銀桜録 新選組奇譚篇 | ナノ


1

名前の怪我は僅か三日程で跡形もなく消えてしまった。
あまりの回復力に山崎が首を傾げていたが、そこは何とか誤魔化し通している。

怪我を負ってから僅か三日で仕事に復帰し、もうあの薬を飲まなくて済むと清々した様子の名前に、土方はある命令を下した。
それは、『千鶴が巡察に参加する時には名前も参加しろ』というもの。
つまりそれは、千鶴を守れということを意味していた。


土方「この間の枡屋の時みてえな事がまたあれば、いつ彼奴が斬られてもおかしくねえ。総司達には彼奴から目を離すなと言いつけてあるが、そうもいかねえ状況になる事だってあるだろう。絶対に彼奴から目を離すな」


というのが土方の言い分であった。
あくまでも鬼の副長を貫くような物言いであったが、土方なりに千鶴を心配しているのだろう (名前がそれを指摘したところ拳骨が降ってきた)。
こうして名前は千鶴の護衛として頻繁に巡察に同行するようになる。
しかし綱道の行方の手がかりになるような情報は未だ全く掴めず、捜索は相変わらず行き詰まっているのであった。


─── そしてこれは一連の出来事からひと月程が経った、元治元年七月の事である。
会津藩より、長州制圧のため出陣せよとの要請が下った。
漸く会津藩も新選組の働きを認めてくれたのだと隊士達は湧き上がり、直ぐに準備をして伏見奉行所へ向かう事になった。
ちなみに藤堂はまだ傷が癒えておらず、沖田も本調子ではないとの事で今回この二人は留守番である。
そして人手が足りていないという理由で伝令や怪我人の手当ての為に千鶴が同行する事になった。
その為今回名前は、千鶴を守る為に彼女に付きっきりで行動する事になるだろう。

手早く準備をして伏見奉行所へ向かった新選組だが、そこで立ち塞がったのは長州の残党ではなく、味方であるはずの役人だった。


「要請だと……?そのような通達は届いておらん」


近藤が上に取り次いでほしいと頼んでも、役人は「そんな話は知らない、帰れ」の一点張りである。
八・一八の政変の時も同じような言葉を浴びせられたな、などと名前はぼんやり考えていた。
この奉行所には長州との戦いに備えて、京都所司代の者達が集まっているのだという。
京都守護職を務める松平容保と京都所司代を務める松平定敬は実の兄弟であるが、この情報伝達が成されていない状況からして、あまり上手く連携が取れていないのだろう。
味方が混乱する程、戦況は良くないのかもしれない。

所司代では話にならないと判断した近藤達は、次に直接会津藩と合流する為に会津藩邸へと向かった。
しかしそこでは九条河原に行けと命じられる。
言われた通りに九条河原へ行けば、そこにいた会津藩士にすらも「そんな話は聞いていないから藩邸に問い合わせてくれ」と言われてしまった。
またもや追い払われそうになった新選組だが、近藤の粘り強い説得により、何とか九条河原で待機する事が認められた。

それまでにお決まりの「壬生狼如きが!!」という罵声を何度も浴びせられている。
暑い中あちこちをたらい回しにされた苛立ちもあったせいか、その言葉を聞く度に般若のような威嚇顔をする名前であったが、それは毎度斎藤が止めている。


井上「どうやらここの会津藩の兵たちは、主戦力じゃなくただの予備兵らしい。会津藩の主だった兵たちは、蛤御門の方を守っているそうだ」


会津藩士達との話し合いに参加していた井上は、待機していた皆の元へ戻ってくると、苦笑いしながらそう告げた。


千鶴「それでは新選組も予備兵扱いということですか?」

井上「必然的にそうなるね」


頷いた井上に、永倉は苛立ったように舌打ちをする。
九条河原から追い払われそうになった時、堪忍袋の緒が切れたように真っ先に会津藩士を怒鳴ったのは永倉だった。
その怒りは未だ冷めていないのだろう。


永倉「屯所に来た伝令の話じゃ、一刻を争う事態だったんじゃねえのか?」

斎藤「状況が動き次第、即座に戦場へ馳せる。今の俺たちにできるのは、それだけだ」

千鶴「……今は、待つしかないんですね」


相変わらずの処遇に皆溜息を吐いている。
夜襲も有り得るため、今日は一晩中気を抜けないだろう。
だが暫く待っていると、名前の隣でこくりこくりと揺れる気配。


原田「千鶴、休むなら言えよ?俺の膝くらいなら貸してやる」

千鶴「えっ……だ、大丈夫です!」


原田の言葉にぎょっとして飛び起きた千鶴は、顔を真っ赤にして首を横に振っていた。
そんな中、原田にジトッとした視線を向けるのは名前である。


名前「ちょっと左之さん、千鶴ちゃんを口説かないでくれる?」

原田「別に口説いてねえよ」

名前「千鶴ちゃん、もうちょっとこっちにおいで。左之さんの隣は危険だよ」

原田「危険って、お前な……。なんだよ、妬いてんのか?なんならお前が此処で寝てもいいんだぜ?」

名前「な に ゆ え」


にやにやとした笑みを浮かべて己の膝をぽんぽんと叩いている原田に、名前はげっそりとした表情になった。
その顔を見た原田は思わず吹き出す。


原田「お前、最近よく顔芸するようになってきたよな」

名前「顔芸って言われた、酷い」

永倉「さっきもすげぇ顔で威嚇してたよな。ありゃ傑作だったぜ、俺までスカッとしたぞ」

原田「毎度斎藤に止められてたけどな」

名前「ちょっとうるさい、そこのおじさん二人」

永倉「誰がおじさんだ」

名前「いたっ」


戦場にいるとは思えない程、いつも通りの呑気な会話である。
そしてそれから数刻は、何事もなく静かな時間が過ぎていった。

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