茜空に飛べ! | ナノ


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土方「……おい。こりゃ一体何事だ、近藤さん」
 

真選組副長の土方十四郎は、目の前にそびえ立つ“それ”に眉を顰めた。

 
近藤「おお、トシ!どうだ、いいだろう!?先週テレビショッピングでな、紹介されてたから買ったんだよ。隊士達の新しい稽古道具として導入しようと思ってな!」

土方「……クライミングウォールを?」
 

満面の笑みの局長・近藤勲と呆れ顔の副長・土方が見上げているのは、庭にそびえ立つクライミングウォールである。

それも、自宅用の小型サイズのものではない。
7、8mはあるであろうそれは、屯所の高さを優に超えている。

 
土方「馬鹿なの!?どう考えてもデカすぎるだろ!!」

近藤「いや、むしろ良い感じだろ。インテリアみたいで」

土方「いやサイズ的に屯所の方がインテリアみたいになってるんですけど」

近藤「屯所という要塞を守る壁的な」

土方「なんで要塞の壁がボルダリング?侵入者にもよじ登らせてどうすんの?」
 

どうしてこうも、うちの局長は突飛なことをするのだろうか。

しかも隊士達も突如できたクライミングウォールに大興奮のようで、早速皆でよじ登っている。
クライミングウォールを見るとよじ登りたくなるのは男の性なのかもしれない。
 

沖田「土方さんもやってみたらいいじゃねぇですかー、案外いい運動になりますぜー」

土方「あのね、そういうことじゃないの」
 

壁のてっぺんから土方に向かって叫んでいるのは一番隊隊長の沖田総悟である。

屯所に巨大なクライミングウォールができてしまったというのに、なんとも呑気な発言だ。
どいつもこいつも、と土方は大きなため息を吐いた。

 
藤堂「にしてもこのマット、すげえ大きさと厚さだなー。柔らかくて落ちてもダメージ無さそうだし、めちゃくちゃ高いやつなんじゃねえの?」

土方「おい虎、ツッコミさぼんなお前もこっち側だろ」

藤堂「えー」
 

地面に敷かれてある巨大なマットの触り心地を確かめているのは、八番隊隊長の藤堂虎之助だ。

真選組の中では数少ない常識人でツッコミ担当でもある彼の存在は土方にとって非常にありがたいものなのだが、18歳という年頃らしく好奇心旺盛な部分も持ち合わせているため、時折ツッコミ役を放棄することがある。

しかし、「お前もツッコミをやれ」と目を剥く土方とは対照的に、近藤は目を輝かせた。
 

近藤「わかるか、虎!?これ、めちゃくちゃ良いマットらしいんだよ!シ〇タが飛行石無しで空から落ちてきてもシー〇の体は無事だって、テレビショッピングのお姉さんが言ってた」

藤堂「マジかよすげえな!?」

土方「おい騙されんな虎、そんなわけねえだろうが!」
 

藤堂はきょとんとした顔で土方を見上げた。
 

藤堂「えー、でも本当っぽくねぇ?こんなにダメージ吸収してくれるし」

土方「あのな、そもそも〇―タみてえに人間が空から落ちてくることなんざねえから実験のしようがねえだろうが!」

藤堂「あ、そっかそうじゃん」
 

藤堂は常識人ではあるのだが若干抜けている部分もあり、妙なところで騙されやすいのが玉に瑕である(しかしむしろそれが良いと女性人気は非常に高い)。

土方が再びため息を吐いて縁側に腰掛けるとタバコに火をつける。
そんな彼につられるように、近藤と藤堂もその隣に腰掛けた。

すると沖田がぴょんっとクライミングウォールから飛び降りてきて、「なァ、虎」と藤堂に声をかけた。
 

沖田「ありゃ、飛行機だと思うかィ?さっきからちっとも移動してねェの」

藤堂「え、どれ?」

沖田「あれ」

 
そう言って沖田は夕焼け空を指さした。
藤堂だけではなく、近藤や土方もつられて上を見上げる。

沖田の言う通り、空高くには飛行機のような小さい物が浮いている。
たしかにいくら待っても、その物体が東西南北に進む気配はない。
だが……。
 

土方「……気のせいか?大きくなってきてるように見えるんだが」

藤堂「なぁ土方さん、俺も」
 

土方と藤堂は顔を見合わせてから、もう一度上を見上げた。
まさか、落ちてきている?
東西南北ではなく、下に?

しばらく目を細めて見ていると、
 

沖田「……あれ、人じゃねえですかィ」

土方「……お前もそう見えるか?俺も見える」

藤堂「俺も」

近藤「え、どういうこと?もしかして本当にシ〇タ落ちてきた?」
 

沖田と土方、藤堂は眉を顰め、近藤は目をぱちくりさせていた。
それは、本当に人の形に見えた。

……かと思った時には、それが茜色の髪の女だとわかる程まで落ちてきていて。
 

───ズドーー−ンッッッ!!!

 

「「「うわああああっっっ!!?」」」
 

まるで大砲でも発射されたかのような爆音が響き、その場は混乱と驚愕に包まれた。

一体何事だと土方達が駆けつければ、近藤自慢のマットの上では一人の少女が気を失って横たわっている。
マットに反動が吸収されたのか、無傷だ。
 

藤堂「……土方さん。テレビショッピングの宣伝、本当だったっぽいぜ」
 

ぽつりと藤堂が呟く中、土方の手からは吸いかけのタバコがポロッと地面に落ちた───。
 
 

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