待て、ンなことするわけねえだろ!こっちはな、お前が丸々二日も起きねえから実は死んでんじゃねえのかと思って心配したんだぜ!?」

『だからってあんな近距離で……って、え?』
 

この人は今、何と言った?
実は死んでるんじゃないのかと思った、とか何とか……。

私はキョロキョロと辺りを見回す。
 

『……え、ここ天国ですよね?それにしては随分貧乏くさいような』

?「余計なお世話だっつの。ここは俺の部屋」

『……え、私生きてるんですか?』

?「生きてるよ、奇跡的にな」

『嘘!私、飛行船から飛び降りたんですけど!?』

?「何やってんのお前!?」
 

どうやら自分は生きているらしい。
しかも、無傷だ。信じられない。

というかこの人は誰だ。
「やっぱりあのマットの性能は本当だったんだな…」とか呟いてるんだけど、何の話だ。
 

『すみません、天国の門番さんじゃないならどちら様ですか』

?「俺?俺は真選組の藤堂虎之助ってんだ」

『真選組……?』

藤堂「え、知らねえの?真選組ってのは江戸の治安を守るために結成された警察組織だよ」

『へぇ……』
 

ということは、ここは江戸なのか。
随分遠くへ来てしまっていたようだ。
しかも警察の厄介になってしまうなんて。

すると、スルッと静かに障子戸が開く。
 

?「何騒いでんでィ」
 

現れたのは、亜麻色の髪が特徴的な男の人だ。
 

藤堂「ああ、総悟か。シ〇タがやっと起きたぜ」

『いやあの、シ〇タじゃないです』

沖田「なんでィ、そろそろ無理やり起こそうと思って鳩連れてきたってのに」

藤堂「おい、屯所に鳩を持ち込むなよ!」
 

クルックーという鳴き声が聞こえる。
“総悟”と呼ばれた人の後ろに見える庭では、鳩の大群が餌を食べていた。

この人は本当に鳩攻撃で私を起こそうとしていたらしい、せめてトランペットにしてくれ。

布団の上にいる私の横に、どっかりと座る2人の男の人達。
“総悟”という人は童顔の美青年で、藤堂虎之助と名乗った人はアイドルみたいな王道イケメンだ。

要は、どっちも顔が整っている。
眼福レベルに整っている。
 

藤堂「じゃあ俺、とりあえず近藤さん達呼んでくるわ。総悟はそいつを見張っといてくれよ」

沖田「俺が呼んでこようかィ」

藤堂「とか言ってサボりに行く気だろ、お前は見張りだ」

沖田「チッ、バレてやがったか」

藤堂「見え見えだっつーの」
 

軽口を叩き合ってから、藤堂さんは部屋から出て行ってしまった。

残されたのは私と“総悟”さん。
なにこれ気まずい。
しかもジロジロと品定めをするように見られて、居心地が悪い。
 

沖田「おい、シ〇タ王女」

『だからシ〇タじゃないですってば』

沖田「じゃあ何て名前だよ」

『苗字名前です』

沖田「へぇ」
 

聞いてきた割には興味無さげだ。
なんだか藤堂さんよりも冷たい印象を受けた。
 

『あなたも真……何とかの人?』

沖田「ああ。つうか何でィ、真選組を知らねえのかィ?」

『さっき初めて知りました、警察だって藤堂虎之助さんが』

沖田「そうかィ。じゃ、よっぽどの世間知らずかド田舎娘ってわけだ」
 

なんだか鼻につく言い方だ。
だけど私は今まで故郷の里からはほとんど出たことが無かったし、田舎育ちであることには変わりはないので何も言い返せない。
 

『私、どうなるんですか』

沖田「さァな。あの人ら次第だろ」

『あの人らって?』

沖田「ゴリラとクサレ副長でィ」
 

ゴリラ…クサレ副長…?

