銀桜録 新選組奇譚篇 | ナノ


3

公家御門では、蛤御門から移動して来たらしい所司代と長州兵達が戦い続けていた。
担がれている間は不貞腐れて暴れていた名前だが、その光景を目にするなり瞬時に顔を引き締める。
切り替えの速さは流石である。


原田「名前、俺より前には出るな」

名前「了解!」


直前にそんな言葉を交わし、原田と共に名前は最前線へと飛び出した。
向かって来た長州兵を原田が槍で一突きにすれば、敵にはどよめきが走る。


原田「御所へ討ち入るつもりなら、まず俺を倒してから行くんだな!」

名前「此処から先は、一歩たりとも通しません!」

「お、おのれ……!」

原田「死にたい奴からかかってこいよ!!」


各々の武器を構えて立ちはだかる原田と名前は所司代達よりも鬼気迫るものがある。
それを見た長州兵は忌々しそうに顔を歪めた。


「くそっ!新手……その服は新選組か!?」

「怯むな!突き進め!!」


怒声が響き、乱戦が始まった。
しかし御所の防御側に新選組が加わった為か此方が圧倒的に有利になり、あっという間に長州兵を押し返していく。


「最早ここまでか……退け!!」

「逃がすな!追え!!」


長州勢と所司代の怒号が混ざり合っている。
新選組と所司代は、逃がすまいと長州兵を追いかけた。

しかし、その時である。
バァンッと腹の底に響くような音が鳴った。
刹那、所司代のうちの一人がばたりと倒れる。
砂煙の間から、一人の男の姿が露わになった。
名前達の前に立ちはだかるその男の手には、硝煙を上げる銀の筒。
あれは、鉄砲か。


?「……なんだァ?銃声一発で腰が抜けたか?」


武士とは遠い異様な風貌で、高く結い上げられた髪とあまり見かけぬ着物が印象的なその男。
刀は差しておらず、手には銀色の鉄砲。
他の長州兵とは明らかに雰囲気が違う。


?「光栄に思うんだな。てめぇらとはこの俺様が遊んでやるぜ?」


ぎろりと、菖蒲色の瞳が名前達を睨んだ。
その瞬間、名前はぞわりと鳥肌が立つのを感じた。
池田屋であの謎の男に会った時に感じたものと、同じような感覚だった。


原田「遊んでくれるのは結構だが、お前だけ飛び道具を使うのは卑怯だな」


原田が役人達を掻き分けて最前線に出た。
名前もその後に続いて男の前に立ちはだかる。
男と目が合い、その瞬間にその場は糸がピンと張りつめたような殺気に包まれた。


?「あ?卑怯じゃねえって。てめぇこそ長物持ってんじゃねえか」


男が言い終わるのと同時に突っ込んで行ったのは原田である。
槍の鋒が男の顔目掛けて空を切った。
難なく避けたその男へ間髪入れずに迫るのは、名前の剣だった。
瞬時に男と距離を詰めて逆袈裟に斬りかかるが、やはり躱される。
男は常人とは思えぬ身のこなしであった。


?「てめぇらは骨がありそうだな。にしても突っ込んでくるか、普通?」

名前「生憎私達は、"普通" じゃないので!」

原田「小手先で誤魔化すなんざ、戦士としても男としても二流だろ?」


不敵な笑みを浮かべて言い返した名前と原田に、男はヒュオッと口笛を吹く。
面白いものを見つけた、とばかりに男は口角を上げた。


不知火「……俺は不知火匡だ。お前らの名乗り、聞いてやるよ」

原田「新選組十番組組長、原田左之助!」

名前「新選組副長補佐、近藤名前」

不知火「……あ?近藤?」


名前が名乗ると、不知火という男はピクリと反応を見せた。
菖蒲色の瞳がじっと名前を見ている。


不知火「……へぇ、お前が近藤名前か」


その視線は殺気というよりも、好奇に近い。
じろじろと、舐めるように名前の姿を観察する不知火。
その視線が不快で、名前は眉を顰めた。


名前「……何?」

不知火「ん?風間がな、お前の事を話していたんだよ」

名前「風間……?」

不知火「池田屋で会ったろ?金髪の男だ」


池田屋、金髪の男。
はっきりと脳内にその姿が浮かび、名前はハッとして息を飲んだ。


原田「……名前、何か知ってんのか?」

名前「……多分あの人が言ってる "風間" っていうのは、池田屋で総ちゃんに怪我をさせた人だよ。ついでに私にも」

原田「何だと?」


名前の話を聞いた原田は目を吊り上げて、キッと不知火を睨み付ける。
その瞳には怒りの色が浮かんでいた。
しかしそんな視線はものともせずに、不知火は好奇に満ちた目で言葉を続けた。


不知火「彼奴が『面白い女に会った』って話すもんだからよ、どんな奴かと思ったが……成程な、雪月花紋か」


名前は眉を顰めて、咄嗟に首飾りを着物の中に仕舞い直す。
しかし不知火にはしっかりと見られてしまったようで、彼はニィと不敵な笑みを浮かべていた。

ざわざわと胸騒ぎがした。
不知火といい風間といい、何故この首飾りに目を付けるのだろう。
これが一体何なのか分からない。
彼等が何を知っているのか分からず、怖かった。
しかしその瞬間、名前の視界は浅葱色でいっぱいになった。


