茜空に飛べ! | ナノ


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─── もう何日この状態にされているのだろう。

少しでも手足を動かせばジャラジャラという金属音がする。
もう聞きたくないくらい耳障りな音なのに、体とは怖いものでその音や拘束されている感覚に慣れ始めている。

 
ここは狭くて、酷く暗い。

私はこの間、兄と一緒に見知らぬ天人に捕まり、突然この中に閉じ込められた。
今が朝か夜かわからないから、あれが何日前のことだったのかもわからない。
時々ガタガタと大きく揺れているから何かの乗り物に乗せられているのだと思う。


食事は必要最低限で、しかもお粥だけ。足りない。足りなすぎる。お腹が空いて力が出ないし、実はお粥が嫌いだから余計な負担まで心にかかっている気がする。

手足には枷が付けられていて、その枷は壁に繋がれているから下手に体を動かせない。
しかも奴らは用心深いようで、私と兄の手首を縄で縛ってから手枷を付けやがった。


それでもなんとか兄とお互いに励まし合いながら、どこへ連れて行かれるのかわからない不安を紛らわせていた。
幸い私も兄も、体と心はかなり頑丈だから何とか耐えられた。
 

そもそもどうしてこんな状況にあるのか。
それはきっと、私と兄の体質に理由があるのだろう。


私は人間ではなく、天人だ。見た目は人間と全く大差ないのだが、その体質は大きく人間と異なっている。

私と兄は『茜華』という種族の天人で、この血を引く者は治癒能力が並外れている。
体を切断されたらさすがに終わりだけど、骨折しても一瞬で骨がくっつくし、刀傷だって瞬きをする間に塞がる。

身体能力も元々高い種族だから、訓練すれば不死身に近い兵士にもなれる一族だ。
心臓を刺されるか、首と胴体を切り離すかしない限り、死なない生命体なのだから。


きっとあいつらは、私たちの血を使って人体実験をしようとしているのだと思う。
何日か前に、採血がどうとかいう話をしていたからだ。
だから私は兄と、あいつらには絶対血をやるものかと心に誓った。
 

だけどその兄は昨日、どこかへ連れて行かれた。
「お兄ちゃんを離せ」と怒ったら天人に殴られた。酷い、抵抗できない女を殴るなんて。
手足の自由が利くようになったら奴らの金〇を潰してやろうと誓った。

 
『お兄ちゃん、大丈夫かな』


不安が思わず零れた。
もし何か酷いことをされていたらどうしよう。

でも、兄は私なんかよりもずっと強い。
連れて行かれるときに足枷は外されていたようだった。
足さえ自由なら、兄は多勢に無勢でもなんとか切り抜けられると思う。

そうでも考えていないとやっていられない。
いくら不屈の精神を持つ私でも、心が折れてしまそうだった。
 

そんな時だった。

───カシャン…

聞き慣れない音がして、手足が軽くなった。
ハッとして見れば、手首と足首の枷が外れている。

一体何事だろう?勝手に外れるなんて。
だけどこれは、神様がくれた絶好のチャンスかもしれない。
兄を探し出して、ここから逃げよう。
手首を縛っている縄が邪魔だけど、このくらいどうってことない。


立ち上がればふらりと眩暈がした。
この数日間、トイレに行くとき以外は立てなかったしご飯もお粥だけだったから当然かもしれない。
それでも私は力を振り絞って、不用心にも(私からすればラッキーなことに)開いている扉から逃げ出した。
 


……でも、そう簡単にはいかなかった。

この乗り物の構造を把握しているわけではなかったので、すぐに見張りに見つかった。
途端に追いかけっこが始まる。

それでも不幸中の幸いというべきなのは、この乗り物の扉は自動ドアが多いということだ。
だから手が使えなくてもあちこちへ逃げることができる。

とにかく走っては部屋に入りを繰り返したおかげで、今は大勢の敵に追いかけられている。
今は奴らと逃走中状態だ、マジでハンター多すぎる。
そしてテレビの逃走中はこんなに命懸けじゃないし、賞金だって貰えるのに。

神様、兄を見つけ出して奴らから逃げきれたら1億円ください。
そんな願いを込めて、私は視界に入った自動ドアの前に立つ。


だけどドアが開いた瞬間、ものすごい突風に襲われた。
 
───ここは、空の上だった。

私が乗っていたのは飛行船で、どうやらドアの向こうは甲板らしい。
吹き飛ばされそうだったけれど後ろには奴らがいるし退くに退けなくて、私は甲板に飛び出した。
 

「待ちやがれ、小娘!」
 

誰が待つもんか。

今あいつらに捕まったら終わりだ。
逃走を図った危険人物とみなされて、すぐに血を抜かれるなり何なりされるに決まってる。
だけどもう、残された逃げ道は一つしかなかった。

見据える先は、夕日と雲。
 

『……ごめんお兄ちゃん、助けてあげられなくて。先に天国に逝く妹を許してね。お兄ちゃんはまだ来ちゃダメだよ、来るのは100年後くらいにしてね。あ、その時は100年分のケチャップとステーキのお土産をお願いします』
 

思い浮かんだままに最期の言葉を口にする。
自分でも「何だこのヘンテコな遺言」と思ったが、この追い詰められた状況では感動的な言葉も出てこない。
いや、むしろこの状況にしては割と感動的な方だと思う。
 
そして、奴らがこちらに手を伸ばしてくるよりも早く。
大きく息を吸って腹を括り、私は空の中へと身を放り投げた。


茜色の空が、眩しい。



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