銀桜録 新選組奇譚篇 | ナノ


2

─── 文久三年 十一月。


名前「いたたた……」


舞い散る葉が茶色に染まる季節。
近藤名前は、季節感もへったくれもない殺風景な部屋で、頭に出来たたんこぶをさすりながら眉を顰めた。

今日は久しぶりの非番である。
しかし他に非番の幹部はおらず退屈した名前は、八木家のご子息である勇之助や近所の子供達に読み聞かせをしていた。
その読み聞かせた物に問題があり、それは新選組副長である土方歳三の『豊玉発句集』であった。

名前に読み聞かせをねだったのは、子供達の方だった。
だが手元に絵本などなく困った名前は、土方が厠へ行った隙に部屋に忍び込み、彼の発句集をかっさらってきた。
しかも盗んだ発句集にはいつの間にか新作の句が書かれていて、してやったりとニヤけた名前は、早速子供達に読み聞かせを始めたのである。
が、その声があまりにも大きすぎて即刻土方にバレてしまい、鉄拳が名前の頭を直撃したのであった。

鬼のような形相で現れた土方に怯えた子供達は、半泣きで家に帰ってしまった。
名前にはたんこぶだけでなく、暇な時間までもが返ってきてしまったのである。


名前「暇だぁ……」


ぽつりと呟いてふと思い出したのは、ふた月程前に屯所を出て行った井吹龍之介の事であった。
己の天分が絵である事を知った井吹は、絵を描いて生きていく道を選んだ。
きっと今も何処かで大好きな絵を描いていることだろう。

その時視界に入ったのは、文机の上の半紙と墨。
こうなればもう、やる事は決まっていた。


*******


─── 昼時。


永倉「左之、平助!蕎麦でも食いに行かねえか?」


巡察から戻って来た永倉新八のそんな誘いがきっかけで、同じく巡察帰りの原田左之助と藤堂平助は蕎麦を食べに行く事になった。
せっかくだから沖田総司と斎藤一も誘おうかとなったが、生憎二人は午後から巡察があるらしく、既に昼食を済ませていた。
しかし、


沖田「そういえば、名前が今日は非番のはずだよ」


と、何故か名前の仕事の日程を数日先まで網羅している沖田が教えてくれたため、三人は名前を誘う事にしたのである。
名前は副長補佐という役職のため、昼時でも土方の使いっ走りにされている事が多い。
昼食の時間も滅多に合わないし、そもそもこの時間帯に彼女が自分の部屋にいるというのは珍しかった。

名前の部屋まで来た三人であったが、部屋からはガサガサと半紙が擦り合うような音がしていた。
非番だというのに仕事をしているのだろうか。


原田「名前、今いいか?」

名前「あっ、はーい!どうぞー」


意外にも彼女は土方のような仕事人間だったのか、と考えた原田達であったが、障子戸を開けた瞬間にその考えは打ち砕かれた。


名前「巡察お疲れ様!」

原田「ああ……って、うおっ!!?」

藤堂「どうしたんだよ左之さん……って、うっわ!!」

永倉「な、なんだこりゃ!?何があった!?」


名前の部屋を見た途端、三人は揃って目を見開いた。
それもそのはず、部屋には床が見えなくなるほど散らばった半紙。
その半紙にはほぼ全てに何かが書かれている。
綺麗好きな名前が、ここまで部屋を散らかすなど考えられない。


原田「……お、おい。何やってんだ?」


部屋の主は半紙に囲まれながら筆を握っていた。
振り返った名前は、手やら顔やらあちこちが墨で汚れている。
名前は、にへらっと笑顔を見せた。


名前「ん?あー、これはね、ちょっと…絵を描いてたの」

藤堂「へー、お前が?絵とか描くんだな」

名前「いや、ほとんど描いたことなかったんだけどね、ふと思い立って」

永倉「ほう?何描いてたんだよ?」


すると名前は、「よくぞ聞いてくれました!」と言わんばかりの嬉しそうな表情になった。


名前「見て見て、これ!良くない!?」


そう言って名前が自信満々に三人に見せてきた絵。


「「「…………」」」


……絵なのだろうか?
一体なんだこれは。
紙一面をいっぱいに使って描かれたそれは、絵なのか筆の試し書きなのか正直さっぱりわからない。
絵だとするならば、幼子がめちゃくちゃに筆を振り回したような絵である。


原田「……あー……あれだな、お前は意外と荒々しい絵を描くんだな……」

永倉「……あっ、わかったぜ!こりゃ、お不動さんが怒り狂ってる絵だな!迫力満点でいいじゃねえか!」
(※お不動さん…不動明王のこと)

