茜空に飛べ! | ナノ


4

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ばしゃり、と顔に水をかけられて、新八と神楽は目を覚ました。


「おーい起きたか坊主?おねむの時間は終しまいだよー」

「こんなに若いのに海賊に捕まっちゃうなんて、カワイソーにねェ」


頭がふわふわして状況が飲み込めない。
ここはどこだ、何があったんだっけ。
ああそうだ、海賊を名乗る奴等に捕まって……それから?

というか……名前は、どこに。
懸命に理性を保ち、辺りを見回して、

─── 神楽は息を飲み、新八は一気に青ざめた。


神楽「名前!!」

新八「名前さんっ!!」


大きな剣先に着物の襟を引っ掛けられ、手首を縛られたまま宙吊り状態にされている名前。
気絶しているらしく、ぐったりとしたままされるがままだ。

その十数メートル先の足元は、海。
名前を剣先に吊り下げている男・蛇絡は底冷えするような無表情だ。


蛇絡「おじさんねぇ、不潔なやつと仕事の邪魔をするやつが大嫌いなんだ。もうここらで邪魔なネズミを一掃したい。お前らの巣を教えろ、意地張るってんならコイツ死ぬぞ」

新八「巣って……何の話だよ!」

蛇絡「とぼけるな!テメーらが攘夷志士だっていうのはわかってる」

「テメーらのアジトを教えろって言ってんだよ!桂の居場所を吐け!」

神楽「新八!」


ガシッと天人に髪を鷲掴みにされ、床に体を叩きつけられる新八。

どうやら自分達は攘夷志士だと思われているらしい。
そして彼らは桂を血眼になって探しているようだ。

しかし新八はボロボロになっても尚、怯まなかった。


新八「くっ…何言ってんだよテメーら。僕らは攘夷志士なんかじゃないし、桂さんの居場所なんて知らない!名前さんを離せ!ここは侍の国だぞ、お前達なんか出てけ!」


大きく新八の声が木霊し、彼の魂の叫びは空気をも震わせる。


神楽「そうアル!さっさと名前離して地球から出ていくヨロシ!」

蛇絡「侍だ?そんなもの、もうこの国にはいねぇ…」





『いますよ』





その時。
茜空に、場違いなほど明るい声が響いた。


『侍はいます。私が知ってるのは、二日酔いで仕事に来てずっとトイレに篭ってるような人だけど……でも、見ず知らずの他人の私を受け入れてくれました。あの人は……器も背中も大きいです。貴方とは違う』

