銀桜録 新選組奇譚篇 | ナノ


1

二条城での警護から数日が経過した、ある夏の日の事。

今日千鶴が巡察に同行しているのは、斎藤率いる三番組。
勿論名前も千鶴の護衛で同行していた。


名前「暑い……」


蒸し暑い。
京の夏は三度目だというのに未だ慣れない。
これからこの暑さがまだまだ続くと考えるだけで溜息を吐きたくなる。


名前「一君…何か涼しくなるようなお話とか、ない…?」

斎藤「……となると、一つしかないが」

名前「…………ごめんやっぱり今のなし!なんでもない!」


夏に涼しくなるような話と言えば ……"怪談"、それしかあるまい。
名前が最も苦手とする類いのものだ。

慌ててブンブンと首を横に振る名前を見て、千鶴がくすくすと笑っている。
斎藤も白い襟巻の下で、小さく口角を上げた。


斎藤「……そうか。この後、ところてんでも食べに行かぬかと思ったのだが……いらぬ世話だったか」

名前「……えっ、ところてん!?怪談じゃなくて!?いやちょっと待って、行く行く!行くに決まってるよ!」


斎藤からすれば、隣でころころと表情と反応を少女がおかしくて仕方がない。

あれなんだか、からかわれている…?
まあ、いいか。ところてんが食べられるし。


名前「ねえ、ところてんだってよ千鶴ちゃん!千鶴ちゃんも一緒に ─── 」


そこまで言って、はたと言葉を切った。
千鶴がいない。
さっきまで隣にいたはず、一体どこに。

一瞬にして背中に冷や汗が伝いながらもサッと辺りを見渡して、


千鶴「貴方達!何故か弱い女子供に暴力を振るおうとするのですか?町人を守ってこその侍でしょう!?」


ああいた、あんな所に。

一人の女の子が小さな子供を庇って数人の浪士達と睨み合っており、彼女らを庇うように千鶴が飛び出して行ったところであった。


「なんだと、このっ……!!」


刀を振り上げる浪士達。
考えるよりも先に足が動く。
そしてそれは斎藤も同じであった。


千鶴「……名前ちゃん、斎藤さん!」


一瞬にして浪士達の背後に回った二人は、あっという間に彼らを峰打ちで全員気絶させた。
どさりと倒れる男達に、千鶴は目を見張る。


斎藤「安心しろ、峰打ちだ。無茶をするな」

千鶴「す、すみません。つい、咄嗟に……」

名前「もう、びっくりしちゃったよ。駄目だよー、勝手に飛び出して行っちゃ」

千鶴「う、うん……ごめんね」


優しくて正義感の強い千鶴だから、放っておくことが出来なかったのだろう。
名前も似たような部分があるので気持ちはわからなくもないが。


?「そうよ?私一人でも大丈夫だったのに」

千鶴「えっ?す、すみません……」


すると、助けようとしたはずのその子にまで何故か咎められ、千鶴は戸惑いながらも頭を下げる。
千鶴と名前達を見て、にこりと笑う女の子。


?「でも貴方勇気があるのね、浪士相手に立ち向かうなんて。ありがとう!」

千鶴「い、いえ!助けたのは斎藤さんと名前ちゃんで……」


今度は丁寧に頭を下げられ、千鶴はというと、急に褒められて困惑しているのかおどおどしながら首を横に振っている。


?「ふふふ、謙遜なんてしなくていいわよ!これも何かの縁だと思うし仲良くしましょうね、女の子同士!」

千鶴「えっ!?」

?「あ、もしかして内緒だった……?」


"女の子同士" という発言に身を強張らせる千鶴。
彼女の男装は比較的わかりやすいから仕方あるまい。
女の子は千鶴の様子に、申し訳なさそうに肩を竦めていた。

そして、ふと思い出したかのように言葉を続ける。


?「ところで、貴方お名前は?」

千鶴「……雪村千鶴です……」

千「よろしくね、千鶴ちゃん!私の事は、"千" って呼んで?」

千鶴「……千?お千ちゃん?」

千「うん!」


千と名乗るその女の子は、気持ちのいい程に朗らかな女の子だった。
千鶴も緊張が解けてきたのか、その表情は先程よりも柔らかい。
なんだか微笑ましい二人の様子をそっと見守っていた名前だが、そんな彼女をお千の瞳がぱちっと捉える。


千「ねえ、貴方の名前も伺ってもいい?」

名前「……えっ?あ、私は近藤名前っていいます」

千「近藤……名前ちゃん、ね」


その時、なぜかお千の視線は名前の首元へと僅かに移動した。
それを見逃さなかった名前もつられるように自分の首元を見て、あっ、と小さく声を上げる。
先程動いた際に、また水晶が着物から飛び出てしまったらしい。


千「……あら、ごめんなさい!じっと見ちゃって。綺麗な首飾りだなと思って」

名前「あっ、ううん!ありがとう、私のお守りなの」

千「お守り……そう、すっごく素敵ね」


……気のせいだろうか。
一瞬、お千の瞳に影が差したように見えたのは。

内心首を傾げる名前と穏やかな笑みを浮かべる千鶴に、お千は再び温かな笑顔を向けた。


千「じゃあまた会いましょうね、千鶴ちゃんに名前ちゃん!」

名前「あっ、うん!またね!」


軽く手を振りながら、着物の裾が翻るのも気にせずに走って去っていくお千。
可愛らしい女の子だ、とその背中を見つめていると、くいっと軽く着物の袖を引っ張られる。

そちらに視線を向ければ、なんだか不安気な顔の千鶴が名前と斎藤を見上げていた。


千鶴「あの……私の男装って、そんなに分かりやすいですか?……前に名前ちゃんにも一目で気付かれたこともありましたし……」

名前「わあ、なんかそれ懐かしいね!」


あの時の事を気にしていたのか。
千鶴と初めて出会った日の事を思い出し、名前はからからと笑う。

一方で、斎藤は千鶴の姿を頭から爪先まで眺めて小さく微笑んだ。


斎藤「……さあな」

千鶴「そ、それはどういう意味ですか?あの、斎藤さん!?」


そのまま歩き出した斎藤の曖昧な返事に戸惑いながらも、その後を追いかける千鶴。
名前も笑いながらその浅葱色の背中を追った。


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