藤堂「おおーなるほどな!なんつーか、大地の叫びっつーか怒りみてぇなのがすっげー伝わってくるぜ!」


口々に絵を褒める(?)三人。
しかし、何故か名前は徐々に表情を曇らせていった。
もし彼女が犬ならば、耳と尻尾は確実に垂れ下がってきているだろう。


名前「……お不動さんじゃないんだけど……」

永倉「ん!?お、おお、そりゃすまねえな!じゃあこれは……」

名前「……これ、私なんだけど。自画像だよ」

「「「………は?」」」


暫し流れる沈黙。
そしてその沈黙を破ったのは、三人同時であった。


「「「ギャハハハハハハッ!!!」」」

名前「ちょ、ちょっと!なんで笑うの!?」

藤堂「ちょっ、まっ、無理っ、は、腹痛てぇっ!!ギャハハハッ!!」

永倉「つ、つるっ!は、腹がつる!!ガハハハッ!!!」

原田「お、お前らっ、そんな笑うんじゃねえっ、ぶふっ」


むっとして頬を膨らます名前とは対照的に、腹を抱えて笑い転げる三人。
……一体どんな自画像を描けば怒り狂う不動明王や大地の叫びと捉えられるのか謎だが、そこは皆さんのご想像におまかせしよう。


名前「ねえちょっと、笑いすぎ!これ最高傑作なんだけど!?」


名前が怒れば怒るほど、三人はヒーヒー言いながら苦しそうに笑っている。
そんな彼らに益々名前の頬が膨らんだ時だった。
スパーンッ!!と勢いよく部屋の障子戸が開いた。


土方「うるせえぞお前ら!!屯所中に笑い声が響き渡ってんだよ、静かにしやがれ!!」


現れたのは、本日二度目の般若顔になった土方である。
どうやら三人の笑い声がうるさすぎたらしい。
しかしそれでも三人の笑いは止まらず、目に涙を浮かべている者も。
ピキッと土方のこめかみに青筋が入った。


土方「おい、てめえら……いい加減に、」

藤堂「ちょっ、待ってくれって土方さん!な、これ見てくれよ!!」

名前「あっ、ちょっと平助!!」


藤堂は名前の手から半紙をひょいと取り上げて、笑いながら土方へ見せる。
その絵を見た土方の眉間には、益々皺が寄った。


土方「……あ?なんだァ?こりゃ……新手の厄除けの絵か?」

「「「ぶっ、ぎゃはははははっ!!!」」」

名前「ちょっと!厄除けとはなんですか!」


土方の一言に、三人の笑いはさらに加速した。


藤堂「や、や、厄除けって、ぶははっ!」

原田「確かに、こりゃ悪霊も退散しそうな絵だよな」

名前「左之さんそれどういう意味」

土方「……おい。一体何なんだこれは」

名前「どこからどう見ても私の自画像じゃないですか!」

土方「……じ、自画像……だと……?」


土方は、かつてない程の衝撃を受けたような顔になった。
鬼の副長の表情をこれ程までに変えるとはなかなかの物である。
役者顔負けの整った顔が台無しだ。


名前「……土方さん、なんでこっちをそんな哀れみの目で見るんですか」

土方「……いや、一周まわって才能あるんじゃねえか」

名前「なんで一周まわったんですか」

土方「……とにかく、あんまり騒ぎすぎるんじゃねえぞ」

名前「話逸らさないでください」


ぽん、と名前の肩に手を置いてから、土方は何事も無かったかのように部屋を出て行った。
あまりにも絵が下手……否、衝撃的すぎたあまり、何故か同情されて罰は免れたらしい。
そんなにおかしいかなぁ、とでも言いたげな顔で名前はその絵を眺めながら首を傾げている。


永倉「あー、笑った笑った。笑ったら腹減っちまった!よし、蕎麦食いに行くぞ名前!」

名前「えっ、お蕎麦!?行きたい行きたいっ!じゃあ今部屋片付けるからちょっと待って」

藤堂「んなもん後でいいじゃん!オレ、腹減って死にそうなんだよ!」

原田「だな。ほら、行こうぜ名前」

名前「えっ!!?ちょ、ちょっとまっ、のわあっ!!?」


片付けたいと言う名前を無視し、無理やり彼女を担いだのは原田である。
こうして名前は米俵のように担がれて、三人に拉致(?)されたのであった。



名前「おーろーしーてーっ!!」

原田「こっちは腹減ってんだ、我慢しろよ」

名前「分かった、部屋は後で片付けるから!!自分で歩くから下ろして!!」


土方「うるせえっつってんだろうが!!!」

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