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千鶴「 ─── 失礼します。名前ちゃんは……」
近藤「……おお雪村くん、皆も……見舞いに来てくれたのか」
此方を振り返る近藤の顔には、いつものような覇気が無い。
その隣で黙りこくっている土方でさえも。
彼らの視線の先には、布団に横たわる名前の姿がある。
閉じられた目。
彼女の首には包帯が巻かれていた。
その痛々しい姿に息を飲み、きゅっと苦しげに眉を寄せたのは千鶴だけではない。
原田「……まだ、目は覚めてねえか」
土方「……ああ」
名前の意識が戻らぬまま、二日が経とうとしていた。
この間に山南は正気を取り戻し、腕も治っている。
しかしそれはつまり、彼がもう人間ではなくなったことを意味していた。
そして近藤の計らいにより、ついに千鶴にも変若水が絡むこの事態が打ち明けられた。
彼女の父、雪村綱道が関わっているということも。
二日間で、目まぐるしい程に変わってしまった新選組。
これが良い方に転ぶか否か、定かではない。
そして小さな呼吸を繰り返しながら横たわる彼女だけ、時が止まっている。
土方「……ったく、夢の中でどこほっつき歩いてやがる……」
近藤「名前は昔から散歩が好きだからなぁ……」
原田「でもこいつ、方向音痴だからよ。夢の中で道に迷ってんじゃねえか」
永倉「そうだな、きっとそうさ。もう暫くすりゃ……」
こんなふうに冗談でも言っていなければ、嫌な方へと考えてしまう。
眠り続ける名前を見る皆の目は、新選組とは思えぬほど力無い。
近藤「……山南くんの様子はどうかね?」
井上「今は部屋にいるよ」
沖田「昨日会ってからずっとですよ。ずっと部屋に籠ってます」
近藤「そうか……少し様子を見に行かねばな」
山南は変若水を飲んだ。
彼はもう、日の下では生きていけない。
新選組は山南の意思を尊重し、彼を死んだものとして扱うこととした。
しかし山南がこの部屋に一度も足を運んでいないのには、他にも理由がある。
土方「……合わせる顔がねえとよ、此奴に」
大切にしていた、可愛がっていた妹分。
薬のせいで正気を失っていたとはいえ……彼女の首を、絞めた。
原田「……俺が山南さんの立場でも、同じことを考える」
永倉「ああ」
彼自身、名前を殺しかけてしまった自分にショックを受けているのだろう。
会いたくない。会えない。
山南の気持ちは、痛いほどにわかる。
それでも、きっと名前ならば。
藍色の髪から覗く蒼い瞳は、眠る名前をじっと見つめていた。
斎藤「……名前は、」
それまで険しい顔で沈黙していた斎藤が口を開き、自然と彼に視線が集まった。
斎藤「……名前はいつも、人の本質を見ている。例え総長がどんな姿になろうとも、彼女にとって総長は総長のまま、何も変わらぬはずだ」
誰もが、斎藤に見入る。
土方ですら切れ長の目を一瞬見開いて、驚いたように蒼色の瞳を見つめていた。
斎藤が誰かを語るなど、珍しいことであったから。
だがその言葉で、全員の顔に希望の色が漲る。
原田「……そうだな。名前ならな」
永倉「山南さんが無事だと知ったらきっと、10冊くらい本持って部屋に突撃するだろうよ」
土方「違えねえ」
千鶴「ふふ」
なんだかその光景が目に浮かぶようで、ほんの少しだけ空気が和む。
また以前のように、彼女の笑顔を見たい。
太陽のように明るくて、優しい笑顔を。
だから早く目を覚ましてほしい。
全員の思いが、強くひとつになった時であった。
名前「……ぅ……」
小さく聞こえたうめき声。
ハッとして横たわる名前を見る。
一瞬だけ彼女の眉間に、微かに皺が寄った。
近藤「名前っ……!!」
近藤がその名を呼び、小さな手を握る。
一人一人がゴクリと息を飲む音が大きく聞こえる程に、緊迫した時間が流れた。
名前「……もう、たべられない……むにゃ……」
「「「……は???」」」
一人残らず、全員の目が胡麻粒のような点になる。
近藤「名前……?お、起きているのか?目が覚めたのか?」
名前「……おすし……」
永倉・原田「「ブフッ」」
いち早く限界が来た者が二名、鼻水を飛ばす勢いで吹き出している。
寝てる。
これは確実に、彼女は眠っている。
よく耳をすませば、すぴーすぴーと寝息も聞こえるではないか。
近藤は少し安堵したように、だが困ったように眉を下げて小さく笑った。
隣で斎藤は切れ長の目をぱちくりとさせており、土方は大きなため息をついて肩を落とす。
土方「ったく……早く起きろ、馬鹿野郎」
くか〜と小さく口を開けて眠る名前。
呆れたように呟きながらも、彼女の前髪を整える土方の手は、兄が妹を想う親身の情に溢れていた。
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