茜空に飛べ! | ナノ


2

─── ドンドンドンドンドンッ


玄関の扉を強く叩く音が響き渡った。
誰だ、こんな朝っぱらから。


『ん?新八くんですか?』

銀時「新八はあんなに乱暴なノックしねえよ、あんなエ〇サもビビってドア開けそうなノック」

『そうですよね、雪だるま作るテンションじゃないですよねあれ。借金の取り立てみたいな勢いですもんね』

銀時「そうそう、借金の……あ」


分かった、ババアか。
家賃の取り立てに来たんだな。
ったくこんな朝っぱらから……。


『えっ、もしかして坂田銀時さんも借金あるんですか?同じですね、私たち』

銀時「いやそこで共通点見つけないでほしいんですけどね。っていうか俺の場合借金じゃねえし。なぁちょっとお前、行ってきて。「坂田銀時さんはいません」って言ってきて」

『えっ、嫌ですよ怖いですよ。黒スーツにサングラスのマッチョな男が10人くらいいるんでしょう?』

銀時「いやそんなマフィアみてえな組織じゃねえから。都会に偏見持ちすぎだよお前、下に住んでる大家のババアだよ」

『えっ、ここ賃貸だったんですか?』

銀時「そうだよ、だから朝ごはんをババアに襲撃されたくねえならちょっと行ってきて」

『「坂田銀時さんはいません」で引き下がってくれるんですか』

銀時「まあ、お前が行けば可能性はある」

『あっ、そうなんですね。じゃあ行ってくるので坂田銀時さんは火見ててもらえますか』

銀時「はいよ」


これで今回はやり過ごさなければ。
アイツちょっとアホっぽいけどよく喋るから口は達者そうだし、何とか誤魔化してくれるだろう。

味噌汁を混ぜていると、玄関から声が聞こえてくる。


『おはようございます。すみません、坂田銀時さんはいません』

お登勢「……なんだい、アンタ。銀時が連れ込んだ女かい」

『いえ、(総悟くんに)連れ込まれた女です』


おい何言ってんだアイツ、バカなのか。

多分俺じゃなくて沖田君に連れ込まれた女って意味だろうけど、傍から聞けば俺が無理やり連れ込んだみたいになるじゃねえか。


お登勢「はぁ?何やってんだいあの男は、家賃も払わずに!」

『えっ、坂田銀時さん家賃払ってないんですか』

お登勢「そうだよ、もう数ヶ月分溜まってんだ。あんた、あの男に騙されてるよ。あんな男やめときな」

『でも私、昨日従業員にしていただいたんです』

お登勢「従業員?なんでそんなことになってんだい」

『色々ワケありで。あとごめんなさい、大家さんがいるだなんて知らなくて挨拶に伺えませんでした。それより、坂田銀時さーん!家賃滞納はさすがにダメじゃないですかー!?』

お登勢「なんだい、銀時いるのかい」

『あっ』


……ダメだ。あいつアホだ。

これ以上誤魔化してもらうのは無理だろうとため息を吐きながら玄関に向かえば、申し訳無さそうに眉を下げているアイツと、眉を釣りあげて舌打ちをしているババアがいた。

対照的すぎるだろコイツら。


お登勢「銀時、あんた何やってんだい!!何も知らないこんな純粋な娘を誑かして!!」

銀時「うるっせーよ朝から叫ぶんじゃねえババア!!大体コイツはそんなんじゃねえわ、ワケあってうちで預かることになったの!!」

お登勢「ワケってどういうワケだい」

銀時「真選組の奴らに頼まれたんだよ、金貰っちまったんだから仕方ねえだろ!帰る場所も金もねえっていうし、行方不明の兄貴探してるっぽいし」

お登勢「はぁ?なんでそんな大変なことになってんだい」

銀時「ンなの俺が聞きてえよ……」


ババアから呆れたようなため息が返ってきた。
そりゃそうだろう、俺だって未だに信じ難いことばっかりだし。

誘拐されて空から落ちてきた少女が警察に保護されて万事屋に売られるとか、どんなストーリー?盛り込みすぎだろ色々と。


『大家さん、家賃はこれで足りますかね』


そんな声が聞こえて目線を隣に向ければ、いつの間にか封筒を持ったアイツがいた。
沖田君が置いていった、金の入ったあの封筒だ。


銀時「バッカ、何持ってきてんの!?しまってこい早く!!」

お登勢「なんだい、金あるじゃないか」

銀時「ちっげーよこの金は使えねえんだよ!コイツは真選組がうちに売ってきたんだぞ!その時の金なんだよ!」

お登勢「はあ!?今の警察ってのはそんなに腐ってんのかい!ふざけんじゃないよ!」

銀時「俺に怒んなよ!だから使えねえんだよこの金は!何かあった時のために取っておくの!!」

『でも昨日すき焼きに使いましたよ』

銀時「すき焼きはノーカンなんだよ、これ世間の常識な」

『あ、そうなんですね』

お登勢「ンなわけないだろ何がノーカンだ!なんでも世間の常識にすんじゃないよ!」


急いでアイツの手から封筒を取り上げる。

ああもう、朝からめんどくせえ。
口やかましいババアと、ボケてんのか素なのかよく分からねえコイツのせいで、色々とややこしくなってきそうだ。


銀時「とにかく!コイツはもうウチで預かることにしたから!はい、もう解散!!」

お登勢「勝手に解散させんじゃないよ!」

銀時「しょうがねえだろ、こんな騙されやすそうなガキをこんな無法地帯の町に放り出せるわけねえだろうが!」

お登勢「…………それはまあ、確かに言えてるね」


ババアとコイツの会話を聞いててわかった、コイツはとんでもなく騙されやすいガキだ。
そしてかぶき町に最も向いていないタイプの奴だ。

おそらくコイツはすぐにキャッチに捕まるだろうし金はボラれるだろうし、変な風俗の呼び込みに捕まって無理やり低賃金で働かせられるかもしれない。
コイツは顔が良いから余計に。

