銀桜録 新選組奇譚篇 | ナノ


2

それは、夜明け前の事である。

─── ドオォォォンッ……!!

静寂の中、突然砲撃音が空気を震わせた。
ハッとしてその方角を見れば、黒い煙が立ち上っている。
何度も轟く砲撃音、人々の悲鳴。
始まったか、と隊士達は腰を上げた。


名前「千鶴ちゃん、行こう」

千鶴「うっ、うん!」


しかし土方と近藤を先頭に動き出した新選組を、会津藩士が止めた。
その瞬間、鋭い目で会津藩士を睨みつけるのは土方である。


土方「てめえらは待機するために待機してんのか?御所を守るために待機してたんじゃねえのか!長州の野郎どもが攻め込んできたら援軍に行くための待機だろうが!」

「し、しかし出動命令、まだ……」

土方「自分の仕事に一欠片でも誇りがあるなら、てめえらも待機だ云々言わずに動きやがれ!」


鬼の副長の降臨だ。
行軍の最中、土方はほとんど声を荒げなかった。
隊をまとめる立場として下手に怒らないほうがいいと判断していたんだろう。
声を荒げる役は永倉達に任せていたようで、役人相手でも丁重に接していた。
しかし、融通の効かない藩士達の態度に流石に我慢出来なかったのだろう。


名前「おーおー、ようやく雷が落ちたね」

原田「あれだけ言われりゃ、流石に奴等も動かねえ訳にはいかねえだろ」

名前「静かすぎて怖かったよね、土方さん」

原田「だな」


漆黒の髪を靡かせながら風を切るようにして走って行く土方の後に、皆で続く。
会津藩士達も後をついて来ているようだ。


千鶴「あの、名前ちゃん。何処に向かうの?」

名前「蛤御門だよ」

千鶴「蛤御門って……さっき井上さんが言っていた、会津藩の主力の人達が守っているところだよね?」

名前「うん、そうだよ」


頷く名前に、隣を走る斎藤が言葉を付け加える。


斎藤「蛤御門では激しい戦闘がもう始まっているだろう。あんたも気持ちを引き締めておけ」

千鶴「はいっ!」


その言葉に、千鶴も顔を引き締めて頷いたのであった。

……しかし。
新選組は一足遅かったらしい。
蛤御門は、門には金属の弾を打ち込まれたようで、あちこちに傷が刻まれていた。
辺りには負傷者や遺体が転がっており、焼けたような臭いまで漂っている。
既に戦闘は終わった後らしく、敵の姿は何処にもない。

目の前の惨状に、千鶴が息を飲んだのがわかった。
咄嗟に名前は彼女の前に立ち、その光景がなるべく目に入らないようにする。


千鶴「名前ちゃん、」

名前「見なくていいよ」


本来なら、千鶴はこんな酷い光景を知らずに生きる筈だった。
そんな彼女の目をわざわざ汚す必要は無い。
ありがとう、という小さな声が聞こえて、羽織をきゅっと掴まれたのが分かった。

斎藤や原田、山崎が情報収集に走る中、近藤達は難しい顔をしている。


近藤「しかし……天子様の御所に討ち入るなど、長州は一体何を考えているのだ」

名前「長州って尊皇派の筈ですよね?」

井上「ああ。まさか……ここまでやるとは」

土方「……天に唾した者がどうなるか見せてやる」


長州が一体何をしたいのか、名前達には分からなかった。
だが、天子様に弓を引くのは到底許されるものではない。


斎藤「朝方、蛤御門へ押しかけた長州勢は、会津と薩摩の多数の兵力により退けられた模様です」


情報を得た斎藤が戻って来て、土方に内容を簡潔に伝えた。
どうやら蛤御門は会津藩と薩摩藩によって守られており、長州藩は為す術もなく撤退したらしい。
つい最近まで会津は薩摩と睨み合っていたはずだが、昨年起こった八・一八の政変から、薩摩は会津に協力的になった。
恐らく、長州を共通の敵と認識したためだろう。


原田「土方さん!公家御門の方にまだ長州の奴らが残っているらしいぜ」

山崎「副長。今回の御所襲撃を先導したと見られる者達は天王山に向かっています」


入って来た情報に、土方の口角が上がった。


土方「……てめえら、今から忙しくなるぞ」


不敵な笑みを浮かべた土方に、隊士達はしっかりと頷く。
土方は、原田と名前には公家御門で長州勢を追い返すよう指示し、斎藤と山崎には蛤御門での情報収集を命じた。
そして残りの者は土方と共に天王山へ向かう事になったのだが。


名前「えっ、ちょっと待ってください。千鶴ちゃんも天王山なんですか?」


土方の指示に、異議を唱える者が一人。


土方「そうだっつってんだろ、二度言わすな」

名前「だったら私もそっちに行かせてもらいます」

土方「いや、お前は公家御門に行け。そっちの方が人手が必要だろ」

名前「嫌です」

土方「おい」


此処は戦場だ、何があるか分からない。
名前自身、普段土方から千鶴の護衛を任されているというのもあったが、千鶴の傍を離れるのがとにかく心配だった。
もし自分が離れたせいで彼女が長州の浪士に襲われでもしたらたまったもんじゃない。
こうなれば名前は絶対に引かない、のだが。


原田「おい、うだうだ言ってる暇はねえんだ」

名前「うわああっ!!?」


突然ふわりと名前の体が浮いた。
犯人は勿論原田である。
いつぞやのように、名前を俵のように担いでいた。


名前「うわっ、ちょっと危なっ……怖い怖い落ちる!おーろーしーてー!!」

原田「俺がお前を落とすわけねえだろうが、ほら行くぞ」

名前「待って待って、うわあ!千鶴ちゃんんんっ!!!」

千鶴「……あ、あはは……」


原田に担がれて絶叫する名前を見て、他の隊士達はけらけらと笑っている。
名前からすれば全く笑い事ではない。


名前「土方さんっ!千鶴ちゃんに傷一つつけさせないでくださいね!?本当にお願いしますね!?あとあんまり死体とか血とか見せないように、」

土方「分かった分かった、さっさと行ってこい」

名前「ちょっ、なんですかそのいい加減か返事は!!」

土方「ったく、いつにも増して喧しいなお前は」

名前「なっ、喧しい!?酷いです土方さん!!私は千鶴ちゃんを心配して言ってるんです、怒りますよ流石に!!」

土方「その格好で言われても迫力の欠片もねえな」


原田の上でジタバタと暴れている名前を見て、土方が鼻で笑った。
それを見た名前が噴火したように怒り出したのは言うまでも無いだろう。


原田「おい、暴れんな!ほら、行くぞ」

土方「おい原田!着くまで其奴を下ろすなよ、猛獣みてえに此方を追いかけてくるかもしれねえからな」

名前「私のことなんだと思ってるんですか!!って、うわわわっ!落ちる危ない!!ああああ千鶴ちゃんんんっ!!ごめんねうわあああぁぁぁ」


徐々に遠ざかっていく絶叫に、再び隊士達からは笑い声が上がる。
こうして名前は公家御門に向かい……否、連行されたのであった。

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