銀桜録 新選組奇譚篇 | ナノ


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その後、伊東と幹部は簡単に顔合わせを済ませた。
「これからどうぞ宜しくお願いしますね」とにこやかな笑みを向けてくる伊東であったが、やはりその笑みは近藤とは違うと誰もが思っていた。
いかにも計算高そうな笑顔だったのである。

そして現在、近藤と伊東、そして土方と山南の四人は歓迎の意を込めて小さな宴を開いていた。


名前「(行きたくないなー……)」


名前は、部屋の前で大きな溜息を吐いた。
宴の席の準備の際には何とか鉢合わせにならずに済んだのだが、今回ばかりはそうはいかない。
さっさと酒を届けて、さっさと退室したいところである。


名前「失礼します。追加のお酒をお持ちしました」


襖を開けて頭を下げ、なるべく人(特に伊東)と目を合わせないように酒を運ぶ。
しかし。


近藤「おお、名前!ありがとう。丁度良い所に来たな、伊東殿に今一度挨拶をしなさい」


……捕まってしまった。
思わぬ飛び火に顔が引き攣ってしまったかもしれない。
チラリと土方の方を見れば、さっさとやれとばかりに此方を睨んでいる。
対する伊東はじっと名前の方を見ていた。


伊東「……まあ。貴方、女性でいらして?新選組は女性でも入れるような組織でしたのね、存じ上げませんでしたわ」


何かを探るような目付き。
それは好意的なものではない。
"何故お前のような者が此処にいるのか" と。
伊東はそう言っているのだ。
名前は勿論の事、新選組自体を軽視するような、そんな発言であった。
何とも鼻につく、遠回しな言い方である。
試衛館の面々と一緒にいると、こういう人間もいるのだということを忘れてしまう。

こんな時、自分は周りの視線を気にしない性格で良かったと名前は心底思う。
気にしない性格というのは元々ではなく、慣れているが故なのだが。
変わり者扱いされるのは日常茶飯事。
この程度の嫌味では、怒りっぽい名前も動じないのである。

しかし、伊東の言葉でピシッと空気に亀裂が入った。
土方が鋭い目付きで伊東を睨んでいるのである。
それを察知したのか、近藤が慌てた様子で割って入った。


近藤「ああ、伊東殿!実は彼女は俺の妹でして」

伊東「……あら。そうでしたの?」


目をぱちくりとさせて名前を見る伊東。
名前はにこりと笑みを作った。


名前「先程も申し上げましたが、改めて名乗らせて頂きます。近藤勇の妹、近藤名前と申します。何卒よろしくお願いいたします」


余計な事は一切話さず、ただただ丁寧に頭を下げて接する。
名前の商売経験が元となっている、付き合い辛い者との接し方である。


伊東「まあ、そうでしたのね。近藤局長を慕ってご参加なされたのかしら、とてもお兄様思いな妹さんですわね」


嫌味にしか聞こえない。
彼にそのつもりがあったとしてもなかったとしても、彼の言葉には裏があるように感じてしまう。
"兄離れの出来ない妹か" と。
近藤は近藤で伊東の嫌味には気づかず、「働き者で心優しい、自慢の妹です」などと嬉しそうに話している。
今すぐにでも退室したいと考えていた名前だが、少し言い返したくなってしまったのも事実だ。


名前「お言葉を返すようで申し訳ありませんが、伊東さん」


名前はゆっくりと頭を上げる。
焦茶色の目は、真っ直ぐに伊東を見据えていた。


名前「何の考えも無しに参加した訳ではございません。兄達の夢を叶える為、兄達の手足となる為に私は此処にいます。これは私が望んだ道にございます。己が成すべき事を成す為、私は新選組に参加しております。どうかその点だけは誤解のなきよう、お願いいたします」


名前の視界の端で、土方が小さく笑みを浮かべているのが分かった。
よく言った、とでも言いたげな満足気な笑みであった。
彼は根っからの喧嘩屋だからだろう。
一方伊東はというと、まさか言い返されるとは思っていなかったのか驚いたような表情を浮かべている。


伊東「……成程。私としたことが、それは失礼しました。随分しっかりした妹さんですわね」


それでも差程堪えていない様で、切り替えの速さと切り返しの適切さは流石というべきか。
しかし、これで名前がただの女ではないという事を伊東に知らしめる事が出来たはずだ。
同時に伊東からは嫌われただろうが。

これ以上自分が此処に居ては空気を悪くしてしまうと判断した名前は、もう一度頭を下げてからさっさと部屋を出る。


名前「……っ、!!?」

沖田「しっ」


しかし部屋を出るとすぐそこには、壁に張り付くようにして立っている沖田に永倉、原田、斎藤がいた。
どうやら様子見(という名の盗み聞き)に来ていたらしい。
気配の消し方は流石は組長というべきか、外に出るまで全く気が付かなかった。
部屋の外に出るなりいきなり顔を突き合わせてしまったものだから思わず声を上げそうになったが、何とか堪えて襖を閉めたおかげで土方達にバレる事はなかった。


名前「……ああ、びっくりした!」


ある程度部屋を離れてた所で、名前は息を吐き出す。


沖田「いきなり出てこないでよ、びっくりするじゃない」

名前「いやそれ私の台詞なんだけど」


「何してたの」と聞けば、全く悪びれる様子もなく「盗み聞き」と返ってきて、名前は思わず苦笑いを零した。


原田「お疲れさん。どうだった?」

名前「なんか、私の中の何かが吸い取られた気分」

原田「なんだそりゃ」

名前「めちゃくちゃ疲れるってこと」

原田「あー……それはそうだろうな」


「よく頑張ったな」と頭を撫でてくれる原田も、名前が持っていた空の徳利が乗せられた盆を何も言わずに持ってくれる斎藤も、どちらも優しい。


永倉「にしてもさっきのは傑作だったな!名前、よく言い返した!」

原田「だな。思わず拍手しちまいそうになったぜ」

名前「確実に嫌われたけどね……」


波風は立てたくなかったのだが、どうしても我慢出来なかった。
永倉達は賞賛してくれたが、この点が自分はまだ子供だと名前は思っている。
以前よりはマシになったとは思うが、やはり頭に血が上りやすいのだ。
良く言えば感情表現が豊かだが、悪く言えば短気である。


斎藤「……あんたは伊東さんに近付かぬ方がいいだろうな」

名前「うん、私もさっきので実感した。合わないだろうなーとは思ってたけど……あの人の事苦手だ、私」


名前がここまで露骨に苦手意識を持つのも珍しい。
基本的に名前は誰にでも人懐っこいのだが、伊東に関しては本能的に近付いてはならないと何故か思ってしまうのである。
これから彼が生活を共にするのかと思うと何だか先が思いやられて、名前は小さな溜息を吐いたのであった。

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