ゼェゼェと息が切れる勢いでまくし立てれば、ババアも納得してくれたようだ。
コイツが1人で生きていくには、かぶき町は危険すぎるんだ。


お登勢「……とりあえず、事情は分かったよ。その金も大目に見る。あんた、それは大事に取っとくんだよ」

『あ、そうですか?ごめんなさい、ありがとうございます』

お登勢「来たばかりで帰る場所も無いなら色々必要な物もあるだろう。銀時、あんたちゃんと面倒見てやるんだよ。家賃も今月分は大目に見てやるから」

銀時「おう、助かるわ」

お登勢「まあ、来月まとめて請求するけどね」


そうだと思った。
とりあえず今月の支払いは免れたし、今日の所は良しとするか。

そう思い、台所に戻ろうとした時だった。


『あの、大家さん!』


アイツがババアを呼び止めた。

おい、まさか「申し訳ねえから家賃払う」とか言わねえだろうな!?
この金は生活費にしようと思ってたのに!!

コイツがとんでもないお人好しで騙されやすいことは分かったからギョッとして振り返ると、アイツはババアに声をかけて話を進めていた。


『どこか、いいバイト先ありませんか?私、身分証明とかできなくて、それでも雇ってもらえる所がいいんですが。私、真選組の方々にお金を借りてて、返さなきゃいけないんです。時給安くても全然構わないので』


ああ、なんだその話か。
とりあえず、金の話は終わったらしい。

しかし、ババアの気が変わらねえうちに金をしまおうと、その場を離れようとした時。


お登勢「……だったら、ウチで働くかい」

銀時「はぁ!!?」


アイツよりも先にデカい声が出た。
ちょっと待てババア、何考えてやがんだ!?


銀時「オイふざけんな、何のためにこっちで預かってると思ってんだ!コイツに飲んだくれのジジイ共の相手なんかさせられるかよ!」

お登勢「なんだい銀時、あんた随分過保護じゃないか」

銀時「かっ…!?」


過保護?過保護なのか俺は。

いや別にそんなんじゃねえ。
コイツがあまりにも騙されやすいし、その辺の変なオッサンにホイホイとついて行きそうだから。

……自分でも、なんでこんなにコイツが心配になるのかはよくわからねえが。
そのうち詐欺に遭いそうで、なんだか放っておけないだけだ。


『えっ、大家さんの所で働かせてもらえるんですか!?』

銀時「おい……」


ああもう、こうなったらダメだ。
もうコイツは俺が何を言ってもババアの所で働くだろう。


お登勢「ちょうど人手が足りなくて困ってたんだよ。大丈夫さ、見たところ真面目そうな子じゃないか」

銀時「だからこそなんだっつーの…」

お登勢「別に心配はいらないよ、ウチはそういう店じゃないからね。もしそういう輩が来ても、あたしが目を光らせてれば手なんて出せたもんじゃないだろうよ」

銀時「……」

『ぜひ!ぜひ働かせてください!私、家事なら一通りできます!接客はやったことないですけど、何でもします!』

お登勢「ああ、十分さ。決まりだね」

銀時「……ああ、わかったよ。けどよ、本当に頼むぞマジで……」

お登勢「ったく随分信用無いねえ。何年あの店やってると思ってんだい」


……まあ確かに、俺の目の届かねえ所にやるよりはマシか。

『坂田銀時さん、いいですか!?』とキラキラと目を輝かせながら聞いてくるもんだから、それに押されて頷けば、アイツは文字通り飛び上がって喜んだ。


お登勢「名乗るのが遅れたね、あたしゃお登勢ってんだ」

『苗字名前です!精一杯働くのでこれからよろしくお願いします!』

お登勢「ああ。とりあえず、夕方から夜の10時くらいまで頼もうかね」

『はい!今日から行ってもいいですか?』

お登勢「なんだい、もう来てくれんのかい?そりゃ助かるねえ。じゃあ15時頃下に来ておくれ、今日は仕事の説明するから」

『わかりました、15時に伺います!』

お登勢「あいよ、待ってるからね」


ババアはそう言うと、ヒラヒラと手を振りながら階段を降りて行った。

ついに正式にコイツのバイト先がスナックお登勢に決まったらしい。
正直不安は拭い切れねえが。


銀時「おい、いいか?オヤジ共に飯奢るって言われてもゼッテーついて行くんじゃねえぞ!口説かれても無視しろよ!?」

『大丈夫ですよ坂田銀時さん。こんな子供相手にするような人はいないでしょう』

銀時「どっからくるのその自信!あのね、君は知らないかもしれないけどね、世の中は若い姉ちゃんが好きな男が八割を占めてんの!」

『それもこの世の常識ですか?』

銀時「そう、常識!すき焼きノーカンくらいメジャーな常識!そんでジジイの絡み酒ほどめんどくせぇモンはねえからな!変に相手すんなよ!」

『そうなんですね、覚えておきます。あ、大変、お味噌汁……』


おい、本当に分かってんのかコイツは。
さすがに呑気すぎやしねえか。

つか、なんで俺がこんなに気を揉んでんだ。

パタパタと台所に戻っていくアイツを見て、俺は大きな溜息を吐いた…。

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