銀桜録 新選組奇譚篇 | ナノ


1

沖田「山南さん、僕です。入ってもいいですか」


ええどうぞ、と返事をすればするすると襖が開く。
山南は振り返り ───
ぎょっとして目を見開いた。

そこには、数冊の分厚い本を抱えた沖田と斎藤。
そしてその間からひょっこりと顔を覗かせたのは。


名前「お邪魔します!」

山南「名前、さん……」


数冊の本を抱えた少女が、にひっと歯を見せて笑った。


山南「な、何故……」

沖田「本のお引越しだそうですよ」

山南「ひ、引越し……?」

名前「だって、山南さんと読むって決めた本がこんなに溜まってるんですよ!いや〜由々しき事態だ、半年はかかるなぁこりゃ」


近藤の口調を真似たのか、妙な言い回しをする名前に、斎藤が俯きながら僅かに肩を震わせた。
沖田は隠すこともなく、くつくつと笑っている。


沖田「じゃ、僕達はこれで」

斎藤「失礼致します、総長」


本をどさりと畳の上に置くなり、2人はすたすたと部屋を出て行った。
沖田に至ってはひらひらと手を振りながら。

部屋に残るは山南と名前。
山南があからさまに言葉に詰まるのは珍しい。
それほどに、彼は動揺していた。

続く沈黙の中で、口火を切ったのは名前である。


名前「山南さん、もう私に会わないつもりだったでしょ」


山南が苦い表情を浮かべる。
図星だ。

腕を組み、目の前で仁王立ちをする彼女は、今の山南には大きく思えた。


山南「私は……貴方に合わせる顔がありませんから。貴方ももう、私には関わらない方がいい」

名前「そんな悲しいこと言わないでください。私は合わせる顔ありますよ、百面相できるから百面くらい」


ぶふっと廊下で吹き出す声が聞こえた。
沖田の声だ。
恐らく誰かが部屋の近くを通らぬよう、沖田と斎藤がそのまま見張っているのだろう。

しかし山南は苦しげに眉を顰めるだけ。


山南「……覚えていないのですか。私は貴方を殺しかけたのですよ、他でもない私のこの手で……」

名前「もちろん覚えています」

山南「ならば何故……私に関わるのです?私は、取り返しのつかないことをした」

名前「いいえ。だって私、生きてますから」


そっと山南の前に腰を下ろし、名前は居住まいを正した。


名前「私が考えるあの場での「取り返しのつかないこと」は……私と貴方が死ぬことだったと思います。肉体ではなく、心が」


だからあの時、私言ったでしょう?

真っ直ぐな目で言い放った名前に、山南はハッと息を飲む。

あの時彼女は、言っていた。
失いかけた理性の中に、息も絶え絶えの彼女の言葉は飛び込んできた。

─── 「生きて」、と。


名前「私も貴方も生きています。心が生きています。私は私のままだし、山南さんも山南さんのままです。心が生きてりゃなんとかなります。絶対にできることがある、根本は何も変わっちゃいないから。……こう思う私は、間違っていますか」


名前は山南に教えを乞うた。
彼を、人生の師匠として。


山南「……いいえ。今の私にはとても嬉しい言葉です。ですが……貴方に手をかけた事実は変わりません」

名前「それはそうです、過去は変えられませんから。だから……変えられない過去を悔いるより、せっかくなら今を生きませんか。またみんなで、一緒に。後悔しないように」


その方がよっぽど楽しいじゃないですか。
花のように明るく、名前は笑った。

─── "今を生きろ"。
それは浪士組時代、山南が名前にかけた言葉。
それが今、山南に返ってきた。

表向きは死んだことになった者に対して、彼女は「一緒に生きよう」と笑いかけてくれる。
どんなに拒んだとしても、手が繋がるまで手を差し伸べ続けてくれる。


山南「私は……何度、貴方の言葉に救われるのでしょうね」


切なげに、しかし穏やかな顔で笑う山南の言葉には、棘などもう見る影もない。


山南「本当に申し訳ないことをしました。言葉だけでは謝り足りません、なんと詫びれば良いか…」

名前「いいえ。山南さんがいてくださるだけで十分なんです、みんなそう思ってます。人生の師を失いたくありません」


彼女はこれからも、その眩しいくらいに真っ直ぐな言葉で、誰かを生かしていくのだろう。


名前「生きててくださってありがとうございます、山南さん」


少なくとも自分の心は、彼女の存在に生かされていた。

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