1
─── 元治元年 十月某日。
近藤「伊東殿、お待ちしておりましたぞ!」
伊東「これは局長自らの御出迎え、痛み入ります」
新選組に新たな仲間が加わった。
以前から話に上がっていた伊東甲子太郎という人物である。
その日、彼は屯所にやってきた。
近藤とは攘夷の面で一致して入隊することになったのだという。
近藤と土方が伊東とその弟子達を出迎えている様子を、名前達は物陰からこっそりと窺っているのだが。
永倉「あれが伊東甲子太郎か。一刀流の免許皆伝らしい」
名前「……うわぁ、土方さんが凄く嫌そうな顔してる。珍しい」
原田「そうか?無表情……っつーか、いつも通りの険しい顔じゃねえか?」
名前「いや、あれは違うよ。確かに無表情だけど、"無理" って言ってるもん、目が」
原田「……よくわかるな、お前」
にこやかに伊東を出迎える近藤とは対照的に、無表情を貫いている土方。
彼が伊東を警戒しているのは遠くからでも見え見えである。
しかし、名前とて土方の気持ちがわからないわけではない。
見た限り伊東は……今まで会ったことのないような部類の人物である。
いかにも何か裏がありそうな笑顔をしており、腹の底では何を考えているのか分からない目をしている、と名前は思う。
名前「(総ちゃんの腹黒さを、さらに黒くしたような感じ……?)」
そんなことを思っていると、コツッと頭を小突かれた。
名前「いたっ!ちょっと、急に何するのよ」
沖田「なんか、失礼な事考えてる気がしたから」
名前「えっ、何でわかったの」
沖田「やっぱり考えてたか」
沖田は人の心が読めるのだろうか。
名前は小突かれた所を擦りながら、再び伊東達に目を向ける。
斎藤「伊東さんは尊皇攘夷派の人間と聞いたが……よく新選組に名を連ねる気になったものだな」
原田「長州の奴等と同じ考えってことか。そんな人間が俺等と上手くやれるのかねぇ……」
伊東は一刀流の免許皆伝で道場主でもあり、藤堂がその道場の門人なのだという。
その縁で新選組に入隊してもらうのだが、やはり皆、伊東の入隊には思うところがあるようだ。
ちなみに藤堂は隊士募集の為に数ヶ月前から江戸に出向いており、未だ其方に滞在している。
山南「伊東さんは学識も高く弁舌に優れた方ですよ」
そんな声が聞こえて振り返れば、いつの間にか名前達の後ろに山南が立っていた。
どうやら彼女らの会話を聞いていたらしい。
山南の言葉に、原田は再び伊東に視線を向ける。
原田「へぇ……じゃあ山南さんは知り合、……」
原田が山南に何か言いかけたが、その時にはもう既に彼はその場を去っていた。
永倉「……山南さん、最近益々愛想無いよな」
山南の去っていた方向を見ながら、永倉がぽつりと呟いた。
確かに最近の山南は、以前よりも目が虚ろで雰囲気も益々暗くなったように見える。
原田「ああ。ここんとこ滅多に話もしねえし……まあ、元々無駄口叩くような人じゃねえけどよ」
斎藤「……名前。あんたは時々総長の部屋に出入りしているようだが……」
名前「うん、本の解説を聞きたくて。だけど最近は断られちゃうことも多いんだよね……」
以前山南が食事を取らなくなった時、かなり無理やりではあるが彼の壁を破壊した名前。
今でも声をかければ返事は返ってくるし、歴史を教えてほしいという理由で山南の部屋を突撃する事もある。
しかしそんな彼女にすらも、最近の山南は冷たい態度を取るようになってきていた。
振り返ってみれば、伊東を隊に引き入れたいという話が出始めた頃からだったかもしれない。
名前「……げ」
斎藤「如何した」
名前「土方さんが凄い顔でこっち見てる」
その言葉に皆して土方の方を見れば、伊東を笑顔で屯所内に引き入れる近藤とは裏腹に、土方は般若のような顔で名前達を見ている……というか、睨んでいる。
沖田「……こっちっていうか、名前じゃない?」
永倉「ご指名だぜ、名前」
名前「え、私?なんだろう」
斎藤「……局長達はこの後、伊東さんを歓迎して宴を開くそうだが」
名前「あ、じゃあそれだ。さっさと準備してお酒持って来いって事か。うわー、嫌だなぁ…」
土方の視線の意図を理解した名前だが、珍しくその顔は晴れない。
かなり渋い顔である。
原田「珍しく嫌そうだな」
名前「うーん、まあね……私は伊東さんとはちょっと合わないと思うんだよね……」
斎藤「何故」
名前「……女の勘?」
なんだそれは、と言いたげな顔で斎藤は名前を見ている。
そんな二人を見て、沖田がくつくつと喉を鳴らして笑った。
沖田「まあ、分からなくもないかな。あの人、絶対名前とは真逆な性格だろうし」
名前「だよねぇ。伊東さんって、絶対私みたいな人間は好きじゃないと思う」
永倉「外面が良いってのも大変だな、こんな時に駆り出されてよ」
名前「同情するくらいなら代わってほしいな」
永倉「おっと、隊士達の稽古の時間だった」
名前「あ、狡い」
伊東の話が上がってからというもの、どうにも嫌な予感が拭えないのである。
名前は溜息を吐いて、炊事場へと向かったのであった。
<< >>
目次