ゴリラと聞いて思い浮かぶのはあの動物のゴリラである。
クサレ副長は……よくわからない。
 

『ゴリラってあのゴリラですか?』

沖田「ああ、学名がゴリラゴリラゴリラのあのゴリラさ」

『へぇ、真選組ってゴリラ飼ってるんですか?』

沖田「飼ってるっつうか、ゴリラがうちのトップなんでィ」

『ゴリラがトップ!?へぇ、都会の動物ってすごいんですね』

沖田「そうだろ?」
 

町の治安を守る組織のリーダーがゴリラだなんて。
日本の首都の動物はものすごく知能が高いらしい、私にとっては知らないことばかりだ。
私の住んでいた里には野生のクマとイノシシくらいしかいなかったし、ゴリラなんてそもそも見たことがない。

というか、ゴリラって言いすぎてゲシュタルト崩壊しそうだ。
 

『じゃあ、クサレ副長っていうのは?』

沖田「クサレ副長はクサレ副長でィ」

『……名前ってことですか?』

沖田「ああ」

『へぇ、変わった名前ですね』

沖田「前髪がV字で、常に瞳孔が開きっぱなしの奴だ」

『なにそれ怖い』
 

どうやら都会には知能の高い動物だけじゃなくて、怖い人もいるらしい。

ああ、里に帰りたいな。
……もう、帰れるとは思えないけど。

とりあえず、しばらくはこの地でなんとかやっていくしかない。
 

沖田「2人が来たら挨拶しろよ、じゃねえと斬り殺されるかもしれねえぜ」

『えっ、嫌です。挨拶って何て言えばいいんですか』

沖田「“この度は助けていただいてありがとうございました、ゴリラさん、クサレ副長さん。” はい、リピートアフターミー」

『この度は助けていただいてありがとうございました、ゴリラさん、クサレ副長さん』

沖田「そうそう」
 

初めは冷たい人だと思ったけれど、意外と親切な人だ。
聞けばこうしてちゃんといろいろ教えてくれるし。

そういえば、兄もこうやって昔から私にいろんなことを教えてくれて……って、
 

『っ!そうだ、お兄ちゃん……!!』
 

どうして今の今まで思い出せなかったのだろう。

あの飛行船の中に兄を置いてきてしまった。
まさか自分が生き延びるとは思ってもいなかったから、結果的に兄を置いて逃げたことになる。
 

沖田「なんでィ急に、兄妹プレイか?そういうのはもうちょい上目遣いでやれよ」

『何の話してんですか。それより、私の兄は!?私と一緒に落ちてきてたりしませんでした!?』

沖田「2人も空から落ちてきてたまるかよ」
 

やっぱり兄はあの飛行船の中に取り残されているのだろう。
ああ、なんでこんなことに。
 

『あの、警察なんですよね?私の兄を探してくれませんか』

沖田「人探しなら町の交番を当たりな」

『ただの人探しじゃないんですって!私、兄と一緒に誘拐されたんです!』

沖田「誘拐?誰にでィ」

『誰、……』
 

そういえば、あいつらは誰だったのだろう。
 

『……誰かはわからないです』

沖田「そんなんじゃ探せねェよ」

『……なんか、天人でした』

沖田「そこら中にいんだろ天人なんて」
 

確かにこの人の言う通りだ。
あいつらは何だったのだろう。
海賊?いや、飛行船に乗ってたから空賊か。

とにかく、人さらいなんてまともな仕事をしている連中ではないことだけは明らかだ。
 

沖田「ま、何か頼みてえことがあるならゴリラとクサレ副長に頼んでみな」

『頼んだら探してくれるんですか』

沖田「頼み方次第だな」

『どうやって頼めばいいんですか』

沖田「色目使えばコロッと一瞬よ」

『無理ですよそんなの』
 

色目を使って頼めだなんて、あまりにも無茶苦茶だ。

途方に暮れていると、廊下から足音が聞こえてきた。
スッと障子戸が開いて現れたのは、V字の前髪の男の人とゴリラ、そして藤堂さんだ。
 

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