銀桜録 新選組奇譚篇 | ナノ


4

沖田「……え、帰って来た時よりやつれてない?」

名前「お陰様でね」


夕餉の後、すぐに土方から隊士達に招集が掛かった。
しかし、集まった隊士は約半数。
斎藤の言っていた通り、半数近くの隊士が腹痛などの体調不良を訴えているのである。

そして、姿を現した名前は明らかにげっそりとしていた。
当然だ、この短時間で食器洗いや屯所の掃除、健康な隊士と寝込んでいる隊士に向けた別々の夕餉を作り上げたのだから。


藤堂「な、なぁ……何か怒ってんの?」

名前「自分の胸に手を当ててよく考えな」

藤堂「……よくわかんねぇけど、なんかごめん」


屯所は酷い有様であった。
殆どの食器には汚れがこびり付いており、屯所内は埃だらけ。
炊事場も酷く散らかっており、名前は気絶しそうになった。
もし名前が居ればこんな状況には絶対にならない。
隊士達の臀を蹴っ飛ばしてでも清潔にさせるからだ (勿論自分が率先して掃除を行うが)。
屯所内の清潔さは、名前一人によって維持されていたと言っても過言では無かったのである。

今すぐにでも隊士達に説教をしたいところだが、生憎今はそんな事をしている場合では無い。
しかし隊服を羽織って待機する名前は明らかに殺気立っており、藤堂が思わず萎縮する程であった。


土方「動ける隊士はこれだけか?」


土方の言葉にピキッとこめかみに青筋を立てて顔を引きつらせた名前だが、唯一事情を知っている斎藤に落ち着けと抑えられた。


山南「申し訳ありません、怪我さえしていなければ私も……」

近藤「いや、山南君には留守をしっかり守ってもらわなくては」


近藤が力強い声で山南を慰めるものの、実際討ち入りするには明らかに隊士の数が足りない。


原田「……こんな時、彼奴らが使えれば良かったんだがな」


彼奴ら、とは羅刹となった隊士達のことだろう。
確かに夜の任務だから打って付けかもしれないが……。


斎藤「……暫く実戦からは遠ざけるらしい」

原田「そうなのか?」

斎藤「ああ。……血に触れる度、俺達の指示に従わずに狂われては堪らぬ」

名前「……確かに。狭い場所での斬り合いなら特に、味方まで見境なく斬りかねないよね」


千鶴が此処へやって来たあの夜の事。
名前が聞いた話によると、血を見ていないのにも関わらず羅刹の隊士達は血を求めて逃げ出しのだという。
そして勝手に狂ってしまったのだ。
二の舞を演じるわけにはいかないという判断なのだろう。


土方「会津藩と所司代はまだ動かないのか?」

井上「まだ何の知らせも無いようだよ」

土方「ちっ……確たる証拠がなけりゃ、腰を上げねえってのか」


会津藩や所司代には日が暮れる前には知らせを出したはずだ。
それなのに、未だ動きをみせない。

すると、土方さんは痺れを切らしたかのように言い放った。


土方「近藤さん、出発しよう」


その言葉に、広間には一気に緊張が走った。


近藤「……だが、まだ本命が四国屋か池田屋かわからんぞ?」

山南「……奴らは池田屋を頻繁に利用していたようです。まさか、古高が捕縛された夜にいつもと同じ場所を使うとは考えにくいですね。ここは、四国屋が本命と見るのが妥当でしょう」

近藤「……しかし、池田屋の可能性も捨てきれまい」


山南の言う通り、常識的に考えれば会合の場所を変えるだろう。
だがその裏をかいて……という可能性もある。
そんな山南と近藤の様子を見ていた土方は、何かを閃いたようだ。
こんな時、策を講じるのは土方の役目である。


土方「……よし、隊を二手に分けよう。四国屋へは俺が行く」

近藤「ならばトシ、二十五名連れて行け」

土方「近藤さんが十名で行くのか!?そりゃ無茶だ」

近藤「その代わり、総司、永倉、平助を連れて行く」


沖田に永倉、藤堂が居るならばきっと大丈夫だろう。
試衛館組の剣技は頭一つどころか三つくらい飛び抜けており、威勢のいい彼等は大勢の敵をを目の前にして怯む事もない。
他にも剣技が特に優れている平隊士を数人連れて行くようで、要は少数精鋭だ。
残りの試衛館組と、それ以外の主立った平隊士や新人隊士は土方が率いることになる。


近藤「トシ、此方が本命だった時は頼むぞ」

土方「ああ」

近藤「ではこれより新選組、出陣致す!!」

「「「「「おう!!!」」」」」


威勢のいい声が木霊し、浅葱色の羽織が蝋燭の炎に照らし出される。
こうして新選組は二手に分かれて、夜の町を駆けて行くのであった。

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