銀桜録 新選組奇譚篇 | ナノ


2

名前の視界に池田屋が映る。
近付くに連れて激しい剣戟音が聞こえてきた。
まだ斬り合いの最中のようだ。

池田屋に飛び込んだ途端、名前に向かって男が雄叫びを上げながら斬り掛かってきた。
しかし名前からすれば、その者の剣技は大したものではない。
振り下ろされた白刃を瞬時に交わし、同時に男の顎と心臓に刀の柄を力いっぱい叩き込んだ。


名前「新選組副長補佐近藤名前、加勢します!!」


剣戟音が響き渡る中、声を張り上げて加勢を知らせた。
一階で戦っていた仲間は近藤と永倉だけであり、浪士と鍔迫り合いをしながらも名前の声に即座に反応する。


近藤「名前っ!!一人か!?」

名前「一人です!あっちが随分静かなので様子を見に来たんです!途中で伝令役の千鶴ちゃんに会ったので土方さん達を呼ぶように頼みました、すぐに来ると思います!!」

近藤「相分かった!!」


事態を簡潔に説明する名前だが、そんな彼女も浪士と刀を交えながら喋っている。
羅刹ではない、ただの人間とこれ程激しい斬り合いをするのは名前にとっては久しぶりだった。
しかもこれ程の多勢を相手にするのは初めてだ。

次々と斬りかかってくる浪士をただひたすら受け流し、切り結び、斬り伏せる。
しかし迫る敵にばかり注意が向いてしまっていたのが災いし、床に出来ていた血溜まりに足を滑らせて、名前は体勢を崩した。

どっと床に倒れ込み、浅葱色には赤黒い血が染み込んでいく。
そんな彼女を見て、それ好機だとばかりに浪士が斬りかかってきた。
立ち上がる暇もなく振り下ろされた刀を、名前は床を転がって間一髪で避ける。
そして立ち上がって刀を構えた瞬間、浪士の心臓から白刃が突き出した。


永倉「名前、平気か!?」

名前「新八さん!ありがとう!」


名前を狙う浪士を仕留めたのは、永倉だった。
しかし、その背後に迫る影は。


名前「っ、新八さん!!」

永倉「っ、!!」


名前は咄嗟に永倉を横に突き飛ばし、襲いかかって来た浪士を斬り付けた。


永倉「おっと、すまねえな!」

名前「お互い様だよ!」


斬っても斬っても次々と現れる浪士達は、一体何処から湧いているのだろう。
取り囲まれた名前と永倉は、気づけば互いに背中を預けて戦っていた。
ぴったりと息は合っているが、実際は永倉の方が名前に合わせてくれているのだろう。
これだけの敵を相手にしながらも、永倉はしっかりと隣の名前にも気を配っていた。
名前にとってその存在は心強い。

だがその時、遠くから藤堂らしき人物の声が微かに聞こえた。
悲鳴だった。
方向からして恐らく二階か。


名前「っ、二階は!?」

永倉「総司と平助が行ってる!」

名前「さっきの、平助の声だよねっ!?」

永倉「ああっ、恐らく、なっ!!」


永倉が敵を斬り伏せた瞬間、ドンッと何かが倒れるような鈍い音と振動が響く。
それはやはり上から聞こえてきた。


永倉「名前、此処は俺と近藤さんで食い止める。俺が合図したら真っ直ぐ突っ切って上に行け」

名前「了解。無事でいてね」

永倉「お前もな」


永倉から耳打ちでこっそり伝えられた内容に頷き、名前は浪士達の間を見据えた。
「行け!!」という永倉の合図と共にその場から飛び出し、全速力で階段を駆け上がる。

二階まで一気に駆け上がったが、咄嗟に足を止めた。
一階とは異なり、あまりにも静かな空間だった。
その静かさが却って不気味だ。

一番手前の部屋に足音を立てずに近付き、勢いよく襖を開け放つ。
部屋の中は酷く荒らされていたが、敵は一人もいなかった。
その代わりに、


名前「っ、平助!!?」

藤堂「……っう、ぐ……」


押入れの襖が破壊されており、その中に埋まるようにして藤堂が倒れていた。
名前が藤堂を抱き起こせば、彼は苦しげな呻き声を上げる
額に付けている鉢金が割れていて、顔からは血が滴っている。
まずい、額をやられたか。
血が止まっていない。


名前「平助、しっかり!!」


必死に声をかけながら手拭いを藤堂の額に押し付ける。
じんわりと赤く染まっていく手拭いが、名前を酷く焦らせた。

しかし、此処ではろくに手当てが出来ない。
一旦外に運び出さなければ。
手拭いを藤堂の頭に巻き付け、その体を抱き起こして背負い、部屋の外へと連れ出す。
それ程大きな体格差は無いといっても完全に意識を失っている男の体は重い。
藤堂を背負った名前は今にも押し潰されそうになりながら、よろよろと廊下を歩いていた。

するとそこへ、ばたばたと階段を駆け上がってくる足音が聞こえた。
こんな時に追手とは、なんと運が悪い。
藤堂を背負ったまま、名前はゆっくりと刀を抜く。
しかし階段を上がってきたのは、


千鶴「っ、名前ちゃんっ!!」

名前「千鶴ちゃん!?」


今日鉢合わせるのが二度目になる千鶴だった。
千鶴が此処に来たということは。


名前「もしかして土方さん達来た!?」

千鶴「うんっ、たった今!」

名前「ありがとう、助かった!それより、平助が大変なの!」


此処で土方達の到着は心強い。
まさか千鶴まで池田屋の中に入ってくるとは思わなかったが、今回ばかりは丁度良かった。


千鶴「平助君!?」

名前「額を斬られてる、血が止まらないの」

千鶴「そんなっ……」

名前「何処か安全な場所で手当てをしたくて」

千鶴「分かった、それは私がやるね。名前ちゃんは怪我はない?」

名前「私は平気だよ、全部返り血だから」


千鶴が戦場に踏み入るのは初めてのはずだ。
それにも関わらず、この冷静さと気概である。
名前もそうだが、やはり江戸の女は心が強いのだろう。

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