蛇絡「何、を……っ!?」


宙吊りのまま、ちらりと蛇絡を振り返って、名前はフッと笑った。

夕日を吸い込んだようにキラキラと輝く、茜色の髪と瞳。
その容姿に、蛇絡はハッと息を飲む。



蛇絡「貴様、まさかっ……!!おいお前達、今すぐこのガキを捕らえろ!!」






蛇絡「このガキッ……"茜華" だ!!」






蛇絡が部下達に向かってそう叫んだ、その瞬間。
勢い良く名前の足が伸びてきて、ドゴッと蛇絡の顎にクリーンヒット。

しかしその反動で、剣先から襟が滑り落ち、名前は真っ逆さまに海へと落ちていく。


新八「名前さん!!!」

神楽「名前ーーーっ!!!」


新八と神楽の目には、その様子がスローモーションのように見えた。

茜空に飛ぶ、彼女の口元が。



『 ─── ごめんね』



そう動いたように見えてならなかった。


……その時である。




「 ─── 待てェェェ!!!」


「待て待て待て待て待てェェェ!!!!」




空間を切り裂くように駆け抜けていく影。

突然名前の姿が消えたかと思えば、次の瞬間には甲板に置かれていた積荷に物凄い音を立てて何かが突っ込んだ。




銀時「いてて、傷口開いちまったよ……あのォ、面接会場はここですか?」


銀時「こんにちは、坂田銀時です。キャプテン志望してます。趣味は糖分摂取、特技は目開けたまま寝れることです」




新八「銀さん!!」

神楽「銀ちゃん!!」

『あ……』


新八と神楽の嬉しそうな声が響く中、名前はこれでもかというほど大きく瞳を見開く。


『……坂田銀時、さん』


小さくその名を呟けば、ふと赤い瞳が名前を捉える。

海風が柔らかく髪を揺らし、ほんの一瞬だけ、彼の口角が小さく上がった。
なんだか吸い込まれそうな錯覚に陥り、銀時の顔に釘付けになる名前。

しかし彼が見据える先は、蛇絡。


蛇絡「てめェ生きてやがったのか」


表情は変えずとも驚愕する陀絡の背後で、船内から爆発が起こった。


「なんだ!?」


直後、甲板の入り口から飛び出してきた部下が慌てた様子で報告する。


「陀絡さん、倉庫で爆発が!!転生郷が!!」


どうやら船の下半分を占める倉庫に保管してある、大量に収められた麻薬"転生郷"が高熱と炎によって全て焼かれ尽くされたらしい。


桂「俺の用は終わったぞ」


さらなる追い打ちをかけるかのように、爆発の炎と煙を背に長髪を靡かせる男。


桂「あとはお前らの出番だ、銀時。好きに暴れるがいい、邪魔する奴は俺がのぞこう」

蛇絡「てめェは…桂!!」

桂「違〜〜〜う!俺はキャプテンカツーラだァァァ!!」


爆弾を握る拳を振りかぶった桂は地を蹴って飛び降りると、爆弾の怒涛を差し向ける。


「やれェェェ、桂のクビをとれェェェ!!」


桂は上手く敵達を引き付け、甲板は大乱闘状態に陥った。

そしてその場に残り対峙するのは、一人の侍と天人。


蛇絡「てめーら、終わったな。完全に"春雨"を敵にまわしたぞ。今に宇宙中に散らばる"春雨"がてめーらを殺しにくるだろう」

銀時「知るかよ。終わんのはてめーだ」

蛇絡「まだ強がるか。……だが、そこの"茜華"をこちらに渡せば、今回はお前達を見逃してやってもいい。 あの御方 ・・・・が喜ぶだろう」

『っ、』


筋肉質な腕の中で小さく息を飲み、ビクリと微かに震える華奢な体。

その感覚はもちろん銀時の腕にも伝わり、ピキッ、と銀時のこめかみに青筋が立つ。


銀時「いいか…てめーらが宇宙のどこで何しよーとかまわねー。だが俺のこの剣、こいつが届く範囲は、俺の国だ」


茜空に響く凛とした声色とは対照的に、まるで割れ物を扱うような手つきで甲板に降ろされる名前。

自身の腕から降ろした彼女を庇うように立ち、抜いた剣尖と共に蛇絡に向けるのは、どこまでも強烈な戦意と決意。



銀時「無粋に入ってきて俺のモンに触れる奴ァ、将軍だろーが宇宙海賊だろーが、隕石だろーが」


銀時「ブッた斬る!!」



まるで、本能のように。
対峙する男達が、斬撃で空間を斬り裂いた。

爆発の煙が二人を取り巻く。


蛇絡「……クク、」


名前達が息を飲んでその勝敗を見守る中、煙の中から男達が姿を現した。


蛇絡「オイ、てめっ…便所で手ェ洗わねーわりに、けっこうキレイじゃねーか…」


ドッ…と力尽きた蛇絡が倒れ込む。
軍杯が上がったのは、日ノ本の侍であった。









新八「アー、ダメっすね。ホント、フラフラして動けない」

神楽「日ぃ浴びすぎてクラクラするヨ、おんぶ」


心身共に疲労している二人の申し出に、銀時の目がつり上がった。


銀時「何甘えてんだ腐れガキども、誰が一番疲れてっか、わかってんのか!二日酔いのうえに身体中ボロボロで頑張ったんだよ、銀さん!」

新八「僕らなんて少しとはいえ、ヤバイ薬かがされたんですからね!」

神楽「そうあるヨ。しかも名前なんて海に落とされるところだったアル」

『うっぷ、なんか…思い出しただけで胃もたれが…』

銀時「てめーのそれはこの間のキングチーズ牛丼だろうが!まだもたれてんのか、胃年齢いくつだよ!」


つきあってられねぇから先に帰る、と三人に背を向ける銀時。

が、数歩歩いたところで振り返り、


銀時「いい加減にしろよ、コラァァァ!!上等だ、おんぶでもなんでもしたらァ!!」


痺れを切らしてやけくそで叫ぶ。
その瞬間三人はドドドドッと物凄い勢いで走り出し、新八は銀時の背中に飛びつき、神楽は銀時の右腕に抱えられ、名前はそんな三人の横に並んだ。


銀時「元気爆発じゃねーかおめーら…」

神楽「銀ちゃん。私ラーメン食べたくなってきたヨ」

新八「僕、寿司でいいですよ」

銀時「バカヤロー、誕生日以外にそんなもん食えると思うなよ」

『私はケチャップ食べたいです』

銀時「祝い事じゃなくても単体で食べないからね、調味料だからねそれ。ったく、重てーなチクショッ…」


ツッコまれて、ふふ、と小さく笑う名前。

大きな溜息をついた銀時だったが、隣を歩く女の柔らかい表情を見て、自身の左手を差し出した。


『?』

銀時「オイ、おめーも体調悪いんじゃねーのか」

神楽「名前ー、銀ちゃんが手繋ぎたいって言ってるアル」

銀時「言ってねーよ!!掴まっとけっつってんの!!」

新八「素直じゃないなー」

銀時「ハイ、これでお前を支える分の腕無くなったからな新八。てめーは自分の膂力と脚力だけで掴まっとけ」

新八「急な苦行を強いられたんですけど!?」





銀時「オイ、何突っ立ってんだ。早く帰んぞ」





驚いて思わず立ち止まっていた名前にもう一度、茜色の夕日に染った左手が差し出される。



『……はい、坂田銀時さん』



新しい帰る場所と仲間ができた喜びを噛み締めながら、名前はその大きな手を握った。





桂「……フン。今度はせいぜい、しっかりつかんでおくことだな」






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