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─── その瞬間、火蓋は切られた。
土方と風間の刀身がぶつかる。
ギリギリと、今にも白刃が折れてしまいそうな力強い剣戟であった。
名前も隙を見て風間に一太刀浴びせようとするが、如何せんその隙が全くない。
名前「っ、兄様達を呼んできます!」
時には多勢に無勢。
此方の人数が増えれば、"鬼" とやらもひとたまりもあるまい。
しかし。
天霧「これ以上、よそ者を立ち入らせるつもりはありません」
名前「っ!」
行く手に立ち塞がったのは、一体腕に何を仕込んでいるのか、素手で刀を受け止めるという男。
大の男が放った攻撃ですら、その強靭な肉体は鋼鉄のように刃を通さない。
名前にとっては、あまりにも相性が悪すぎた。
斎藤「待て。貴様の相手はこの俺だ」
名前「一君!」
名前を天霧から隠すように、斎藤が素早く入り込んでくる。
斎藤「下がっていろ、名前。奴らの目的はあんただ、下手に動かぬ方がいい」
名前「……うん、わかった」
背中越しに、彼が小さく笑ったように見えたのは何故だろう。
天霧「退いてはいただけませんか?禁門の時と同様、私には君と戦う理由がない」
斎藤「生憎だが……俺は、あんたと戦う理由がある」
低い声で牽制しながら、斎藤は名前を巻き込まぬように天霧と間合いを取る。
こんな緊迫した状況だというのに、名前の目には、あの日の白銀の世界が重なって見えた。
斎藤「彼女に、手を出すな」
名前が初めて斎藤に出会ったあの日から、その背中は何一つとして変わっていない。
天霧「あくまで邪魔をするつもりですか。…いいでしょう」
互いの構え。
雫一つ落ちない水面のように静かで、しかし凄まじい殺気だった。
ごくり、と唾を飲み込む名前。
次の瞬間、月の陰りが彼らの均衡を崩す。
月が隠れた刹那、闇夜に閃光が走る。
天霧「……今ので仕留めるつもりだったのですが、ね」
斎藤「……お互い様だ」
すぐに差し込む月明かり。
その時には既に、互いが一戦を交えた後であった。
どちらも無傷。
両者共に、互いの一撃を躱したようだ。
天霧「……これ以上の戦いは無意味ですな。長引いて興が乗っても困るでしょう」
拳を下ろして先に臨戦態勢を解いたのは天霧の方であった。
斎藤に語りかけながらも、彼の視線の先は不知火である。
不知火「それ、オレ様への当てつけか?こう見えても引き際は心得てるつもりだぜ。興が乗ると止まんねェのは、むしろ……」
風間「……確かに、これ以上の長居は無駄か。あくまで今日は真偽を確かめに来ただけだからな」
不知火の視線に気づいた風間は口角を上げる。
斎藤「むざむざ逃すとでも思っているのか?」
風間「虚勢はやめておけ。貴様らはまだしも、騒ぎを聞きつけて集まった雑魚共は何人死ぬか知れたものではないぞ」
ただの挑発で言っているわけではない。
彼らには、その力量がある。
刀を交えた土方達が、それを誰よりも理解していた。
3つの影が、紅の瞳が、闇夜に溶けていく。
風間「近いうちに、迎えに行く。待っているがいい」
殺気と好奇に背筋をなぞられる感覚。
それが消えた瞬間、全身から汗が汗が吹き出し、どっと疲労が押し寄せた。
斎藤「っ名前、」
ふらりと大きく傾いた名前の体にいち早く斎藤が手を伸ばし、ゆっくりと地面に座らせる。
名前「あ、ありがとう…」
原田「名前、大丈夫か?怪我はねえか?」
名前「うん、みんながいてくれたから……」
力無い声で、それでも笑顔を見せる健気な名前に、原田は彼女の頭を撫で、斎藤は彼女の体を支えた。
土方「……ったく、お前だけじゃなく雪村も狙われてるってのか。一体なんだってんだよ……」
以前風間と不知火は、名前の首飾りを狙うような発言をしていた。
その理由は未だに不明だが、今度は首飾りを持っていない千鶴まで目を付けられた。
奴等は何が目的なのか。
謎はますます深まるばかりである。
名前「……」
警護の任務を終え、隊列を組んで屯所へと向かう最中も、名前は悔しくてたまらなかった。
剣を握ってから何年が経った?
剣と共に行き、近藤達の為に命を使うと決めたあの日から、もう何年が経った?
まだ自分一人では、何もできないのか。
斎藤「……名前」
ギリッと強く唇を噛み締める名前に気づいたのか、たしなめるような声で彼女の名を呼ぶ斎藤。
ハッとして名前が顔を上げれば、美しい蒼色と目が合う。
名前「……あ、……」
これ以上、斎藤に情けない姿を見せたくない。
咄嗟に笑顔を張り付ける。
名前「えっと……きょ、今日は本当にありがとう、いっぱい助けられちゃったなぁ」
斎藤「……いや、礼には及ばぬ」
静かな夜。
ざくざくと、自分達が砂利を踏んで歩く音がやたらと大きく聞こえる。
名前「……そういえば、」
ふと自分の足が、雪降る江戸を歩くかつての小さな自分の足と重なって見えた。
名前「さっきね、あんな状況だったのに昔を思い出しちゃったの。一君が試衛館に来る前に、助けてもらった時」
斎藤「……ああ、懐かしいな」
足元を見る名前とは対照的に、斎藤は月を見上げていた。
その視線が今、偶然にも重なり合って。
斎藤「あんたは、強くなった」
小さく息を飲む。
名前が少し落ち込んできることに気づいた斎藤なりの、労いの言葉であった。
鼓動が早くなる。
名前「……ありがとう、一君」
だから自分は、彼が好きなのだと。
月夜に照らされたその優しい背中を見て、思わずにはいられなかった。
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