銀桜録 新選組奇譚篇 | ナノ


2

─── 名前が京を出てから十五日後。
いつの間にか月をまたぎ、十二月となっていた。


名前「……つ、着いた……!!」


目の前に広がるのは懐かしの故郷、江戸の町。
名前の暮らしていた試衛館からはかなり離れた土地だが、飛び交う東言葉や人々の雰囲気はやはり懐かしいものがある。


山崎「体は大丈夫か?」

名前「はい、全然!まだまだ歩けます!」

山崎「そうか……」


山崎が名前の体を心配するのには理由がある。
どうやら名前は獣道に慣れていないようで、この道中に五回も派手に転んでいるのだ。
時には石に躓き、時には道端の花に気を取られ、時には飛び出してきた蛙に驚いて。
柔術を心得ているのが幸いして受け身をしっかり取れており、運良く大怪我を負うことはなかったのだが。

しかし彼女が派手に転ぶ度に、山崎は肝を冷やしていた。
というのも、山崎は土方から「道中は名前を守ってやってくれ」と頼まれているのである。
局長の妹である名前にもし何かあれば、山崎は近藤達に合わせる顔がない。
元気よく歩く名前は、そんな山崎の気苦労など知らないことだろう。

だが、ゆっくりしている時間はない。
名前と山崎は、早速雪村綱道の家を探し始めた。
村までは特定できているため、あとは家を探すだけなのである。
町の人に聞けば蘭方医の雪村の家はそれなりに有名なようで、案外すぐに家は見つかった。


名前「御免下さーい!」


辿り着いたのは比較的大きな家。
『雪村』という表札があるので間違いないだろう。
しかし、人の気配がない。


山崎「……やはり、留守なのだろうか」

名前「うーん、でもおかしいですね、奥さんか娘さんがいるはず……御免下さーい、どなたかいらっしゃいませんかー!?」


もう一度声を張り上げてみるが、やはり反応はなかった。
中から物音が一切聞こえないのである。


名前「御免下さーい!!」

「どうかしたのかい?」


突然後ろから声が聞こえた。
振り返ると、不思議そうに此方を見ている女性がいる。


名前「あ……もしかして、ご近所の方ですか?」

「ええ、隣に住んでいる者だけど……」


これは運が良かった。
近隣の家にも聞いてみる予定だったので、手間が省けたのである。


名前「本当ですか!?あの、実は私たち、雪村綱道という人を探して京から来たんです。ここ何日かで見かけたりしてませんか?」

「さぁ、見てないけどねぇ……綱道先生なら今年の春頃に京へ行った筈だけど、帰ってきたなんて話は聞いてないわねぇ。来てたら分かると思うんだけど」

名前「そうですか……」


やはり、此処にはいないらしい。
ちらりと山崎の方を見れば、山崎も少々厳しい顔をして話を聞いていた。


名前「では、雪村千鶴さんというのは……」

「千鶴ちゃん?綱道先生の娘さんよ、ちょうど貴方と同じくらいか少し下くらいの歳の」

名前「娘さんでしたか。千鶴さんは此方にはいらっしゃいませんか?」


すると、名前の質問に返ってきた答えは驚くべきものであった。


「千鶴ちゃんなら、二日くらい前に京へ向かったわよ」

名前「えっ、京へですか!?」

「ええ。ちょうど貴方みたいに、男の子の格好をしてねぇ」


やはり一瞬で名前が女である事は見抜かれているが、驚きのあまり名前の耳にその言葉は入ってこなかった。
まさか、京へ向かったとは。
それも二日前……一足遅かったらしい。


「もしかして入れ違いになっちゃった?」

名前「どうやらそのようですね……」

「まあ、それはお気の毒に…。戻る時は道中に気をつけるのよ」

名前「はい。ご親切にどうもありがとうございました」


女性が家へ帰っていったのを確認してから、名前は大きな溜息を吐いた。


名前「うわー参ったな、入れ違いかぁ……」


十五日もかけてきたというのに、呆気なく望みは砕かれてしまった。
肩を落とす名前に、山崎も珍しく苦い顔を浮かべている。


山崎「……いないものは仕方ない。それに綱道氏の御息女が京へ向かったのならば、俺達も戻って見つけ出さねばならない」

名前「そうですよね、綱道さんの事を何か知ってるから京に行ったのかもしれないですし」


江戸に到着して早々に、京へ戻るという事で意見が一致した。
観光に来ているわけではないのだ。


名前「一応土方さんに文で報告しましょう。あと、念の為もう少し聞いて回りませんか」

山崎「そうだな。文は俺が書こう、近藤君は先に聴取をしていてくれ」

名前「わかりました、よろしくお願いします」


素早く役割を分担して、それぞれのやるべき事に取りかかる。
性格は真逆でも己のやるべき事を瞬時に見極められるこの二人は、仕事の捗る組み合わせなのかもしれない。
到着してから僅か二刻程で、名前と山崎は江戸を出立したのであった。

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