銀桜録 新選組奇譚篇 | ナノ


1

文久三年 十一月下旬。


土方「 ─── あ?今何つった?」


土方の眉間に皺が寄り、ギロリと鋭い視線が向けられる。
彼の視線を受けたのは名前である。
しかしそれはいつもの事だからかそんな事は全く気にならない様子で、名前はケロッとして答えた。


名前「ですから、私が江戸に行ってきましょうかって言ってるんです」


今は幹部会議の最中。
周りにいる者も皆、驚愕や困惑の表情を浮かべている。
だが勿論、名前がなんの脈絡もなく唐突にそんな事を言い出したわけではない。
しっかりと言い出すまでの過程があった。

幹部会議では毎回巡察の報告が行われており、その度に警戒すべき箇所や見回りを強化すべき箇所が話し合われる。
その時に決まって組長達から告げられるのは、「今日も雪村綱道に関する手がかりはなかった」という内容。
今日もそれは例外ではなかった。
すると、全員からその発言を聞いた名前が「私、江戸に行ってきましょうか」と発言したのである。


名前「だっておかしいじゃないですか、こんだけ毎日聞き回っても手がかり一つ掴めないなんて。綱道さんがいなくなったのは八月の下旬ですよ、もう京にはいないとしか思えません」


というのが名前の意見であった。


永倉「それはまあ、有り得ねえ話じゃねえが……だからって、なんで江戸なんだ?」


皆の意見を代弁してくれたのは、永倉であった。


名前「綱道さんの診療所で火事があった時に、奥さんか娘さん宛ての文を見つけたの。そこに江戸の住所が書いてあった。だから江戸に戻っている可能性も無いわけじゃないと思うの。少しでも可能性があるなら、早めに確認を取りたい。取り返しのつかないことになる前に」


成程、と皆は考え込んだ。
名前の言う事は確かに一理あるのである。


山南「……確かに、名前さんの言う通りですね。江戸の方も確認は取っておくべきかと思います」

近藤「うむ……そうだな」

藤堂「でもさ、だからってお前が行かなくても……誰か他の隊士に行かせればいいんじゃねえの?」


藤堂の言葉に、名前は首を横に振った。


名前「綱道さんを探すとなると必然的に変若水が絡んでくる、機密が漏れてないか確認しなきゃいけないし。だから幹部にしか出来ない。でも、皆は組長だから巡察もあって簡単には京から離れられないじゃない。その点私なら融通が利く。江戸なら土地勘もあるし、綱道さんとの面識もある。行くなら私が適任だと思う」


畳み掛けるような正論。
しかし、皆の反応は厳しいものだった。


沖田「だとしても君は駄目。危険すぎるよ、女の子の一人旅なんて」


次に皆の意見を代弁したのは沖田であった。
皆が渋っている理由はそこなのだ。

京から江戸まで十三日から十五日はかかり、かなりの長旅となる。
道中で追い剥ぎに遭うのは珍しい事ではない。
その他にもどんな危険が潜んでいるか分からないし、男だろうが女だろうがお供を付けるのが普通だ。
それが、一人旅なんて。


名前「え、大丈夫だよ。だって男装してるし」

土方「全く男を装えてねえから言ってんだよ」

名前「そりゃ、皆には私が女だっていう先入観がありますから。面識もない人がすれ違いざまに見たらわかりませんよ」

「「「「「それはない」」」」」

名前「そんな否定する!!?」


名前は衝撃を受けているが、こればかりは他の皆が正しい。
名前は何処の店に行っても「お侍さん」ではなく、「お嬢ちゃん」と呼ばれるのである。
名前を男だと勘違いしたのは今のところ井吹だけ。
そして彼ですら、「女みたいな顔の男だ」と名前の性別を出会った時から既に疑っていた。
そのくらい分かりやすいのである。


名前「……だけど、動けるのは私しかいないじゃないですか」

近藤「……う、む……しかしなぁ……」

名前「お願いします、兄様。江戸へ行かせてください」


名前の頼みとなれば何でも聞くであろう近藤も、こればっかりは頷けないようであった。
名前の言い分も沖田の言い分もどちらも正論だからこそ、結論を出せないのである。
ましてや、大切な妹を一人旅に易々と送り出せない。
だが、一度言い出した名前の頑固さは折り紙付きだ。

困り果てた近藤が助けを求めるのは、やはり土方である。
それまで何か考え込んでいた土方だが、スッと目を開いて名前を見据えた。


土方「……分かった。名前、お前には江戸に行って綱道さんを探して来てもらう」

名前「っ!本当ですか!?」

沖田「待ってくださいよ、土方さん!本気で言ってるんですか!?」

土方「落ち着け、総司。勿論一人では行かせるつもりはねえ。山崎を同行させる」


成程その手があったか、と。
それは、その場にいる者の殆どが納得のいく案であった。
山崎烝は監察方だが変若水の事情を知る数少ない一人だ。
綱道とも面識があり、剣術の腕も申し分無い。
ただ、彼は大坂出身で江戸には土地勘が無いため、そこは名前の出番というわけである。

自分の主張が認められて、名前はパッと瞳を輝かせた。


名前「ありがとうございます!頑張って探してきます!!」

土方「ああ、頼んだぞ」

近藤「名前、道中にはしっかり気をつけるんだぞ」

名前「はい!必ず生きて戻ってきます!」


こうして、名前は江戸に出立する事になった。
しかし「山崎君が行くくらいなら僕が行く」と今度は沖田が言い出してここからまた一悶着あったのだが、「お前がいない間誰が一番組をまとめるんだ」と土方に一喝され、結局結論は変わらなかった。

そしてその翌々日には、名前は綱道探しの為、山崎と共に江戸へ向かったのである。

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