銀桜録 新選組奇譚篇 | ナノ


3

山南「 ─── 大した御手柄ですね。枡屋に運び込まれた武器弾薬を押収し、長州間者の元締・古高俊太郎を捕らえてくるとは」

沖田「本当、ツイてましたよね」

山南「笑い事ではありません。枡屋の主人が長州の間者という情報を得て、泳がせていたんじゃありませんか」


あれから無事に帰還し、ついでに武器弾薬まで押収してきた名前と沖田率いる一番組。
すぐさま幹部会議が開かれて、広間には土方以外の幹部が集まっていた。
しかし名前と沖田と千鶴は正座をさせられて、山南からお説教を食らっているところである。
名前に関しては、なんで私もなんだと言いたげな表情であった。
名前の場合は沖田に道連れにされただけなのである。


藤堂「名前はともかく、島田君や山崎君に悪いとは思わないわけ?」

山崎「我々の事なら気にしないでください」

島田「枡屋の監視を続けてきたものの、手詰まり状態でしたから。名前さんが潜入して下さらなかったら得られなかった情報もありましたし、沖田さん達が動いてくれたおかげで古高を押さえることができたんです」

山南「それは結果論です」

永倉「お前らは殊勝だねぇ。それに引き替え総司は……」


山崎と島田の優しさにも、山南の厳しい言葉が突き刺さる。
すると、山南の冷たい眼光に耐えかねたように千鶴が口を開いた。


千鶴「わ、私が悪かったんです!父を見かけたという話を聞いて、後先考えずに店に行ってしまったから……」

山南「君の監督不行届の責任は、沖田君にあります」


沖田を庇うような千鶴にも、山南の厳しい一言が容赦無く突き刺さる。

大坂での一件から、山南は人が変わったように厳しくなった。
以前であればもっと優しい口調で叱ってくれただろうし、仕方ないですね、と困ったような顔で流してくれただろう。
山南の言葉に、三人で肩を竦めていた時だった。


土方「 ─── それに関しちゃ、外出を許可した俺にも責任がある。此奴らばかり責めないでやってくれ」


不意に部屋の襖が開き、土方が入ってきた。
沖田達を庇う声に、怒りは含まれていない。
山南は土方の言葉に苦笑いを浮かべて口を閉じた。

土方がこの会議に参加していなかったのは、古高の拷問をしていた為である。
その土方が来たということは。


原田「……土方さん。古高は何か吐いたのか?」


此方へ来たということは、拷問が終わったという事だ。
古高が何か重要な事を吐いたのだろう。
原田の問いに、土方の顔が厳しくなった。
彼は名前達の顔を見渡してから、静かに言い放つ。


土方「……風の強い日を選んで京の町に火を放ち、その機に応じて天子様を長州へ連れ出す」


あまりにも突拍子も無い計画だった。
その内容に、どよめきが走る。


近藤「京の町に火を!?」

藤堂「それって単に天子様を誘拐するって事だろ?尊皇掲げてるくせに、全然敬ってないじゃん」

永倉「町に火を放つなんざ、長州の奴ら頭の螺が緩んでんじゃねえのか!?」


口々に批判を述べる藤堂と永倉。
他の皆も、信じられないと言いたげな面持ちをしている。


土方「……古高が捕縛された事で奴らは焦っている。今夜にも会合を開いて善後策を講じるはずだ」

近藤「長州が会合を持つ場所は?」

島田「これまでの動きから見て四国屋、或いは池田屋のいずれかと思われます」

近藤「……よし。会津藩と所司代に知らせを出せ」

土方「ああ。おまえたちも出動準備を整えておけ」

永倉「よっしゃあ、腕がなるぜえ!」


早速討ち入り準備だ。
今夜は忙しくなりそうである。
和気藹々とする永倉達を横目に、名前は着替えるべく静かにその部屋を去った。


斎藤「……名前」

名前「……あっ、一君!久しぶり!」


呼び止められて振り返れば、名前を追いかけて部屋を出てきたらしい斎藤の姿があった。
たったひと月会っていないだけで酷く久しぶりな感じがする。


斎藤「怪我は無かったか」

名前「うん、全然!ピンピンしてるよ!」

斎藤「そうか……」

名前「総ちゃんのせいで帰ってきて早々に怒られ損だけどね」


元気である事を身振り手振りで伝えれば、斎藤は安堵したような表情を浮かべた。
実を言うと斎藤は、このひと月は名前の事が心配で頭から離れなかったのである。
特に彼女が屯所を出てから数日間は、時々隊務に支障が出てしまうほどであった。

巡察で枡屋の前を通る度に、足を止めてしまっていた。
それだけならまだ良いのだが、巡察が終わって八木邸に戻って来ている事に気付かず、そのまま屋敷を通り過ぎてしまう事が何度かあった。
洗濯物を取り違えて、沖田や原田のぶかぶかの羽織を間違えて羽織って巡察に出てしまった事もあった。
買い出しに行き、金だけ渡して品物を受け取り忘れる事もあった。
体調が悪いのですか、と三番組の隊士達に心配される程である。
因みにこの話を聞きつけた沖田と原田は真意を見抜き、大爆笑していた。

それによって、この程度で心を乱してはならぬと気合いでしっかりけじめをつけた斎藤は、数日後からは何事も無かったかのように普段通り仕事をこなした。
しかし、名前が心配である事には変わりわなかった。
元気そうな彼女の姿を見て、斎藤は心の底から安堵していたのである。


斎藤「ご苦労だったな」

名前「うん、ありがとう!それより、こっちは何か変わった事とかなかった?大丈夫?」


変わった事と言われて斎藤の頭に思い浮かんだのは、ある一つの事である。


斎藤「……近頃、体調を崩す隊士が多い。俺の隊でも既に五人が体調不良で寝込んでいる。平助と新八の隊では四人、左之の隊では三人だそうだ。だが他にもいるだろう」

名前「え、多くない!?夏風邪?」

斎藤「腹痛だそうだ」

名前「腹痛……」


一体何事かと考え込む名前だが、ふと思い当たる事があった。


名前「……ねえ、野菜とかちゃんと洗って加熱してる?今の時期って食中毒とかになりやすいから。あと食器はちゃんと洗ってる?屯所の掃除は?」


何かに気付いたように斎藤が眉を顰めた。
ここ最近幹部陣は目が回る程忙しく、食事当番は平隊士に回される事が多くなっていた。
屯所の掃除もである。
もし綺麗好きの名前がいれば洗われていない野菜や食器などは絶対に提供されず、掃除も隅々まで行き届いている筈だ。
全ては、名前が屯所を空けたことによってじわじわと侵食してきた男所帯の不潔さが原因だったのかもしれない。


斎藤「……原因はそれかもしれぬ」


名前はゾッとして青ざめた。
帰ってきて早々に、頭が痛くなった。


名前「……ごめん、一君。ちょっと土方さんに討ち入りまで休みますって伝えておいて。このまま捨て置けない」

斎藤「あ、ああ。承知した」


まるで土方のように鋭い目付きになった名前を見て、斎藤は頷かざるを得なかった。
決死の覚悟を決めた武士のような目付きに近く、鬼気迫るものだったのである。
勿論、体を休めるわけではないのだろう。
ばたばたと走って行く名前は体調不良のようには見えないからだ。

……その後の討ち入り前の夕餉には、久しぶりに上手い飯が出た。
体調不良の隊士達には粥と卵焼きが提供された。
そしてさらに、鬼のような形相で食器を洗い屯所を掃除している名前の目撃情報が相次いだという。

<< >>

目次
戻る
top
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -