銀桜録 新選組奇譚篇 | ナノ


1

名前「 ─── ちょっと土方さんどういう事ですか!!千鶴ちゃんに怪我させるなって言いましたよね!?」


朝からキャンキャンと犬のように噛みついてくる名前に、土方は大きな溜息を吐いた。

事の発端は昨日である。
昨晩は各々で後処理を行っていたため、帰りは組ごとにばらばらだった。
原田が率いる十番組と彼と行動を共にしていた名前は、土方組よりも先に屯所へ到着した。
そこから名前は、留守番をしていた藤堂達と共に負傷者の手当てをしていた。

すると暫くしてから土方組が到着したのだが、彼と一緒に居た千鶴の着物は腕の部分が破けており、包帯が巻かれていたのである。
それを見た瞬間、ブワッと一気に名前から殺気が放たれた (藤堂曰く「視線だけで五人は射殺せるくらいの殺気」で、千鶴も震え上がる程だったという)。
ひとまずその時は怪我人の手当てが優先であったため、その場では何も言わなかったのだが。
禁門の変から一夜明けた今日、こうして名前は目を吊り上げているのである。


土方「ったく、朝からうるせえなお前は……」

名前「んなっ、うるさいとはなんですか!!千鶴ちゃんを保護するって決めたのは貴方でしょう!?女の子一人守れないでどうするんですか、男が廃れますよ!!」


まるで火山が噴火したかのような勢いで怒る名前。
正直、こればっかりは土方も反論出来ない。
人手が足りなかったのは事実であり、名前を無理やり公家御門へ向かわせた。
彼女の腕を見込んでの判断だった。
だがその結果、千鶴に怪我を負わせてしまう事になったのである。


名前「一体何処のどいつですか、千鶴ちゃんを傷付けたのは。絶対許せない、嫁入り前のあんな可愛い女の子に。地球の果てまで追い詰めて千鶴ちゃんに土下座させてやる」

土方「おい、落ち着け。いいからとりあえず座れ」


彼女ならば、千鶴の為に本当に敵を追いかけてやりかねない。
土方が座るように促せば、名前はどかっと乱暴に座り込んだ。
そもそも、彼女を呼んだのは土方である。
まあ、呼ばなくても彼女の仕事部屋は土方の部屋なので必然的に顔を合わせる事にはなるのだが。


名前「というか、一体何があったんですか。土方さんも新八さんもいたのに」

土方「……話っつうのはその事なんだがな」


土方は、昨日何があったのか、どうして千鶴が怪我をしてしまったのかを詳しく説明した。

昨日、長州兵を追って天王山へ向かおうとしていた土方達の前に立ち塞がる男が居た。
その男は池田屋事件の際に沖田と名前に怪我を負わせた男だったという。
その男と斬り合いになり、千鶴が怪我をした隊士を庇ったところ、彼女自身も怪我を負ってしまったのだという。

土方は、別に言い訳をしようと思って事情を説明しているのではない。
これを名前にわざわざ伝えたのは、それなりの理由があるからだ。


土方「其奴がな、『近藤名前はいないのか』ってしつこく聞いてきやがったんだよ」

名前「私が……?」


その言葉に、名前は眉を顰めた。


土方「お前、何か余計な喧嘩吹っ掛けたりしたんじゃねえだろうな」

名前「そんな事出来るわけないじゃないですか、こっちは全治三日の全身打撲状態にされてたんですよ」

土方「じゃあ、何たって奴がお前を気にしてんだ」

名前「そんなの、」


私が知りたいですよ、と言いかけて名前は言葉を切った。
風間という男と、不知火という男に言われた言葉を思い出したからである。


名前「……すみません、やっぱり心当たりありました」

土方「あ!?阿呆かお前は、何しやがったんだ」

名前「ちょっ、勝手に私が何かしたって決めつけないでくださいよ!」

土方「なら説明してみろ、何があった」


これは、どこから話すべきだろうか。
とりあえず、まずは不知火という男の存在から伝えた方がいいかもしれない。


名前「……昨日、池田屋で会った男の知り合いらしい人が長州の中にいたんです」

土方「なんだと?」

名前「不知火匡って名乗ってました。鉄砲を持った、なんだか異様な雰囲気の男です。長州兵が逃げる時間稼ぎをしていました。そして池田屋の男は "風間" というみたいです」

土方「……風間、か」


土方は腕を組んで考え込んだ。
昨日の斬り合いを思い出しているのだろう。
只者ではない男だった。


名前「……その風間っていう人も不知火っていう人も、私の首飾りに目を付けているみたいなんです」

土方「首飾り?お前が昔から付けてるあれか?」

名前「はい」


首飾りを首から外し、土方に手渡す。
その水晶を、土方はじっと見つめていた。


土方「……紋が彫られてるだけで、特段変わったもんにも見えねえけどな」

名前「そうですよね?二人して雪月花の紋がどうたらって言ってきたので、何なのかなって」

土方「……つうかお前、これは何処で手に入れたんだ?近藤さんから貰ったのか?」


その問いに、名前は静かに目を伏せた。


名前「……分からないんです。女衒に連れられてる時には既に身につけていました。それよりも前の事は覚えてないので……」

土方「……そうか」

名前「……風間って人にも言われたんです、何処で手に入れたんだって。でもあの言い方は、これが何なのか知ってるような言い方でした。もしかしたら、これは凄く高価な物で…私が盗んだ物なのかもしれません。記憶が無い間に」


そう言って、名前は自嘲するような笑みを浮かべた。
酷く悲痛な表情だった。


名前「もしかしたら私、泥棒だったのかも」

土方「お前はやらねえよ、そんな事は」


呆れたような、そんな声で土方は勝手に断言した。
有り得ないとでも言いたげな声だった。
名前は目をぱちくりと瞬かせて土方を見る。


名前「……だって、記憶が無いんですよ。それまで何してたかなんて分かったもんじゃないし」

土方「だとしてもお前は盗みなんざしねえよ。お前はそもそも、そんな事は思い付けねえ奴だ。お前はお人好しだからな、どんなに食うのに困ったって人の物を盗んで売り払おうなんざ考えも付かねえよ」

名前「……なんで言い切れるんですか、そんな事」

土方「何年もお前といるからだ」


当たり前のような口調で言い切った土方に、名前は呆気に取られた。
同時に、ツンと鼻の奥が痛くなる。


土方「……もしかしたら、お前と血の繋がった親御さんの形見なのかもしれねえな」


そう言って土方は首飾りを名前に返す。
名前は、土方の顔を見る事が出来なかった。
今にも涙が零れてきそうだったからだ。
「ありがとうございます」という言葉も顔を背けて言ってしまい、随分と素っ気ないものになってしまった。


名前「……わ、たし、……今日炊事当番なので先に買い出し行ってきます」

土方「おう、すっ転ぶなよ」

名前「余計なお世話ですっ……」


恐らく、泣きそうになっているのは土方にはバレているだろう。
土方の言葉が嬉しくて泣きそうになって、だがそれでも素直に伝えられなくて、耐え切れなくなった名前は部屋を飛び出したのであった。

きっと、あれが鬼の副長が好かれる理由なのだ。
救いになる言葉をさりげなく掛けてくれる。
だから何度喧嘩をしても嫌いになれないし、寧ろ尊敬して止まない相手なのだ。

じんわりと潤んだ目元を拭い、名前は屯所を飛び出したのである。

<< >>

目次
戻る
top
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -