銀桜録 新選組奇譚篇 | ナノ


1

名前「 ─── ぎゃあぁぁぁああっ!!?」


それは、池田屋事件の翌日の事である。
昼間、突然絶叫が屯所中に響き渡った。
まるで浪士にでも斬られたかのような悲鳴だ。
しかし此処は新選組の屯所の、しかも名前の部屋。
不逞浪士が侵入してきた訳ではない。
では一体何があったのかというと、


名前「ちょっ、なんですかこのお茶!?有り得ない味がしますよ、毒か何か入ってません!?」

山崎「そんな訳がないだろう、いいから飲み干してくれ」

名前「無理ですこんなの絶対無理!!飲めたもんじゃないですっ!!」

山崎「駄目だ」


何故か無理やりお茶を飲ませようとする山崎と、それを全力で拒否する名前の攻防が行われていた。

昨日、名前は全身の酷い打撲による痛みで意識を失った。
小さな掠り傷なら何故か瞬く間に塞がってしまう名前の体だが、大きな怪我となるとやや時間がかかる。
時間がかかるといっても通常の人間と比べればかなり早いものではあるのだが。
名前自身、どの程度の怪我がどれくらいで治るのかを完全に把握している訳では無い。
今まで大きな怪我をする事は滅多に無かったからである。
打撲も程度に因るようだが、腹と背中の大きな痣は翌日になっても消えなかった。

名前が目を覚ましたのは事件の翌日の昼頃であり、山崎が名前の怪我の様子を診に来た。
腹と背中の痣を確認するなり、「とりあえずこのお茶の飲んでくれ、水分を摂らなければならない」と言いながら湯呑みを手渡してきた山崎。
名前は何も疑うことなくそのお茶を飲んだのだが、それはこの世のものとは思えぬ味がした。
それに驚いた名前が屯所中に轟く悲鳴を上げたというわけである。


名前「じゃあ何入れたのか教えてください!!絶対何か入れたでしょう、他の味がする!!」

山崎「言ったら君は飲まないだろう」

名前「あ!!やっぱり何か入ってるんじゃないですか!!」


名前の指摘に、しまったと言いたげな顔になる山崎。
こんな時、名前はやけに鋭い勘を発揮する。


名前「……分かった、薬だ!薬入れましたよねお茶に!!」

山崎「……どうだろうな」

名前「絶対薬だ」


実際、名前の予想は的中している。
これは名前の目が覚める前の話だが、山崎が名前の容態を見に行こうとしたところ、土方に呼び止められた。
そして山崎は彼から「名前に薬を飲ませる時は何かに紛れ込ませろ」という助言を受けたのである。
なんでも、名前は粉薬が苦手で絶対に飲みたがらないらしい。
そこで、とりあえずはお茶に混ぜてみたという訳である。


名前「あいたたた」

山崎「痛むんだろう、飲んでくれ」

名前「……間違えました痛くないですもう治りました!」

山崎「治っている訳がないだろう、酷い痣だ」

名前「うわっ、危ない!口に入る!!」

山崎「入れてくれ」


名前としては今すぐにでもこの部屋から逃げ出したいところなのだが、腹と背中の怪我が痛くて体に力が入らず、歩くのも大変なのである。
真顔でぐいぐいと名前の口元に湯呑みを押し付けてくる山崎、それを顔を背けて何とか回避している名前。
傍から見れば何ともおかしな光景だ。

するとその時、スッと静かに障子戸が開いた。


斎藤「何の騒ぎだ」

山崎「斎藤組長!」

名前「あっ、一君!!」


やって来たのは斎藤である。
屯所中に絶叫が響き渡っていたからだろう。
土方が外出中であったのが唯一幸いな事かもしれない。
斎藤は体を起こしている名前を見て、少し驚いたように目を見開いた。


斎藤「起きていたのか。怪我の具合はどうだ」

名前「うん、ちょっと痛いだけ。それより助けて一君!!山崎さんが変なお茶飲ませようとしてくる!!」

斎藤「……変なお茶、とは」


斎藤はスッと怪訝そうな表情を浮かべて山崎を見やった。
山崎はタジタジになりながらも事情を説明し始める。


山崎「その……近藤君に薬を飲ませる時は何かに混ぜて飲ませろと副長に仰せつかりましたので、お茶ならば飲みやすいかと思い……」

名前「元凶は土方さんか、許せん」


土方の名前を聞いた途端、名前は般若のような顔になった。
しかし山崎の説明で大体の状況を察した斎藤は、呆れたように大きな溜息を吐く。


斎藤「……分かった。俺が彼女を抑える、その間に飲ませろ」

名前「え」

山崎「申し訳ありません、お手を煩わせてしまい……」

斎藤「いや、構わぬ」

名前「え」


斎藤の言葉に名前は目を見開いた。
慌てて逃げようとしたがいつものような俊敏な動きが出来るはずもなく、あっという間に斎藤に羽交い締めにされる。


名前「いだだだだっ、痛い痛いっ!!一君痛いっ!!一応怪我人だから私!!」

斎藤「これ程元気があるならば多少は問題あるまい」

名前「一君が酷い!!そして怖い!!」

斎藤「山崎君、今の内だ」

山崎「はい」

名前「ぎゃーーーーっ!!?」


再び屯所に響き渡った、雷のような絶叫。
斎藤と山崎の連携により、結局名前はほぼ無理やり、薬の入ったお茶を飲まされたのであった。




山崎「副長、お戻りになられたのですね」

土方「おう山崎、斎藤。名前の様子はどうだ?」

山崎「……何とか薬は飲ませたのですが……」

斎藤「……不貞寝しております」

土方「……餓鬼か、彼奴は」


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