原田「おい、俺の妹分を勝手に口説いてんじゃねえよ」

名前「っ!左之さん、」


名前の前に立つのは原田である。
彼は名前を背中に隠すようにして、不知火の前に立ちはだかっていた。


不知火「あ?口説くわけねえだろ、そんな餓鬼。ま、俄然興味は湧いてきてるけどな」

原田「……不知火だったな。お前、この討ち入りは失敗するってわかってたんだろ?」

不知火「まァな。御所へ突入するにしちゃあ、こっちの人数が足りな過ぎんだろ?」


一瞬戦いはしたものの、不知火の目的が長州兵を逃がす為の時間稼ぎである事は、原田も名前も疾っくに気付いている。
名前達の役目は御所の防衛である。
恐らくもう長州兵達は逃げてしまっただろう。
よって今はもう不知火と戦う意味がないのだ。


原田「逃げた連中はこのまま見逃してやるよ。俺達の仕事は、御所の防衛が第一だからな」

不知火「……命拾いしたな、てめえら」


互いに武器を下ろした。
しかし未だ殺気は放ち続けており、緊迫感が名前達を包み込んでいる。


不知火「新選組……原田に近藤。次は殺すぜ。俺様の顔、しっかり覚えとくんだな」


不知火の瞳には強い殺意が現れていた。
吐き捨てるようにそう告げた彼は、塀を軽々と飛び越えてその場から姿を消してしまったのである。
どっと一気に全身から汗が噴き出した。


原田「……大丈夫か?」

名前「あ……うん。ありがとう」


庇ってくれた事に対して礼を言えば、原田は困ったように眉を下げた。
そして名前の顔に片手を伸ばすと、むにっと彼女の頬を摘み上げた。


名前「いひゃ、」

原田「顔色悪いな」


原田に心配そうに顔を覗き込まれる。
彼の手が頬から離れ、名前は摘まれた部分を擦りながら首を横に振った。


名前「大丈夫だよ。ただ……池田屋で会った風間って人にもこの首飾りがどうとか言われたから、何なんだろうなって」

原田「高価なもんなのか?」

名前「……分からない。小さい頃からずっと持ってるから……」


名前は真っ直ぐに不知火が立ち去った方向を見つめていた。
その表情は戦場に相応しく引き締まったものだったが、焦茶色の瞳だけは微かに揺れている。
すると、原田の大きな手がポンと名前の頭に乗った。


原田「心配すんな。お前にもその首飾りにも、あんな奴らには指一本触れさせねえよ」

名前「……ありがとう、左之さん」

原田「ま、そもそもお前に手ェ出そうもんなら斎藤が黙っちゃいねえだろうよ。不知火って奴も命拾いしたな」


「斎藤が此処に居たらこんなもんじゃ済まねぇだろうよ」と原田は笑っている。
何故斎藤なんだと首を傾げる名前だったが、原田はそのことに関してはそれ以上何も言わなかった。
その代わり、彼が何処か遠くを見ている事に名前は気付く。
その視線は、長州兵達が去って行った方角に向けられていた。


名前「……左之さん?」

原田「……しかしな、今更逃げて何処まで行けるんだろうな」


長州兵の事だろう。
原田の表情からは笑顔が消えており、悲しげな色が浮かんでいた。


原田「このまますんなり長州まで帰れっこねえ。これからが大変だろうぜ……」

名前「……そう、だよね」


長州までの道のりは長い。
その間敵に追われ、逃げ惑う事になる。
逃げ延びられればかなり運の良い方で、殆どが命を落とす事になるだろう。
それが負けた者の運命である事は、名前も原田も勿論分かっている。

だが長州兵も人間だ。
思想と目的が異なるだけで、名前達と同じ人間なのだ。
何方も己の信念を貫く為に戦っている。
名前自身もそうであり、討たねばならない敵なのだとも頭では理解している。
だから今、自分は此処に立っているのだ。

だが……排除する事が、本当に正しい事なのか。
排除すれば、本当に全てが解決するのだろうか。
他に道は無いのだろうか。
矛盾している事は、自分でも分かっていた。


名前「……戦なんて、無くなればいいのに」


ぽつりと呟いたその言葉は、風に乗って消えていった。


──── 長州の過激派たちが御所に討ち入ったこの事件は、後に"禁門の変"と呼ばれることになる。
味方同士の伝達が遅れたせいで新選組の動きは後手に回り、活躍らしい活躍はできなかった。

その上、長州兵で逃げ延びた者達が京の都に火を放った。
これにより市中の民家27511戸、土蔵1207棟、寺社253が消失。
あの祇園会の山鉾も、23基中22基が失われた。
この後、長州藩は朝廷に歯向かう逆賊として扱われていくことになる。

そして、新選組はそれぞれの戦場で不思議な出会いをする。
池田屋に現れ沖田と名前を倒した者は、風間千景。
同じく池田屋で藤堂の額を割った人は天霧久寿。
そして長州の味方として新選組に銃を向けた不知火匡。
その異様な雰囲気と実力は、新選組の手強い敵となることを名前達に簡単に予期させたのである。

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